勇者一行の下ネタ事情。

渡貫とゐち

※注意 不快なお話かもしれません。


 凸凹な四人が森の中を歩いていた。


 勇者一行、その内の一組である。

 世界には勇者と呼ばれる存在が、ざっと20000人はいるのだが、まあ、それは別の話である――今回は勇者ハムレットとその仲間たちの、ある日の出来事だ。



「ハムレット、ちょっと席を外すわね」

「ん? でも、そろそろ出発するぞ?」


「すぐに戻るから……置いていかないでよ?」

「僧侶を置いて旅に出かける勇者がどこにいるんだ……人に言えない用事なら早くいってきな」


「……用事の内容を察している以上、濁す意味があるのかギモンだな……」

「え? みなさんは分かっているのですか?」


 口を挟んだ大柄な男は、たてがみを持つレオ族である。

 勇者の背中を任せられた、雇われ戦闘員だ。そんな彼の隣には、勇者の膝までしか身長がない妖精の少女が座っていた。

 彼女は魔法使いである。

 名はそれぞれラグ・ダムド。魔法使いの妖精はピンクルゥルゥという。


 ちなみに。


 茂みの中へ向かった少女は僧侶レインバード――勇者と彼女は人間である。



「ふう……スッキリした……」


 お花を摘み終えたレインバードが勇者の元へ戻ろうとした時、背後で草を揺らす音がした。

 杖を手に取って構える……が、出てきたのは魔物だが、ただのスライムである。

 半透明の、やや、緑色に近いか……?

 今のレインバードの実力ならばスライム程度、簡単に処理できる。


「でも、敵意はないっぽいわね……」


 ぴょんぴょん跳ねて近づいてくるものの、敵意はない。攻撃する意思がない相手を問答無用で焼き尽くすというのも、理不尽ではないだろうか。

 相手が脅威になるなら手を下すべきだが、そうでなければ――ただのスライムであれば見逃してもいい……見逃すべきだろう。

 レインバードは杖を下ろし、スライムを見送ることにした。


「ここを通り道に使いたいだけでしょ? 早くいきなさい……、あなたの経験値なんてたかが知れてるから、積極的に狩る勇者一行はいないと思うけどね……。それでも、『片手間で殺せるなら殺そう』とする勇者は中にはいるものよ……気をつけなさいよ?」


 地面を跳ねるスライムが、レインバードに近づいてくる。「?」と眉をひそめたレインバードだったが、目的が自分ではないことを知り、警戒を解いた。

 ……だが、解くべきではなかった。

 彼女自身に脅威が迫っていなくとも、この場には他に、なにがある?


「……え?」


 そして、スライムは大きな口を開けて噛みついた。


 地面に落ちていた【それ】が、スライムの体内へ、すぽん、と入っていった――――



「レインバードのやつ、遅くないか……? 見にいった方がいいかな……?」


「やめておけ。下半身丸出しのあいつを見たら消されるぞ。記憶どころじゃなく、全身が蒸発してもおかしくないだろうな……」


「そうか? 見られたくらいで魔法をぶっ放す? ……、いや、するか。あいつなら確実に。言い訳もさせてくれなさそうだよな……」


「? なにか見られて困ることでもしているんでしょーか」


 妖精は知らないフリをして……、いや、彼女は本当に分かってなさそうだ。

 レインバードがどうして、こそこそと茂みの中へ入っていったのか……、人に見られたくないことをするためだ。そしてそれは、生物であれば必ずやってくるものである。


 出した後は魔法で焼却する……が、魔法発動はまだらしい……。

 となると、長丁場になっているのかもしれない……。


 向かった後で、倒れていなければいいけれど。

 見てはいけない部分とは言え、さすがに魔物が棲息する森の中で長時間もひとりきりというのは危険だ。しかも、眠っている時よりも隙だらけである――。


 近くで監視しておきたいが、そういうわけにもいかないのだった。


「あと十分して戻ってこなければ探しにいこう。見られて殺されかけるのだとしても、放置はできないからな」


「勇者がそう言うなら従うまでだ」

「はいっ、わたしもです!」


 レオ族と妖精族、凸凹コンビが頷いた。



 さらに数分が経ち、「あ、魔法の反応だ……」と気づいた勇者が立ち上がった。


「どうした? 魔法が使われたならそろそろ戻ってくるだろう」


「いや、焼却のためじゃないな……これは、魔物に向けた攻撃だ! ――レインバードが襲われてる!!」


 勇者が剣に手をやり、走り出す。

 茂みをかき分けレインバードがいる方角へ。


 やがて、見えてきたのは魔法による光の弾だ。

 高速で低空飛行するそれが、ちらりと見えたスライムを狙って追いかける。

 地面に着弾し、爆破したものの、スライムには当たっていない。


「――レインバード!!」


「!? ちょっ、なんであんたがここにいるのよ!?」


「お前が全然戻ってこないからだろ!? 心配してきてみれば、なにスライムに手間取ってんだ!!」


 レインバードは下半身が丸出しのまま戦っていたわけでもない。にもかかわらず、低級の魔物であるスライムを討伐できていなかった。

 動きが素早いのは分かったが、それでもレインバードが手間取る相手ではないはずだ……、なにか、特別なデバフでも喰らってしまっているのか……。


「おれも手伝うよ。スライムは向こうにいったな? じゃあふたりで挟み撃ちにして――」

「いらないから!! あんたは黙って、この場で動かず目を瞑っていればいいのよ!!」


「いや、なんでだよ……。ひとりで手こずるならふたりで戦った方が――」


「いいからッ、ここはあたしひとりでいいからついてくるんじゃないわよ!?!?」


 と、その必死さに、勇者もこれ以上のごり押しはできなかった。

 あんなレインバードは初めて見た。あのスライムに、一体なにが……?


「お、いたいた……、なにかあったのか?」


「それが……」


 勇者が事情を説明する。

 ただ、彼が見た限りでは、なにも分からなかったに等しいが。


「…………なるほどなあ……そりゃあ、お前が手を出すのはダメだ」

「どうしてだ?」


「そのスライムは、恐らくレインバードの『モノ』を取り込んだのだろう……、スライムの食事ってわけだ。今追いかければ、見てしまうだろうな……。半透明のスライムは、体内へ取り込んだモノがしばらく残り続けるからな……、倒してしまうか消化するまで誰にも見られないようにするかのどちらかだ」


「??」


 首を傾げる勇者が、答えを急かす。


「なあ、濁したら分からないよ。スライムはなにを体内に取り込んだんだ?」


「それは俺の口からは言えんな。……分からないならその方がいい……レインバードだって、絶対に知られたくないことだろうし……。女子なら尚更、異性に見られたくはないもんだろう」


 たとえレオ族であっても、自分の身から出たモノを観察されるのは嫌なものだ。


 全員が平等に出るものとは言え……他人に見せるようなものではない。

 見せて、一体誰が得をする?


「(高濃度の魔力を持つ相手から出たモノであれば、取り込むことで相手の魔力を吸収することもできるものの、そういうのはスライムくらいしかできないからな……、利用できるのは一部の魔物だけか)」


 肥料にすれば大樹が育つこともある。


 利用価値はあるが、やはり『見る』ことに意識を向ける者はいないだろう。



「はぁ……はぁ……っ、見失ったわ……」

「まだ探すのか?」


「いえ……もういいわ。どうせそろそろ消化される頃だろうし……」


「? 聞かない方がいいんだよな?

 じゃあ、そろそろいこうぜ――予定にない長い休憩になっちまった」


 仮に、まだ消化されていなくとも、スライムの近くに当人がいなければ結び付けられることはない……はずだ。

 そう信じ、レインバードはスライムを見逃すことにした…………その時だった。


 がさごそ、と茂みの中から飛び出してきたスライム。


 その体内には、まだ……消化されていない『モノ』があった――。



「スライム? あれ、なんか中に――」


「見るなバカぁ!!」


 レオ族のラグは、すかさず目を閉じた。


 妖精のピンクルゥルゥは、飛び出したスライムをじっと見て――「あっ」と気づいたようだ。


 ラグが彼女の口を塞ぐよりも早く、彼女は言ってしまった……。



「あれってもしかして…………――『う○ち』だ!!」


「っっ――――!!」


「スライムがう○ちを食べて……だから魔力が普通のスライムよりも濃いんだね……量も多いし……でも誰のう○ち――」と、そこでやっと気づいた妖精が自分で口を塞ぐも、遅過ぎた。

 既に質問と答えが全て明け透けになっている……、顔を真っ赤にしたレインバード、そして気まずい中で顔を真っ青にさせる勇者ハムレットとレオ族のラグ……どうしようもない……。

 最悪の空気が流れた。


「…………まあ、おれだって用を足すことあるしな……変なことじゃない。捻り出したそれをスライムに食べられることも、なくはない……うん、おかしなことじゃない――――」


 言い訳がましく言う勇者の顔に、魔法の杖が突きつけられた。


 当然、僧侶レインバードの杖だった。


「……そういうことじゃないのよ。

 あたしの、あれを……見られたってことが問題なのよ……ッ」


「き、綺麗な形をしてるじゃないかっ」


「嬉しくねえわ!!」


 殺意高めの魔法が放たれる。


 環境を破壊する容赦ない攻撃が勇者を襲った――「おぉい!? 殺す気か!?」


「うん、死んでくれる?

 記憶を消して終わらせるわけにはいかないわ……、だからあんたを、殺す!!」


「おれだけが標的なのかよ!?」


 言われて気づき、ギロリ、と、レインバードの視線が隣のレオ族に向けられ、


「あんたもだから」

「なら、さっさと逃げるとしようか」


 ラグが小さな妖精族を手の平の上に乗せて、


「――あとは頼んだぜ、勇者よ」



「ちょっ、待て待て!? おれを助けろ見捨てるなぁッッ!!」


「――あんたは逃がさない」

「ひっ!?」


 杖が勇者を狙う。

 彼女の目は、冷たく、深い深い、闇を映していた――――。



「っ、こんなことで怒るなよ!! ただ『う○こ』を見られただけだろうが!!」

「それが問題なのよ!!」


「してるところを見られたわけじゃないだろ!!」

「ッ――だったら、あんたのも見せなさいよ!!」


「はぁ!?」


 怒りと恥ずかしさがぐちゃぐちゃになり、怒りながら泣いているレインバードは、自分でもよく分からないままに口に出していた。


 お前のも見せろ。

 してるところではなく、出したモノを――と。


「……見られたなら、あたしも見なくちゃ平等じゃない」

「バカなのか!?」

「選びなさい、見せるか、殺されるか」


 気づけば魔法に囲まれていた。

 彼女の中の最大魔法で、八方の逃げ道を塞がれ、目の前に広がるのは避けられない数の魔法の光で作られた、無数の剣だ。

 ――全ての切っ先が、勇者に向けられている。


 後に、無敵と言われた魔王に傷ひとつをつけた魔法が、今、勇者に襲いかかろうとしていた。


「冷静になれよ……こんな変態プレイ、お前が後で後悔するだけだぞ!?」

「いいの、もう……どうにでもなれよ……いいからハムレットのう○こ、見せてよぉ!!」


「誤解されるようなことを叫ぶなあッッ!!」



 町の中でなくて良かったと安堵する勇者ハムレットだったが……

 しかし、聞いている人はいるものだった。


 次の町で、ある噂が広まっていた。


 勇者の『う○こ』を見ると運気が上がる――、

 広まる過程で歪曲していったのだろうが、まあ――事実がそのまま広まるよりはマシだった。




 …了

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