第8話  日本人の立ち位置

 一攫千金を目指して多くの日本人がブラジルを訪れましたが、農作物で一攫千金できるわけがないんです。


 ブラジルでは長年、アフリカ大陸から連れて来られた奴隷が貴重な労働力として活用されてきたわけですが、流石に今の時代に『奴隷』はないんじゃないのって多くの国々からやいのやいの言われて、奴隷制度は廃止になったんですよ。


 南米には先住民族であるインディオ(インディアンのこと)が居たわけですけど、労働力として使うとなると反骨精神が強すぎて、全然適していなかったんですね。


 それじゃあってことで、当時不景気だったイタリアから移民を募ったわけなんですけれど、南米ってあんまり人気が無かったんですよ。さあ、困った。必要不可欠な労働力を何処から持ってきて補填するかって悩むことになったんですけれど、そこで手を挙げたのが日本政府です。


 だったら余って困っている日本人を連れて行って労働力にすれば良いじゃない?日本人は勤勉だから使い勝手が良いはずだよ〜。


 きちんと奴隷の代わりになって働くんだよ、と、説明してくれていたのなら良かったんじゃないのって私は思いますよ。奴隷の代わりの労働力として使いたいんだって。そんな風に馬鹿正直に言ったところで、誰が行きたいと思うかって?そりゃそうよ、誰もが行きたいなんて思うわけがないって。


 せっかく船を用意してブラジルまで運ぶんだから、日本人を乗せて、乗せて、とにかく乗せまくって運んでしまわなくちゃ経常利益を上げることが出来ない!そんな思惑を知らない人々は騙されて、騙されて、騙されまくって、遥かブラジルの地までやってくることになっちゃったんですよね。


 それで、今ここ。


「松蔵さん、ブラジル人に混じって一人で働くことは、確かに心配かもしれないけれど、悪い人たちではないから安心して!」


「え?なんて?」


「勤勉で働き者の日本人っていう看板を掲げて日本人は珈琲農場までやって来たんだけど、なにしろ農作物で一攫千金なんか無理じゃん!移民公社がついた嘘じゃん!絶対に騙されているじゃん!ってなって誰しも自暴自棄に陥ったんだけど」


「陥ったんだけど?」

「綺麗好きの日本人は、厠問題を無視することが出来なかったんだよね!」


 そうです、厠です。

 私たちがブラジルに到着したのは1910年の時のことになるのですが、この時点で、珈琲農場では厠というものは存在せず、人糞がその辺に落っこちまくっているような状態だったんです。


「なんかようろっぺの習慣っていうの、スカート履いたままちょっとしゃがんで、シャッみたいなことが続けられていて、更には豚は放し飼い。落ちている人糞を食べて歩いているような状態だったわけ」


「穴ほってそこに用を足して埋めるとか、そんなことじゃなくて?」

 ヒエーッとなっている松蔵さんを見上げながら言いましたとも。

「いやいや、全然、道端にちょっとしゃがんでシャッが横行していたんだって」


 これがもうね、耐えられなかったんです。いくらようろっぺの習慣だか何だか知らないですけれども、本当に、耐えられなかったんです。そもそも、人糞がそこらじゅうに転がっているから悪臭が凄くって、

「「「「このままでは病気になる!」」」」

 と言って、みんなで一致団結したわけですよ。


「もう、本当に耐えられなくて、みんなで居住区に厠を作ったわけ。豚も放し飼いはやめて、柵で囲った場所で育てるようにしたわけ。病気になる原因が放置されている人糞なんだ。厠文化を取り入れよう!とね、日本人だけでもとやっていたら、そのうちにブラジル人たちにも広がって、今はみんなが厠を利用するようになって、悪臭とはさよならするようになったんだよ」


「はあ・・」


「元々住んでいた人たちも、病気には敏感だったんだよね。それで厠文化を浸透させたら、お腹を下すような症状が目に見えて減ったって言われて、非常に喜ばれることになったってわけ」


「はあ・・」


「それで、普段はあんまりこっちには来ない農場主が訪れた時に、なんか凄く変わったんじゃん?臭くないんだけど!ってお喜びになって。厠で溜まった糞便は肥料にして外作地で使うようになって、その外作地で作られる日本人が作った野菜が想像以上に現地の人に受け入れられて、そんなわけで、今、日本人は概ね好意的に受け止められているってわけ」


「はあ・・」


「だから、とりあえずは虐められないと思うけど、キェッチーニャと呼ばれても無視しといたら良いと思うよ?」


「キェッチーニャってなに?」

「山倉さんが教えてくれたところによると、人見知りが激しい大人しい人?」

「はあ〜」

「日本人はとにかく、綺麗好きで大人しいと思われているから、オドオドせずにニコニコしていれば大丈夫だよ」

「はあ〜」

「それにしても松蔵さん、いきなりブラジル人の中で働くのか。本当に大変だと思うけど頑張って!」

「はあ〜」


 松蔵さんはまじまじと私を見ると、

「次に戦争帰りだから大丈夫って言い出したら本当に怒るからね!」

 と、鼻の上に皺を寄せながら言い出した。




     *************************



 異世界転生で中世ヨーロッパっぽい世界に行ってしまって、トイレ改革や農業改革を行うことって多いと思うのですが、移民公社に騙されてブラジルへと行ってしまった日本人たちが農場に配耕された時には、糞便そのまま、いつでもどこでも状態だったのは間違いない事実です。


 ブラジルはポルトガル人に植民地化された歴史があり、アフリカ大陸から運ばれてきた大勢の黒人が奴隷として働かされていたのですけれども、その代わりの労働力として期待されることになったのが日本人。さあ、この日本人たちがどうなっていくのやら・・最後までお付き合い頂ければ幸いです!!

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