本編

「ここは、地元では有名な戦があった場所で――」

 深夜、車から降りるとスマホを取り出して撮影を始めた。空気はまだ熱気が残っていた。

 着いた場所は三重県、田丸城跡。城の建物自体は既に無い。自然石を加工せずに積んだ、野面積のづらづみの荒々しい石垣が残る城跡だ。まあ、よくこんな形のまま積んで崩れないのだと感心する。

 闇の中に浮かび上がる石垣はなかなかに威圧感があった。当時は権力の象徴だったのだろう。

 幸い、こんな時間帯にこんな場所に来る人間は他には居ない。何をしようが邪魔される心配はなさそうだ。

「ここでは、一度に数百の兵が討ち死にしたという――」

 俺はありもしない設定を話しながら、天守閣跡に向かって登り始めた。

 天守閣――と言っても、今は金属パイプで仮組みされた物に白いシートが張られているだけだ。冬場にライトアップされることを考えてのことかもしれない。

 石垣の他の場所も同様、城らしき建物はほとんど残っていない。かろうじて富士見門と呼ばれる門と奥書院という建物が残っているが、これも後世にどこかに移してあった物を再移築してきた物らしい。稲荷を祀った社もあるが、当時からあったのかは怪しい。

 そんな状態だが、続日本100名城にも選ばれている。

 ちなみに城が無くなった後も生活の場として活用されてきたようで、外堀から少し入った石垣の下には町役場と村上龍平記念館、石垣を登っていく途中には中学校まであったりする。俺にはよく分からないが、昔はなんらかの施設がそこにもあったのだろう。

「中でもこの天守閣跡は――」

 そう話しながら、天守閣跡にたどり着く。

 この間にも俺は、いかにもな解説をしてやった。戦国時代には織田信長の息子・信雄のぶかつが城主であり、ここではその指示のもと、残虐非道な行いがされていたこと。度々戦場となり、合計すると数千の兵が死んだということ。

 もちろん、嘘だ。俺が言った中で正しいのは織田信雄が城主だったことぐらいだ。それもごく短い期間らしく、信雄が移り住んで改築後に五年程度で火災となり天守閣を失い、松ヶ島城に移っている。

 もっとも、全く血生臭いことがなかったかといえばそうでもない。その間に信雄の命を受けてこの地の権力者であった北畠家の者を数名招き寄せ、騙し討ちにしたこともあったという。

 とはいえ、その後は特に何もない。江戸時代になって城主が何度か変わっており最後は紀州藩の家老が城主となったようだが、歴史上に残るような大事件はない。あったとしても、せいぜい地元の人間が知っているだけだろう。

「時として、ここでは討ち死にした者の数百の人魂が――」

 俺はデタラメな解説を続ける。スマホには仮組みの天守閣が映っている。

 度々現れる数百の人魂や落ち武者の亡霊――嘘だ。場所的に全くあり得ない。だが、それでもいいのだ。

 俺がこうして言ってしまえば、ネットばかりしている馬鹿な連中は鵜呑みにする。たとえすぐ傍に真実が転がっていようとも、それを確認することさえしない。そうして嘘は真実となり、多数の証言を生む。それが、この情報化社会だ。

「ちょっと、生暖かい風が出てきましたね。これはひょっとすると……」

 風など吹いていない。吹いているのはホラだ。

「あっ! そこに今――」

 わざとらしくスマホのカメラを向ける。当然、何も映ってはいない。

「あ~、消えちゃいましたね。今、確かに人魂のような物が――」

 そんな物ある訳がない。これで再生数が伸びるのならば、楽なものだ。


 その後も、俺はわざとらしく驚いた声を上げたり、デタラメな噂話をしたりと忙しかった。

 それももう十分だと思い、下に止めてきた車に帰り始めた。

 カメラを止めて車に乗ると、エンジンを掛けようとした。

「あれ?」

 おかしい。エンジンの駆動音がするが、何度しても止まってしまう。

「ヤバいなあ。バッテリーかな……えっ!?」

 ふと、顔を上げて助手席を見た時に俺は悲鳴を上げた。

 助手席には、乗っていた――居るはずのない落ち武者の亡霊が。

 甲冑姿の亡霊はこちらを向くと、骸骨と化した顔を向けてこちらに何かを言おうとしているようだった。しかし、声帯のないせいか声は聞こえず、ただカタカタと歯を打ち鳴らしているように見えた。

「うわあああああああっ!」

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だウソダ! 居る筈がない!

 俺は叫びながら車の外に出ようとしたが、ドアが開かなかった。

 どうしてだ!? ロックされていないのに!?

 車の外が急に明るくなった。人魂……それも一つや二つでない。数百の人魂が車を取り囲んでいた。

「そんな!? あれは嘘だったんだ! それなのに……」

 俺は最後まで言うことはできなかった。

 落ち武者の手が俺の首を掴んでいた。


「――で、朝早く来た先生が見つけたんだって」

「へ~。元からおかしかったのかな?」

「さあ……でも『幽霊が、幽霊が』って、繰り返すばかりでさ……先生もどうしようもないからって救急車を呼んだらしいよ」

「幽霊なんて、この辺りに居るのかな?」

「まあ、居てもおかしくないんじゃない? どこでだって、昔は人が死んでるんだしさ。それとも……」

「それとも、何?」

「それとも、お稲荷様のバチが当たったのかもね。ほら、前にも――」

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田丸城の亡霊 異端者 @itansya

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