バレンタイン・エクスプロージョン

MIROKU

バレンタイン・エクスプロージョン

 人知の及ばぬ世界で、未来を守る戦いは続いていた。


 この勝敗の行方はわからない。秒単位で戦況は目まぐるしく変化している。


     **


「だから悪かったって言ってんだろ!」


「うるさーい!」


 ギテルベウスはソンショウへ飛びかかると、前髪をつかんで顔面にパンチの嵐を浴びせた。


「グヘ……!」


「あんたは足りないわ!」


 崩れ落ちるソンショウをギテルベウスは見下ろした。ギテルベウスは何かを期待しているようだ。


 二人の女性が大地に突っ伏したソンショウの両足をつかんで、後方へ引っ張っていく。


「しっかりしなさい!」


 和服美人がソンショウに檄を飛ばした。


 彼女の名前は、さくら。さくらは混沌(カオス)に属する怨念の一体だったが、ソンショウとギテルベウスの痴話喧嘩を眺めるうちに、女の一念を取り戻したのだ。


「なんであんな女を……」


 もう一人の女性は心配そうにソンショウの腫れ上がった顔を見下ろしていた。


 彼女の名は、こゆき。元々は人間だが死して後、ひ孫を見守るためソンショウに導かれて現世に舞い戻った。


 そしてひ孫の結婚式を見届けると、ソンショウへの恩返しのために冥府へ戻ってきた。


「な、なんで山に登るのかって? そりゃ、山があるからさ……」


 ソンショウは鼻血をダラダラ流しながら立ち上がった。開き直った笑みを浮かべている。


 百八の魔星の一人、入雲龍ソンショウ。


 彼は四千年の間に幾度も生まれ変わり、百八の魔星の守護神・托塔天王チョウガイと共に戦ってきた。


 人間として即身仏の修行を成し遂げたソンショウは、今や現世と冥府を自在に行き来する。


 そして死した勇士を率いて混沌の侵攻に立ち向かっている。


 ギテルベウスは混沌の尖兵だが、どういうわけかソンショウと相思相愛になっていた。


 光と闇で惹かれあうとは不思議な話だ。


 だが男と女も同じ人類ではなく別の生物だ。


 ソンショウとギテルベウスは、自分にないものを求めているのか。


「お、おい……」


 ソンショウはフラフラしながらギテルベウスに歩み寄った。


「何よ!?」


「お、俺とメシ食いに……」


 ソンショウはよろめいて、ギテルベウスに抱きつくように倒れこんだ。それはボクシングにおけるクリンチだ。


 偶然だが、これは入神の一手だ。


「な、な、何よ…………」


 ギテルベウスは真っ赤になった。ソンショウは倒れまいとギテルベウスに抱きついて身を支えている。


 それこそ正しい。ギテルベウスが真に欲していたのは、金でも豪華な食事でもなく、ソンショウの真実の思いだった。


「お、俺とメシ食いに行こうぜ……」


「わ、わかったわよ…… 何食べんの? あ、あたしは気楽にラーメンでいいわ」


「お、おお、じゃあ九朗ラーメンとかどうだい……?」


 顔を腫らしたソンショウは満足した笑みを浮かべていた。彼はやり遂げたのだ。自身の思いをギテルベウスに伝え、混沌の混乱を防いだ。


 ギテルベウスはハロウィンの女妖魔だ。彼女が持つ「死者の書」が開かれれば、現世と冥府が繋がり、無数の妖魔が人間の世界に現れる。


 人間型、動物型、機械型、不定形――


 様々な妖魔が地上を練り歩く様子こそ真のハロウィンナイトだ。その時は人間の世界が終わるかもしれない。


 ソンショウとギテルベウス、二人が惹かれ合うのは人類の未来を守るためかもしれない。


 ギテルベウスも元は人間だったのだ――


「大丈夫かしらね……」


「彼(ソンショウ)だけじゃ不安だわ、私達がついててあげないと」


「そうね、あの男(ひと)、頼りないから」


「私達みたいな、いい女がついていないと人類の未来は守れないわ」


 さくらとこゆきの二人は顔を見合わせ笑った。


     **


 はるかなる兜率天に熱気が満ちた。


「ぐは!」


 七郎は道場に突っ伏した。彼の実力は対峙する者の足元にも及ばない。


 ――ぬうううん


 腕組みして七郎を眼下に見下ろすのは、四天王の持国天様だ。


 仏と人間の中間の存在にして、東方の守護神たる持国天は武神の姿をしている。その二刀流の剣技は、天界でも屈指の強豪だ。


(仏様だが武神…… まあ四天王だし)


 七郎は道場の床に突っ伏したまま、なんとなく考えた。


 そんな彼の側には可憐な美少女が屈みこむ。


「がんばりすぎ……」


 七郎を見下ろすのは金色の髪の少女だ。仏界に不似合いな彼女はミリガン。アンドロイドの少女である。


「ふ、たかが知れているな」


「持国天様に一手御指南などと無礼にも程がある」


「思い知ったか傲慢者め」


 持国天様の眷属者達が、ミリガンの背後でつぶやいた。


 次の瞬間、突如ミリガンの首が180°回転して真後ろを向き、眷属者らへ目からビームを発射した。


 わー、と悲鳴を上げて逃げ惑う持国天様の眷属達。ビームの破壊力よりも、欧州系美少女の首が真後ろを向いた光景が恐かった。


「次は私に稽古をつけてください!」


 ミリガンは立ち上がって持国天様を見据えた。夫の仇は私が取るという妻の意地が発揮されていた。


「い、いつ夫になったんだよ……」


「ダーリン、だまってて」


「う、うむ、その意気や良し。存分にかかってきなさい」


 持国天様も、金色の髪を持つ可憐な美少女が相手では調子が狂うらしい。七郎の時とは違って優しげだ。


「では…………」


 ミリガンは服を脱ぎ、艶めかしいランジェリー姿を皆の前に披露した。


 そして、いつの間にか道場の床に敷かれた布団に半身を潜りこませた。


「来て…………」


 ミリガンは妖しく誘惑した。持国天様も眷属達も、そして七郎も硬直した。


「……まいった、隙がない!」


 持国天様は降参した。仏法の守護者である持国天様には、金色の髪の美少女アンドロイドと力比べ技比べをする理由はないのだ。






「すごいな、お前……」


「何が?」


 ミリガンは台所で夕食の準備をしていた。裸にエプロンで台所に立つ。当方は健全です。


「いや、なんでも」


 七郎はミリガンの色っぽい後姿から目をそらす。何が起きているかわからない。美少女アンドロイドに好かれるとは。いや、一緒に来てくれと頼んだのは七郎だったが。


 元々、1640年前後の江戸に生きていた七郎。彼は元の時空に戻れるのか。今では仏界にいるのだから数奇すぎる運命だ。


(これもウルスラの導きか)


 七郎はウルスラを思い出す。ウルスラは天草四郎の許嫁だった。島原に来た異国の宣教師と農民の娘の間に生まれた、金色の髪を持つ少女だった。


 しかし、四郎もウルスラも祝言を挙げる事なく島原の乱で死んだ……


「ダーリン、おまたせ」


 ミリガンが運んできたのはスタミナ豚焼肉だった。


「あ、あのな……」


 七郎は一瞬で青ざめた。ここは殺生厳禁の仏界だ。そこでスタミナ豚焼肉とは。


「……は、はー、ははははは!」


 七郎は冷や汗と共に笑い出した。しかも泣いていた。雪山に裸で飛びこむような気分であった。


「んっふっふっふ」


 ミリガンはアンドロイドなのに鼻息を荒くして微笑していた。そんなところはかわいいのだ。


 そんな二人をバレンタインの守護者(ガーディアン)が――


 バレンタインの概念と存在の意義を守る「バレンタイン・エビル」が生暖か〜く見守っていた。


     **


 チョウガイは虚無の中で戦っていた。


 百八の魔星の守護神、托塔天王チョウガイは長ランを着た凛々しい青年の姿をしていた。


 チョウガイの振るう黄金の剣から放たれた光は、虚無の彼方まで斬り裂いた。


 しかし、闇は幾度もチョウガイの周囲を覆う。これは人間の世界が深い闇に包まれていくのと同じ事だ。


(もはや人類の未来は……)


 チョウガイは黄金の剣を振るいながら思う。不動明王の力を行使するチョウガイであっても、無限の虚無の彼方から侵略してくる闇を打ち払えない。


 この闇は混沌(カオス)の波動を受けている。混沌の波動は未来から来ているのだ。


 そして、混沌の波動の正体は未来から来る、人間の悪意だ。


(まさか人類の未来とは!)


 四千年の間、百八の魔星の守護神として戦い続けてきたチョウガイ。


 彼は幾度も絶望を乗り越えてきたが、今度ばかりは心が潰れそうだ。


 人類の未来はどうなるというのだ?


 チョウガイの思考が途切れた一瞬の隙を衝き、混沌の闇から獣の群れが飛び出して襲いかかる。


「タァーイムっ!」


 混沌の闇に響き渡ったのは、女性の声だ。混沌の獣の群れは動きを止めた。無論チョウガイも。


 見ればフランケン・ナースのゾフィーが、豊かな胸を揺らしてチョウガイに駆け寄ってくるではないか。チョウガイは死闘の最中というのも忘れて赤面した。


「チョウガイさん、ハッピーバレンタインです!」


 フランケン・ナースは頭部の電極を点滅させながら、ラッピングされたハート型の包みをチョウガイに差し出した。


「こ、これを俺に!」


 チョウガイは感激した。もう死んでもいいと思った。相思相愛の女性から貰うチョコレートが、これほどに喜びを得られるとは。


 同時に危うさにも気づく。人類の未来は男女が築いていくが、愛ゆえに生き、愛ゆえに死すだろう。


 人類の未来が曖昧な事にチョウガイは改めて気づいた。彼が百万の混沌の尖兵を討とうと、それで人類の未来は守れない。


 人類に未来を創る意志があって初めて、未来は続くのだ。


 欲望や計算で生きた先にあるのは後悔と懺悔だ。


「我が生涯に一片の悔いなし!」


 混沌の闇の中で、チョウガイは愛を叫ぶ。戦い死すとも悔いはない。


「チョウガイさんに手を出すのは許しません!」


 穏やかなフランケンナースの瞳に闘志が燃え上がった。チョウガイですら見た事がない真剣な眼差し――


 フランケンナースの鋭い眼差しは、混沌の獣の群れに向けられていた。


 そして彼女はナース服の胸元を、ゆっくりと開いていく。驚愕の展開に、混沌の獣の群れがフランケンナースに飛びかかる。


 だが開かれたナース服の奥には、光があふれているのみだ。溢れ出た極太の閃光は獣の群れを飲みこみ消滅させた。


 これはフランケンナースの最強兵器「胸部粒子砲(メガスマッシャー)」だった。


「爆発しろっ♥」


 フランケンナースは悪戯っぽく笑った。魅惑の小悪魔だ。


「ゾ、ゾフィーさん……」


「言ってみたかったんですよ」


 チョウガイとフランケンナースは身を寄せて抱きしめあった。


 愛しあう二人は、たまにしか会う事がない。


 相思相愛ながら離れている――


 だが、それゆえに二人の愛は不滅であり、永遠の形であるのだ。


「そんな二人を祝福します」


 突如として現れたのはバレンタインの守護者(ガーディアン)「バレンタイン・エビル」だ。


 彼女はハロウィンの守護者「レディ・ハロウィン」の双子の妹であり、バレンタインの概念と存在の意義を守る。


 そんなバレンタイン・エビルには、チョウガイとフランケンナースのゾフィーの「不滅の愛」が微笑ましい。


「……リア充爆発しろ……!」


 バレンタイン・エビルの凄絶な笑みがチョウガイとフランケンナースのみならず、混沌の闇すら怯ませた。


 女は魔物である。

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バレンタイン・エクスプロージョン MIROKU @MIROKU1912

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