都会から離れた場所にあるその町は、全体的にあまり賑わってはおらず、駅の傍にある商店街もほとんどの店がシャッターを閉めている。人気がないのをいいことに、黒崎は道の真ん中を軽やかな足取りで進み、そんな黒崎の横に、不機嫌そうな顔で富樫は並び歩いていた。


「この商店街を抜けた先に坂道があって、登りきるとお寺があるんだってさ。今回はそこの墓場でお絵描きだよ」

「え、坂道」


 嫌そうな富樫の呟きに、黒崎は頷くだけ。

 頭の後ろで手を組んで、変わらぬ歩調で黒崎は進む。坂道に恐れなどないとばかりに。


「……その、セグウェイの貸し出しとかないんですか?」

「ここは日本だよ富樫くん。どこかの国みたいなことはしてないと思うし、見た感じあれは足使った方が速いね」

「適当に言ったのにやってる所ではやってるんですね」


 適当かーい、などと笑う黒崎は本当に楽しげで、富樫とさほど歳の変わらぬ不真面目な学生のように見えるが、これでも一応、成人はしていた。

 二十歳の黒崎と、学生の富樫。

 二人は歳の離れた友人、とかではなく、単なるバイト仲間。これから縁もゆかりもない寺に行くのも、本日のバイト場所がそこだからだ。

 富樫は絵を描き、黒崎は彼を護る。

 それが彼らの役割だが、その中に、黒崎が富樫をおんぶする、というのは含まれていないので、富樫は自力で急な坂道を登ることになる。


「そこにコンビニあるけれど、エナドリ売ってそうじゃない? 今の内に買っとく?」

「けっこうです。若いんで、いりません」

「オレも若いよ? 高校生の君より歳は食ってるけど」

「……ボクはまだ中学生です」

「……ああ、本当に若いね」


 若い若いと笑い混じりに何度も黒崎が口にすると、富樫は何も答えなくなり、そうして二人はコンビニを素通りする。

 電車の中同様、現地住人からも怪訝な視線を向けられながら、商店街を進んでいくこと十分。車でもそのまま進めるコンクリートの坂道を前にして、ほんのり途方に暮れた顔をする富樫を黒崎は笑い、丸まってしまった彼の背中を思いきり叩いた。富樫の背中は瞬時に伸び、べほっ、なんて変な声をもらす。


「若いから大丈夫、でしょう?」

「……」


 黒崎は先に坂道を登っていき、少し送れて、富樫の足音が聴こえてきた。最初はすぐ後ろから、けれど徐々に、足音は遠ざかっていき……。


「とーがーしーくーんー」


 黒崎が頂上に着いた時には、富樫はまだ坂道の半分くらいの所にいた。


「エナドリー、買えば良かったねー」


 富樫からの返事はない。ちぇっ、などと呟き、黒崎はその場にしゃがみこんで、腹ポケットからスマホを取り出し、こっそりストップウォッチで計りながら、富樫が登りきるのを待つ。五分を過ぎた辺りで止めた。

 遅れて頂上に着いた富樫は、地面の上に仰向けに倒れ込み、荒い呼吸を繰り返す。黒崎は手早くスマホを腹ポケットに戻し、富樫の両手首を掴んだ。


牛隠寺ぎゅういんじって言うらしいんだよ、これから行く寺」


 ゆっくりゆっくり、黒崎は寺の方へと富樫を引き摺っていく。


「牛の仏様でもいるのかね」


 富樫の学ランが地面に擦れて嫌な音を立てるが黒崎は構わず、そうして、開放されている寺の門をくぐった。

 たのもー、たのもー、などと大声で黒崎が叫べば、慌てた足取りで僧侶、おそらく住職と思しき中年男性が駆け寄ってきた。


「何ですか貴方は!」

「あ、どうも。──怪画蒐々会かいがしゅうしゅうかいの者です」

「……うちの若い者から、昼に来るとは聞いていましたが……随分と若いですね」


 住職は胡散臭そうな目で黒崎を見てくる。そうされても文句は言えないだろう。

 二人のバイト先である怪画蒐々会という名前も、黒崎の見た目や言動、そして行動も、何一つとして信用できる要素はなかった。

 ちなみに、依頼人は住職ではなく、この寺の若い僧。住職がどれだけ経を唱えても解決しないから、ネットで調べて連絡してきたのだ。若い僧は現在お堂の掃除をしている。

 黒崎は一度立ち止まり、辺りを見回した。


「墓場でお絵描きしてくるよう言われてるんですけど……どこです?」

「……左手に進んでもらえれば」

「ありがとうございます。上から聞いた話では、確か、墓の上でお供え食ってる美女がいるとか」

「牛ですよ」


 牛ですか、と繰り返し、黒崎が住職に視線を向ければ、すぐに目を逸らされた。


「胴体はふくよかな女性の身体で、首から上が牛の顔なのだと、目撃した者達は口を揃えて言っています」

「はーん、じゃあ雌なんですかね。……牛乳とか売ってます? なんか飲みたくなりました」

「商店街にあるんじゃないですか」

「じゃあ、帰りに買おうかな。ほらほら富樫くん、牛乳の為に働かないと」

「……ち、がう」


 否定の言葉を口にすると、富樫は黒崎の手を乱暴に払い除け、背中の汚れを払いながら立ち上がり、黒崎を睨みつける。


「生活と、将来の為です」

「細かい細かい」


 黒崎は墓場へと足を動かし、富樫もついてくる。

 怪訝な視線は黒崎の視線に刺さったまま。


「……本当なんですか、絵を描くだけで墓場の問題が解決するというのは」

「何も問題がなければそうなりますよ。オレ達もこれで飯にありついているのです、頑張ります。主に富樫くんが」


 富樫の盛大な溜め息が後ろから聴こえても、黒崎は特に訂正をしなかった。

 ──怪画蒐々会。

 二人がバイトとして雇われているそこは、字面の通り妖怪や幽霊などの怪異の絵を集めており、それと共に、人に害をなす怪異を成敗・除霊する団体でもある。

 その方法というのが、対象の絵を描くこと、それだけ。

 たったそれだけのことで、対象の怪異は力を失くし、紙の中に閉じ込められ、好事家のコレクションにされる。


「なので、心配しないで、ゆっくりお茶でも飲んでてください」

「……」


 住職からの返事はなかった。

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