過去との完全なる決別

「まさか僕のことを兄と呼んでくれるとは思わなかったよ……サイラス」

 ダグラスは穏やかな笑みで対応する。彼の心は凪いで落ち着いていた。

 その態度が気に入らなかったのか、サイラスは表情をしかめる。

「随分と余裕ですね。ですが兄上、余裕でいられるのも今だけですよ」

 サイラスは風の魔力を発動した。

 風は刃物のようにダグラスへと向かう。

 ダグラスは腰から剣を引き抜き、それを真っ二つに切った。

 今のダグラスは、ムヴェノワール王国にいた時の無抵抗で全てを諦めていたダグラスとは違うのである。

 それを見たサイラスは表情を歪ませる。

「禁忌とされる闇の魔力を持つ兄上の癖に!」

 再び風の魔力でダグラスに攻撃する。先程よりも強い魔力である。

 ダグラスは一旦それを避け、剣を構えて再びサイラスの攻撃を剣で断ち切った。

(ムヴェノワール王国はきっとサイラスが国王となっても現状の政策で行くんだろうな……。それだと滅びの道を辿るというのに……)

 ダグラスは悲しげに微笑んだ。

 そしてダグラスはかつての自分の目標を思い出す。


『僕は将来、立派な国王になってムヴェノワール王国を栄えさせます!』


(せめて、祖国の平民達……何の罪もない彼らには不利益を被らないようにしたい)

 ダグラスは覚悟を決め、サイラスに向かって手を伸ばす。

 その手からは、強い紫色の光が生じた。闇の魔力を発動させたのである。

 それにより、サイラスは力なく倒れてしまう。

 サイラスは深い眠りに落ちていた。


 闇の魔力には、相手を眠らせる力もあるのだ。


(サイラス、せめて穏やかに眠ってくれ)

 それは兄としての最後の情けであった。


 その後、ダグラスはミリセント達と合流し、ムヴェノワール王国軍と戦った。

 ミリセントの指揮、そしてダグラスの闇の魔力のお陰で見事にムヴェノワール王国軍を制圧した。

 サンルミエール帝国側は誰一人犠牲者を出すことなく無事である。

「ダグラス、サンルミエール帝国の為に戦ってくれて感謝する」

 ミリセントは真っ直ぐダグラスの目を見ている。

「いえ、僕がしたくてやったことですから」

 穏やかな笑みを浮かべるダグラス。

「そうか……。ムヴェノワール王家の処刑執行を、其方そなたがすると聞いたぞ」

「ええ。僕は立派な国王になって、ムヴェノワール王国を栄えさせたいという夢がありました。ですが……闇の魔力のせいで、それを諦めなければなりませんでした」

 ダグラスは一呼吸置き、言葉を続ける。

「しかし、今の僕でもムヴェノワール王国の為に出来ることはあると考えたのです。ムヴェノワール王国で暮らす何の罪もない民達……。せめて彼らを守りたいと思いました。今の王家のおこないを知り、恐らくこのままでは遅かれ早かれムヴェノワール王国は滅びてしまうと感じました。だから、サンルミエール帝国監視下での統治をおこなった方が、民達を守れると思い……国王父上王妃母上、サイラスの処刑を僕が手掛けることに決めたのです」

 ダグラスのルビーの目には迷いがなかった。

「そうか。……ならば、私も色々と覚悟を決めねばな」

 ミリセントはフッと笑う。

「ミリセント様の覚悟……ですか?」

 ダグラスはきょとんとしている。

「ああ。私ももう十七歳だ。そろそろ伴侶を決めよと言われている。私は……伴侶となる者には、己の弱さも人の弱さを受け入れることが出来る度量があって、それでいて強くなろうと努力出来る者が良いと思っている」

 ミリセントは若干頬を赤く染めながら、ダグラスを見つめている。

「そのようなお方が見つかると良いですね」

 ダグラスはほんの少し切なげに微笑んだ。

(彼女の側にいられるのもあと少しか)

「ああ、もう見つけている。ダグラス、其方だ」

 ミリセントのアメジストの目は、どこまでも真っ直ぐである。

「え……!?」

 ミリセントからの予想外の答えにダグラスはルビーの目を大きく見開いた。

「そんな、僕がミリセント様の伴侶だなんて……! ムヴェノワール王国は実質滅びたようなものですし、僕では釣り合いませんよ!」

 ダグラスはミリセントの予想外の言葉に混乱してしまう。

「だが、私の伴侶となり皇配となれば、祖国であるムヴェノワール王国も助けやすくなるだろう。それに、私は皇妃殿下母上が昏睡状態に陥った時、手を握ってその不安を和らげてくれた其方が良いと思った。ダグラス、其方は私のことをどう思っている?」

 そう微笑むミリセントは、年相応の十七歳の少女の姿であった。

「僕は……ミリセント様をお慕いしております」

 一瞬ダグラスは自分の本心を口にして良いのか迷った。しかし、ミリセントを真っ直ぐ見つめてそう答えた。

「そうか。それなら、この件を考えてくれると嬉しい」

 ミリセントは嬉しそうに微笑んだ。

「はい!」

 ダグラスは力強く頷いた。

 もう全てを諦めて死んだように生きていたダグラスはいない。

 今のダグラスは穏やかで堂々とした姿であった。

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