第9話 人の気配

 扉の先はがらりと風景が変わった。

 先ほどまでのダンジョンはボス部屋を除いて、整備されてない洞窟の中という様相だった。

 それが明らかに整備された人工的な建物の中という感じに変わっている。


 床は石畳で、壁と天井も平で、壁には人工的な文様が施されている。

 魔力感知マナセンスで敵の気配は一切感じられない。

 人工物の中にいるとどこかしら不安感が、薄らぐような気がする。

 だが油断はできない。ここはまだ、ダンジョンの中なのだ。


 しばらく直線に進むといくつかの木製の扉が出現する。

 俺はその1つの扉を開けて部屋の中に入ってみる。


 部屋の中は埃っぽく、随分と人の手が入っていないように感じられる。

 棚と何かしらを格納するであろう木箱がいくつか設置されている。

 棚には何もおかれていないが、木箱の1つを開けると、そこには衣類と防具と短剣が収納されていた。

 

 取り出して確認する。どれも傷1つなく綺麗で新品のようだった。

 衣類は成人の大人用みたいでサイズもあいそうだ。

 今着ている高校の制服は、度重なる戦闘でボロボロだった。

 早速、服を着替えてみる。うれしいことにピッタリだった。

 デザインも悪くない。短剣をベルトと共に腰にかける。

 新たな服装に着替えると、すっきりと心機一転したように感じた。


 他の部屋も同様に探索してみるが、めぼしいものはなかった。

 ここは昔人間が住んでいたが、今では放置されたような場所なのだろうか?

 だけどここはダンジョンの一角だ。本来人間が生活空間とする場所ではない。

 いや、もしかしたらダンジョンに繋がるように生活空間を作って繋げたとか?


 思索をめぐらしてながら進んでいると、いつの間にか行き止まりにたどり着いていた。

 そこにはただ一つ、扉が設けられている。

 これまで見てきた木製の扉とは異なり、未知の金属で作られた、白く輝く光沢を放つ扉だった。

 その質感や光り方は、他のどの扉とも明らかに一線を画している。


 俺はそーっとその扉を開いてみる。


 目の前に広がった光景は、ダンジョンの奥深くにあるとは思えないほど異質な空間だった。

 

 壁一面に複雑な式が書かれた黒板が占めており、その周囲には様々な古代文明の遺物や奇妙な形をした鉱石のサンプルが展示されていた。

 大理石の床は光を受けて煌めき、その上には金属製のテーブルと複数の椅子が配されている。

 部屋の隅にある大きな本棚には、革装丁の古書がぎっしりと並んでいる。

 天井からは、電球を思わせる球体が優しい光を放ち、部屋全体を温かな雰囲気で包み込む。

 さらに奥では、地面に描かれた複雑な魔法陣が目を引き、その様式は転移魔法陣を思わせる。

 ダンジョンの深淵にありながら、この空間は中世の錬金術師の工房が現代の息吹で再解釈されたかのようで、不思議な空間だった。


 部屋の中に入り、テーブルに置かれている何か術式が書かれた紙を確認する。

 習得した翻訳魔法により問題なくそれらは読めるようだった。

 まあ、読めるだけで何を書いているのかはよくわからなかったが。


 その瞬間、壁のランプがチカチカと点滅し始めたかと思うと、部屋の奥にある魔法陣から眩しい光が溢れ出してきた。

 何かが現れるのか?

 俺は警戒しながらそちらの方向へすぐにでも無にできるよう手をかざして、もしもの準備を整える。


「驚いた、ほんとに人間がいるじゃない」


 声とともに現れたのは一人の美しい少女だった。

 見た目は中学生くらいで、年下に見える。

 彼女の腕と顔の一部には、幾何学模様のようなものが施されていて、それが時折、淡く光を放っている。

 一見すると入れ墨のようだが、その発光する特性からして、ただの入れ墨ではないことがわかる。

 髪は、夜空を思わせる深い青色に輝いており、長く柔らかく波打つそれは、軽やかに彼女の動きに合わせて揺れる。

 彼女が纏っているのは白を基調としたワンピースで、そのデザインはどこか近未来的な要素が織り交ぜられているように感じられた。

 

「あなた、どうやってここまで来たの」

「いや、普通に奈落のダンジョンを下ってきたんだけど」

「敵は? ここに来る前に羊の顔したモンスターがいたでしょ。後、1つ目も。あれは回避できないはずだけど」

「ああ、そいつも倒したよ」

「倒した? そんなはずは……」


 少女の片目が色変えて輝く。何かの魔法だろうか。


「ほんとだ。あなたレベル1000を超えてるじゃない。ありえないわ……」


 一方、俺も少女に対して真理洞察トゥルースビジョンでレベルとステータスを確認しようとする。

 しかし、表示されたのは文字化けしたステータス欄で、名前もレベルもすべて不明であった。


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