第3話 陽キャくんの決断

ここってゲーム部の部室だったのか。

相談があった変な音というのは、三人がはしゃいでいる声や、ゲームのカチャカチャ音だったようだ。

ひとまずは事件性がないみたいで安心する。


「蘇我くん、柏木さん、本当にごめんなさい〜。私ってば部活申請書を学校に提出するのを忘れてしまいました」

鈴木先生はあわわ、と頭を抱える。先生は見た目ほわほわ系なのになかなかまずいことをしでかしている。まさしくギャップ系美人である、しかも笑えないほうの。


「本当やばいだろこの人」

蘇我くんは呆れ果てている。


「えっ、それってまずいんじゃ」

柏木さんの目が死んでいる。


「つまり非合法で活動をしていたと」

撫子先輩の顔つきが厳しいものへと変わる。


「……はい。多分そうだと思います」

鈴木先生は観念した様子をみせる。


「はははー、でもこうしてうちは認知されたんだしへーき、へーき」

蘇我くんはふざけた様子で話す。あー、これは撫子先輩マジでキレちゃうやつだよ。


「はぁ、そういう問題ではないでしょ」

声のトーンこそ穏やかだが内心めちゃくちゃキレているのがすぐにわかる。

まずい、撫子先輩の口撃が始まってしまう。


「部活申請を忘れて非合法で活動していました、部室を無断使用しています、騒音で他の人に迷惑をかけてしまいました。なにが平気なのかしら、自分たちの行為を客観視できないの?」

蘇我くんは口撃を食らい呆然としている。蘇我くんがその状態であっても撫子先輩の口撃はとどまるところを知らない。


「それに貴方は目上の人との話し方を見直したほうがいいわよ。そのだらけきった服装も校則に従って正すように。あらワイシャツの首元から肌着が見えてしまってとても見臭いわね、それだとモテないわよ」


「え、あ、ああ」

蘇我くんは真っ赤な顔をして身なりを整え出す。


「ゲームばかりしているから人とのコミュニケーションがうまく取れないのね。なんて可哀想なのかしら」


「そ、それは関係ないだろ」

蘇我くんはめちゃくちゃダメージを受けながらもそこは反論する。そうだよねグサッとくるよね、撫子先輩はそういうチクチクするやつ得意なんだよ。


「この有り様では鈴木先生は監督責任がないと判断せざる負えませんね」

次の標的は鈴木先生のようだ。鈴木先生は案外ケロっとした顔をする。


「え、でも〜、私はゲームとか意外とうまいし凄いそういう監督適正あると思うの」

鈴木先生はこの状況でなんて的外れなことを言ってしまうのだろうか。流石にその言い分を通そうとするはまずいんじゃないかなと思う。


「それとこれとは別でしょう」

案の定、撫子先輩はそれを指摘する。


「あー、監督適性がおありと主張されるならサッカー部の副顧問がまだ空いているようですが。よければ私が教頭先生に推薦しておきましょうか?」

撫子先輩のその笑顔が怖い。多分そこらの大人より数倍凄みがある。


「本当にごめんなさい調子に乗りました。運動部だけは、本当に。あと教頭先生にはどうかくれぐれも内密で」

鈴木先生は青い顔をすると情けない声で懇願する。


「本当に貴方たちは」


「あー、ちょっと撫子先輩ストップ。一応みんなからざっくりと事情を聞いてもいいですかね?」

そろそろ撫子先輩を落ち着かせるべきだろう。クールダウンも兼ねて三人から改めて事情を聞く方向にシフトチェンジする。

三人はぽつりぽつりと事情を話していく。


「んー、つまり三人ともオンライゲーム仲間だったと。そんで運動部の顧問をしたくない鈴木先生と部活でゲームをしたい蘇我くんと柏木さん全員の意見が一致した。うちにゲーム部を設立したら万事解決、と。」

俺は苦笑いする。

三人の話を想像の数倍は酷いものであった。

全員が全員自分のことしか考えていないし。

か、柏木さんもその考え方をしてしまって本当に大丈夫なのかな、とは思ってしまった。


「ふふ、凄い偶然でしょ。三人とも同じゲームをしていたんだよ」

鈴木先生はドヤ顔する。

とりあえず起こったことの理解はした。だが鈴木先生の対応含めてそれは大人としてどうなんだろうか。

ほわほわして人当たりが良い素敵な先生だと思っていたが、少し見方が変わってしまう。


「そもそも仕事をしたくないってそれは大人としてどうなんでしょう?」

撫子先輩は今の話を聞いて追撃を始める。

たしかにそれは思う。


「すみませんでした。運動部の顧問だと部活の準備や遠征について行ったり、その他諸々がちょっと辛くて。部活動手当もあまりもらえませんし」

先生が生徒に怒られているという珍しい光景を見てしまった。部活動手当というワードが生々しく聞こえて先生という仕事の世知辛さを感じる。


「それに今の時間はどうみてもサボりですよね、新卒一年目でそれはどうなんです?」


「ごめんなさい」

鈴木先生はぺこりと頭を下げる。やば、大人が怒られているところを見るのはあまりにも辛すぎる。


「撫子先輩そのへんにしませんか。鈴木先生はもうわかっていると思うから」

俺はすかさず止めに入る。これ以上担任の先生がサンドバッグになるところは見ていられない。


「まあ規則は規則ですから。この件は学校案件にしますからね」


「陽キャたちにはわかんねえよな、俺たちはみ出しものの気持ちがさ」

蘇我くんは捨て台詞を吐く。


「いや、そこまで卑屈にならなくても」

俺は苦笑いする。


「そういう陽キャとか気にするところダサ過ぎないかしら。そういうところが、えっと、陰キャだと思うわよ」

暗黒微笑ここに極まれり。最後の一撃が蘇我くんに突き刺さる。

うわぁ、と思い俺は俯いてしまった。


「では失礼します」

俺たちが空き教室から出る間際、ちっ、と舌打ちする蘇我くん、そして鈴木先生と柏木さんの寂しげな表情が頭から離れない。

俺は三人が仲良く楽しそうにゲームをしている姿を見ているだけに、この結末は少し心苦しくも思う。


「なんとかしてあげたいかも」

俺は生徒会室に帰ってから自席でそう呟いていた。


「……私は一切手伝わないからね」

撫子先輩は俺を見てそう呟くとため息をつく。


次の日の昼休み、三人には生徒会室まで来てもらった。

三人は揃って死んだ顔をしている。まぁ気が気でないのだろうな、とは見ていて思う。


「俺たちは停学で先生はクビかもな」

蘇我くんは自嘲気味に呟く。


「昨日寝られませんでしたぁ。あー、教頭先生に怒られたくないよ」

鈴木先生は頭を抱えている。まぁ、一番崖っぷちといえば先生だしそうだよな。


「……私も、もうだめだぁ。終わった」

柏木さんは今日は一度も話していない。というか一日中机に突っ伏していて話せなかった。


「これをどうぞ」

俺はとある書類を一枚、蘇我くんに手渡す。


「えっ、部活申請が承認されているじゃん」

なんとか俺が画策して学校側に提出できた、おまけに部への承認つきである。

実は撫子先輩が申請書を生徒会で預かっていたと口裏を合わせてくれたのだ。おかげで学校側に提出することができたというわけだ。

なんだかんだで撫子先輩は優しい女性だと思っている。


「ふええ、助かったぁ」

鈴木先生はその場にへたり込む。


「やっ、やりましたね」

柏木さんはぴょんと飛び跳ねる、可愛いな。


「ただし条件があります」


「条件?」

蘇我くんは眉間にシワを寄せる。


「俺が部長としてこの部を管理します。これが学校側からの最低条件です」

動機も動機、加えてこの面子でゲーム部承認は難しいと考えていた。

だから俺があえて矢面に立った。

ま、うちの家は多額の寄付金をこの学校に落としているみたいだし、面倒くさいアレコレの事情は無視されるだろうと踏んでいた。実際にアレコレは無視されたので内心胸を撫で下ろしている。

親のコネを使うのはいい気はしないが、使えるものは使うというのは大事な考え方でもある。

今回俺はそれを学べた。


「ふえ?」


「ん?」


「はぁ」

三人は互いに顔を見合わせる。


「別に構わないが。つーかマジで助かった」


「ありがとうー、高柳くん。クビも無事免れたみたいだしさ。本当もうオールオッケーです」


「た、高柳さん、これからお願いします」

蘇我くん、鈴木先生、柏木さんはそれぞれその条件で承諾してくれた。

三人には再び笑顔が戻る。

こうして俺はゲーム部に入部することになった。

俺がゲーム部を設立する最大のメリットは柏木さんと同じ部活になれる、ということ。好きな人の側にいればなにかしら進展もあると思うし。

皆もゲーム部に私情を持ち込んでいたのだが、俺も同じく持ち込んでしまった。

そういうところは俺たち似たもの同士なのかもしれない。

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