第23話  僕にも分け前を

 通詞の山倉さんは通詞であり、日本人労働者の世話役としても働いているわけだけれど、彼自身、騙されてブラジルまでやって来たのだと僕には教えてくれたわけだ。


「僕は元々、英語の通詞をしていたんですけど、ブラジルでは金銀財宝がザックザック採掘されているから、通詞のお給料もかなり高いとか、二、三年働くだけで大金持ちになれるとか、そんなことを言われてブラジルまで来ちゃったんですよ」


 小太りの山倉さんは大きなため息を吐き出しながら言い出した。


「お偉いさん達は、英語もポルトガル語も使っているのは同じアルファベットだし、似たような言葉だし、東北弁と関西弁の違いくらいなものだから全く問題ないだろうって言うんですけど、ポルトガル語とスペイン語じゃあるまいし、英語とポルトガル語って言語の形態が本当の本当に違うんですよ!」


 山倉さん曰く、ラテン語は動詞の活用がえげつないらしい。同じ動詞でも私とあなたと私たちとあなた達で使う動詞が変化をする。会話の中では主語が使われずに動詞だけを使うことが多いし、その動詞の使われ方で、話の内容を判断するしかないんだって言うんだけど・・


「さっぱり理解できません・・」


 中国語の語尾の発音の変化で内容が全く変わるのとはまた違った難しさになりそうだ。 


「幸いなことに日本人が使う『あいうえお』の母音を使って発音するので、英語よりかはポルトガル語の方が日本人的には聞き取りやすいとは思うんですけど」


 ぼいん?ぼいんって何?


「ブラジルに渡って来た日本人って、ほんとーに、まーったく、ポルトガル語を覚えようとしないんですけど、最近になってようやく、日本人労働者の間でも単語だけは使うようになって来たんです」


「はあ、そうなんですか」


「豹のことはオンサって言うし、ワニのこともジャカレって言うでしょう?ようやっと挨拶程度までは覚えて来たんですけど、なにしろ現地の人とのコミュニケーションをしたがらないから進歩が遅い」


「日本人が外国人とコミュニケーションを取りたがらないのは戦地でも一緒だったんですけど、流石に何年も住んでいたら変わるものなんじゃないんですか?」


「いや〜、無理無理」


「珠子ちゃんは喋れるじゃないですか?」

「ああ〜、あの娘ね〜」


 珠子ちゃんは母と姉によって日本人の集団から弾かれているような状態なので、自然とブラジル人奥様たちとつるむようになったという話は昨日聞いたけれども・・


「基本的に日本人はブラジル人とはつるまないの、だから珠子ちゃんはかなり珍しいパターンの女の子なの。だけど、珠子ちゃんとか、この農場で言えば徳三さんなんかがブラジル人とのやり取りを積極的にしてくれるから、僕としては本当に助かっているわけ」


 山倉さんはそう言ってフーッと息を吐き出すと言い出した。


「埋蔵金とか言い出して騒ぎになるし、人は二人も殺されているし。元々、この農場では害獣による被害が多発しているから、引っ込み思案の日本人のために松蔵さんのような銃が扱える日本人を連れてきたわけだけれど、タイミング的には本当に丁度良かったなって思っているんだよ」


 山倉さんは、普通だったらこんなことは言い出さないんだけど・・と、言いながらも、僕の目をまっすぐ見ながら言い出した。


「日本人が暴れ出すことがあったら僕の権限を使って牢屋(害獣を入れておく檻)に入れてもいいし、万が一にも殺人犯が見つかるようなことでもあれば、こう言っちゃなんだけど、コレしちゃっていいから」


 人畜無害そうな容貌の山倉さんは、親指で自分の首を掻っ切る素振りを僕に見せると、言い出した。


「兎にも角にも、日本人労働者が問題なく働けていればそれでいいの。日本人が真面目に働いてくれていれば何の問題もないの。支配人や農場主が望んでいるのは、何の文句もなく働いてくれることだから、問題が起こらないように!神原くんにはカマラーダとして働いてもらいたい!」


 そう言って山倉さんが僕と握手をしたんだけど、その僕の手の中には、小さな小さな金の延べ棒が握らされたわけだ。


「なんか、昨日、源蔵さんの家の片付けをしている時に、棚の上の隅に転がっているのを見つけちゃったんだよね。四本あったから、一本は神原くんにあげるよ」


 棚の上の隅というと、柳行李とはまた別の場所から見つかったんだな。


「もしも埋蔵金があるとするのなら、それを見つけるのは神原くんだと僕は思うんだ。もしも見つけたら僕にも分け前をちょうだいね」


 耳元でそう囁くと山倉通詞は席を立ち、珈琲カップを洗うための桶のところまで持っていく。どうやら山倉さん、鼻歌を歌っているんじゃないのかな。


 その後、獣の鳴き声に怯えながら檻の中で一晩を過ごすことになった六人組と合流して、カマラーダとしての第一日目を過ごすことになったわけなんだけど、今の時期のカマラーダはとにかく重労働となるらしい。


整地されたパティオと呼ばれる乾燥場に大量の豆を広げて天日干しにするわけだけれど、乾燥むらを避けるために、定期的に撹拌していかなければいけないわけだ。棒の先に水平の板がついたようなもの(日本人はトンボと呼んでいる)で撹拌していくわけだけれど、これをやるのがかなり大変。


 珈琲の木から採取された珈琲豆は太陽の光をじっくりと当てながら二週間ほど天日干しをして、珈琲独特の甘味を作り出していくんだけど、とにかく運び込まれる豆の量が半端じゃない量のため、乾燥時期は、撹拌、撹拌、とにかく撹拌をしていくことになるらしい。


「ボセスフィゼンアルゴフィン、ポルイッソ、ボセステエンキトラバリャタ?」


 檻から出された六人組は、カマラーダのリーダーであるジョアンにそんなことを言われていたけれど、ジョアンの言っている言葉、全くよくわからない。


「マツ!ベンカ!」

 ベンカは『こっち来て』だと珠子ちゃんが言っていたよな。

 ジョアンは僕よりも背が低いガッチリした体付きのおじさんなんだけど、とりあえず僕の面倒はジョアンがみてくれることになったらしい。


「はい、は『え』わかったは『た』いいえは『なおん』知らないは『なおんせい』ありがとうは『おぶりがーど』さよならは『ちゃお』また明日は『あてあまにゃ』これで一日は何とか過ごせるから」


 と珠子ちゃんは言うけれど、本当の本当に、大丈夫なのだろうか?


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