番外編【猫の日でも犬の話もしたい】何をやらせてもダメな犬、タツオ

 私の叔父さんは狩猟を趣味としており、猟犬を常時3匹は飼っていた。

 猟犬たちは賢く勇猛、人には従順で親切という、すばらしい犬で、それもそのはず、叔父さんはわざわざヨーロッパに猟犬を見にいき、先祖代々狩猟犬として活躍していた血筋の子犬をもらってくるのだった。


 叔父さんは犬を熱心にトレーニングしていたようには思えず、基本放置だったような気がするのだけれど、血筋が良いからか、あるいは放置教育が逆に良いのか、犬たちは皆優秀な猟犬となった。1匹をのぞいて。


 その犬の名は、タツオという。

 ほかの猟犬たちは、虎徹こてつ月籐げっとうらんなどの格好良い名をもらっていたが、タツオだけは、なんだか平凡な名前だった。そこからして期待のなさがあらわれていた。


 タツオは、叔父さんのところで飼われている猟犬同士から生まれた子だった。交配により雑種になってしまった子犬たちを、叔父さんは猟犬にするつもりは全くなく、ペットとして飼う予定にしていた。情の移った猟犬の子を欲しくなったとのことだった。


 子犬は6匹ほどいただろうか。人懐こく陽気に育った子犬たちは、賢くて可愛いと大評判となったため、かえって叔父さんの思惑どおりにはいかず、全てよそにもらわれていってしまった。1匹をのぞいて。


 それがタツオだ。


 タツオは陰気な犬だった。

 決して意地悪なわけでもないし、人の言うことを聞かないわけでもない。だが、どことなく暗い雰囲気の犬だった。

 はっきり言ってしまうと可愛げがなく、そのため叔父さんはタツオを猟犬として育ててみることにした。ペットに向かないと判断されてしまったタツオの気持ちはいかばかりか。


 しかし、タツオは猟犬にも向いていなかった。

 ふだんは陰気に黄昏れているタツオだが、ひとたび山に入れば、人が変わったように獰猛になるのだという。

 イノシシにも怯むことなく立ち向かっていき、首もとにかじりつく。時には生きた獲物からはらわたを引きずり出して食らうので、狩猟仲間からどん引きされてしまったそうだ。こんなに凶暴な犬はかえって猟犬には向かない。血に酔って人を襲いかねないからだ。その上、主人から獲物を横取りするなんてとんでもない、ということであった。



 タツオは猟犬を引退した。

 ペットには向かず、猟犬にも向かないタツオは、今度は畑を守る番犬の役目をもらったが、そちらも向いていなかった。タツオは人間には関心がないので、誰が畑に来ようと無視を決め込むのである。梨泥棒に餌をもらって尻尾を振ったことさえあるとかで、こちらもすぐに引退となった。




 何をやらせてもダメなタツオは、ただ家にいる犬、という立場になった。特に可愛がられるでもなく、何の役目もなく、日がな一日窓の外を見てぼんやり過ごす。

 人間のほうもタツオを構わないし、タツオも人間にじゃれつくこともない。

 ただいる。そういう犬になった。

 しかし、タツオはそれを不満に思うこともなさそうで、伸び伸びと存在していた。かえって気楽でいいとでも思っているのかもしれない。



 私は、このタツオがわけもなく愛おしかった。役に立たないし、愛されてもいないが、それを不満にも思っていなさそうな陰気な犬が、妙に可愛いのである。自分を重ねているのかもしれない。


 しかし、タツオは私のことがあまり好きではなかった。そもそも人間に興味がないというのもあるが、高い声を発しながら中腰でにじりよってくる人間を見ると、タツオはテンションが下がるのである。ちょっと鬱陶しいなという顔をするのである。


 叔父さんの家に遊びにいくと、タツオはいつも私に尻を向けていた。コミュニケーションを取りたくないという意思のあらわれであろう。

 頭を撫でることはできないので、しかたなく私はタツオの尻を揉む。揉めば揉むほどタツオのテンションが下がり、陰気な空気を醸し出してくる。嫌なら逃げれば良いとも思うのだが、そこはタツオなりに気を遣っているのかもしれない。


「タツオ」

 私が呼びかけると、こちらに尻を向けたままぷらんと尾を振る。しぶしぶ振っているのがわかる、やる気のない振り方である。


「可愛いねえ」

 タツオは床のにおいを嗅いでいる。私が何を言おうが気にもとめない、そういう犬だ。



 ある日、叔父さん宅を訪問中に、窓の外から奇妙な鳴き声が聞こえてきたことがあった。渡り鳥の鳴き声か、あるいは鹿の鳴き声か……。なんらかの鳥獣の声だ。声の正体を確かめようと、私は窓際に寄った。

 すると、陰気な顔でうずくまっていたタツオが素早く立ち上がり、私と窓の間に割って入ったのだ。

「おまえは俺が守る」

 というのではなくて、

「邪魔だ、どいてろ」

 という感じではあったが、それでもタツオが頼もしく思えたのだった。

「タツオ、格好いいねえ」

 私はタツオの尻を揉んだ。タツオはきりっとした顔のまま外を睨んでいた。




 タツオが死んだとき、叔父さんは電話で知らせてくれた。老衰だったそうだ。叔父さんの家で飼われている犬の中で一番長生きしたという。


 人に愛されたいとか役に立ちたいとか誉められたいとか、そういう考えを持たないことが健康と長生きの秘訣なのかな、なんて思ったりした。



<おわり>

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野良猫の砂子 ゴオルド @hasupalen

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