第2話 来訪者には礼儀正しく!


 どうして、どうしてこんな事になってしまった。

 街の風景が流れていく。パン屋、鍛冶屋、酒場、噴水、城壁……正しくヨーロッパという感じの見た目。だがどこか違うような。

 兵士のお兄さんたちに追い掛け回されながらそんな事を思った。


「おい貴様! 大人しく投降しろ!」


 ステパノス・タカハシ、27歳無職。現在全裸の状態で城下町を全力疾走中。

 この世界に警察28時的なアレがあったらきっとそんな風にナレーションされているのだろうか。


「ひぇぇえええ、もう、もうあの牢だけはぁあ!」


 走る、走る。とにかく走る。

 裸足だからか足の裏に色々と突き刺さっている。凄く痛い。体力ゲージは一個も減っていない。さすがクラワルの身体だ。

 だが、精神はどうだろう。もし正気度ゲージなんてあったらとっくにマイナスになっているはずだ。


 過ぎ去っていく人々の視線はとても冷たい。特に女の物は。

 当然だろう。全裸で泣きべそ掻いて走っている男などそういう目で見るしかない。

 だが逃げなきゃならないのだ。二度と捕まる訳には行かない。俺自身のために。この世界のために。


「うぉおおおお‼」


 思い切り地面を蹴って空を駆ける。すかさず空になった足元へ足場を置いた。

 逃げながら必死になって作った《土の足場》。その数にしてたったの4個。

 伝説のPVP(対人)プレイヤー『UTUTU』と俺は違う。例え念じれば出来るとして、走りながらアイテムを製作するなんていう、あんな神業出来る訳が無い。


「お、おい」

「あいつどうやって足場を置いた⁉」

「くそっ! 屋根の方に逃げる気だぞ!」


 慌てふためく兵士たちの声も聞かず、トントンと足場を積み重ねてゆく。


「とうっ‼」


 飛び上がり、青い屋根の上に着地した。

いわゆるスーパーヒーロー着地ってやつか。全裸でこんな事をしている場合じゃないのだが、身体が勝手にその姿勢を作っていた。

 しかし、それは瓦で出来ていた。何枚か割ってしまった。


(ごめんなさい。もし戻れたら後で作り直します。戻れないと思うけど)


「おい! それは民家だぞ!」


 本当にごめんなさい。けどアンタら追って来るのが悪い……と思ったが、今の状況では10対0の割合で俺が悪い。

 公然わいせつの犯罪者か。あるいは、脱獄罪、器物損壊罪、公務執行妨害……この世界に刑法という概念がもしあるのなら俺は捕まって当然だろう。


「隊長! 屋根への梯子をかけました!」

「でかした! 私がヤツを追い込む! お前らは先行してあのヘンタイを待ち伏せろ!」

「分かりました!」


 クソ、状況がますます悪くなっていく。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 息はもう完全に上がり切っている。膝に手を置いて息を整える。

 見たくないモノがぷらんぷらんと俺の視界に入って来やがる。最悪だ。


「貴様……とうとう追い詰めたぞ……」

「んぐっ!?」


(何だと⁉)


 俺が割った瓦の辺りから梯子で這い出てきた隊長。あのニコニコしていたのが隊長だったのか。

 辺りをサラっと見回す。屋根まで上って来られたのは良かったものの、この場所は孤立していた。


「ぐっ……」

「堪忍するんだな、ヘンタイ野郎……!」


 じりじりと両手に丈夫そうな縄を持って迫ってくる隊長。


(どこか、どこか逃げ場は無いのか……!)


 必ずあるはずだ。この状況を打開できる何かが。

 だがもう足場も使い切ってしまった。見た限り他に行ける場所も無い。

 隊長を殴り落とすか。いや、あんな鎧に包まれた人間にそんな事は通用しない。それに俺の刑が重くなる。失敗した時のリスクが大きすぎる……。

 

(……!)


 後ろをちらっと見れば、その先に人一人乗っかれそうな屋根があった。

 でも足場も無い以上、あそこへ身体を届かせるのは難しい……!


「……ま、待て!」

「問答無用ッ‼」


 俺の静止も聞かず隊長は突っ込んできた。


(クソぉおお! やるしかねえ!)


「うぉぉおおおお‼」

「——おい、貴様!」


 後ろ振り向いて、助走無しの大ジャンプ。

 凄い。空を飛ぶとはこんな感覚か。空気の上を歩いてどこへでも行けそうだ。

 屋根が目の前に近づいて来た。ああ、届く。届くぞ——。


(あえ?)


 だが届かなかった。何も足元に感じないかと思ったら、途端に身体が落下していく。


「ウァアアアア‼」

「貴様ぁあああ‼」


 落ちながら上を見上げる。隊長は必死の形相で手を伸ばしてくれていた。ほんのり笑顔でそれに答える。

 そんなに高い場所では無いが、まあ、落ちたら死ぬな。だから、これから俺は死ぬだろう。

 さようなら、隊長さん。手伸ばしてくれたの、ちょっと嬉しかった。


グシュア!


生々しい音と共に、完全に地面に着いた。

身体は動かない。なのに、さすがクラワルボディ。痛みという痛みを全く感じない。


——《GAME OVER》——


 この画面も久しく見てないな。もっとも、いつもこの画面になる寸前にワールドを消していたから当たり前だが。


(ああ……なんかフワフワしてきた)


 感覚が遠のいていく。これが「死」って事なのか。

 全裸で、しかも街中で死ぬなんて。全く面白い人生だった。


 でもまあ、復活できるんだと思う。多分。



◇◇◇◇



「……ここは?」


 目が覚めると、だだっ広い草原の上に寝転がっていた。裸で。

 ああ、空が青いな。何か空気も美味しい。全裸だけど。


(ってこの下りやっただろ)


 背中へ草がチクチクと刺さって痛い。というよりくすぐったい。

 むくっと起き上がって周りを見れば、あの土の足場で作られた物見やぐらが見える。向こう側には切り株と作業台が残されていた。もはや懐かしい。


 ここは初期リスポーン地点だ。普通クラワルの世界では死ねば、こういう風に初期リスポーン地点で復活する。

 もちろんベッドでスポーン地点を登録すればそこから復活する事が出来るが、あんな状況でそんな事が出来る訳が無い。


 時間が経っているのか、日の向きが最初見たときと比べ少し傾いている。

 あの巨大な壁の方を向く。確か、アヴェオルノとか言ったか。あそこの中にしょっ引かれて、一体どのくらいの時間が経ったのだろうか。

 

(時間……あれ、そういえば)


ある事が思い浮かんだ。


(いつドラゴニウェウスは来るんだ?)


 これだ。色々とあり過ぎてすっかりと忘れていた重大事項。

 RTAプレイヤーとして『時間』とは最も忘れてはならない事だ。

 クラワルの世界の一日とは現実世界の20分に相当する。

 つまり504日。それがドラゴニウェウス襲撃までのタイムリミットだ。


 当然この世界がその通りに時間が進んでいるのかどうかは分からない。だが、もしそうならあんまり悠長にしていられないのも事実だろう。

 刻々と迫る時間の中で、破滅をもたらす竜を倒すように備えなくてはならないのだから。

 まあ、それを未然に防ぐために俺が呼ばれたのだろうけど。


(ていうか、時間の事。オーチェン言って無かったよな……)


 考えれば考える程ヤバさを感じてくる。

 そして、どれだけ適当な人間なのだ。オーチェンは。

 あの地下で試してみた『F9』機能も使えないとなれば、やはりドラゴニウェウスの襲撃までの時間を知る由が無い。


(そういえばあれはどうなんだろう……?)


 望みは薄いが、もしかしたらオーチェンにその事を聞く方法。

 『チャット』だ。

 これは当然他プレイヤーとコミュニケーションを取るために用意されたものだ。恐らくこの世界はマルチプレイモードでは無いが、試してみるだけ試してみるのもアリだろう。


 ——『ステパノス・タカハシ:オーチェンさん? 居ますか?』——


 キーボードで日本語を打っているイメージを頭の中で思い浮かべた。

 まあオーチェンは、確か北欧系の人間なので日本語なんて分からないだろうが。


 それはクラワルに搭載されている自動翻訳が何とかしてくれるはずだ。

 というより、異世界にも関わらず何の問題も無く聞き取れて話せるのは、この機能のおかげなのかもしれない。


(返事は、無いな……)


 体感で数分程待ったが応答が無い。やはり話すことは無理なようだ。


まだ他に活用方法もある。それは『コマンドコード』と呼ばれる便利機能だ。

 これはシングルプレイ世界でも使うことが出来るもので、あらゆる事をコマンドとして実行することが出来る。

 何だったらチートコードもそこで入力すれば、最強の状態で攻略することだって出来る。

 というか、それを使えばただでさえチートなこの状況で、更にチートになれるのではないか?


(ぐっへっへ……)


 頭の中で文字を思い浮かべる。ついでに悪い笑みも。


 ——『/give Stephanos-Takahashi item:22134』——


 「give」という文字とユーザー名、そして欲しいアイテムのゲーム内IDを入力した。それはクラワルで最強のアイテム《オーチェンのリンゴ》だ。

 食べれば空を飛べるようになり、ダメージも受けず、あらゆるアイテムを無限に使えるようになる最強のリンゴ。



 ——『エラー‼ この世界はチートが無効です!』——


(ま、だよなあ……)


 恐らくそうなるだろうなと予想していたメッセージが弾き出された。

 何だろう。少しこのメッセージも食い気味な感じもするが、まあいいだろう。

 

(はあ……一体どうやって残り時間を知れば良いんだろうか)


 何を考えたところでにっちもさっちも行かない。

 ただ、少なくとも今すぐに襲撃してくる訳では無いと言う事だけは分かる。

 本来ドラゴニウェウスの襲撃が近づいてくると、空や地上が白っぽいモヤで覆われる。終焉の日が近づいてくれば来るほど、そのモヤが増えていく。最終的には真っ白になって、近くの物以外、何も見えなくなってしまう。


 だが周りを見ればそうではない。まだ余裕があると言う事だ。



——『UTUTUがこの世界にやってきました!』——



(ん?)


 そんな事を考えていると何かが起きた。

 チャットボックスに表示されるメッセージ。それはこの世界へ誰かが来た事を示している。

 誰か? 誰かって、他のプレイヤーの事だろうか……。


(いやいやいやいや! それはおかしいだろ!)


 そんな事あるはずがない。

 確かにこの世界がシングルプレイであると言う確証も無いが、マルチプレイでもないだろう。

 何故そう思うか、理由は単純。マルチプレイなら右上に参加しているプレイヤーの一覧表が表示されるからだ。


(なら一体誰なんだ——はっ!)


 脳裏をよぎる嫌な予感。

 今となってはもはや都市伝説になってしまったとあるモブ。

 デフォルトアバターと同じ格好をした白目の悪魔。

 人はそいつの事を『エニルボレ』と呼ぶ。

 

(いや、まさかな……そんなはずはない)


 彼は人様のシングルプレイの世界に侵入し、そのデータが破損するまで破壊の限りを尽くすと言われている。

 何故そんな事が出来るのか。それは彼がこの世のものでは無いからだ。プログラムの隙間に存在する幽霊のような存在。それがエニルボレ。


 いや、分からない。何故入ってこられる。何故俺が居る異世界なんだ。

 段々と背中に怖気が広がっていく。ぞわぞわと皮膚の内側をかき乱されているような気分だ。

 確かにこの世界に来てから良い事は何一つ起こっていない。だが、よりにもよってこんな事が起きるなんてあるのか。


(こ、怖い……何でここに——)


 ——ポン


「ひぃ⁉」


 恐怖でガタガタと震え始めていた俺の肩に誰かの手が置かれた。この暖かさ、人の手だ。

 誰だ。と思っても、この世界に入ってきたプレイヤーしか居ないと思うが。


「やあ。君が《ステパノス・タカハシ》だね」


 爽やかで少し低めの男の声。典型的なイケボだ。

 

「へ——?」


 肩を置かれた方を振り返ると、そこには仮面を着けた男が立っていた。

 ニコちゃんマークを模した真っ黒な仮面に、真っ赤なパーカーを被った背の高い青年。ちらりと見える髪色は焦げ茶色。真っ白なズボンに、同じ色のハイカット。

 いや、全く状況が掴めない。誰だ。コイツは。でも強い見覚えがあるが。


「僕はウツツ。オーチェンから託されてここへ来た」

「ウ、ツツ……?」

「ああ」

「ウツツって……!」


(いや、まさか!)


「も、もしかして、だが……」

「ああ、何でも聞いてくれ」

「その、アンタって、あの伝説の、ウツツ……なのか?」

「伝説って……まあよく言われるけど、面と向かって言われるのは、凄く恥ずかしいな……」


 仮面の男は少し恥ずかし気に頭を掻いた。


「でもその仮面は!」

「まあ、そうだね。多分、君が考えている『ウツツ』で間違いないと思う」


 伝説のPVPプレイヤー『UTUTU』。

 かつてクラワルの公式サーバーで開催されたPVP大会——『COTWトーナメント』の第一回で圧倒的な優勝を飾り、その後ずっと連勝を重ね続けた伝説のプレイヤー。

俺が記憶している範囲では、ここへ飛ばされる前まで全部で99回程開催されたが、その全てにおいてウツツは優勝している。


「いや、でもなんでアンタが……」

「あっはは。その様子じゃ、何も聞かされていないと言うのは本当みたいだね」


 何も聞かされていない? どういう意味だろうか。全く話が分からない。

「というのも、僕もオーチェンにこの世界へ転生させられた身でね」

「いや、全く意味分からないんだけど」

「ははは……でも君だって、多分訳分からない理由でここに転生させられたんだろう?」


 訳分からない理由。そういえばそうだった。あの地獄の、というか二択にすらなっていない二択を選ばせられたのだった。


「それはまあ、そうだけど……」

「それで、僕もトーナメントで優勝した後にオーチェンから直接メッセージが来て」

「は、はあ……」

「この世界をドラゴニウェウスから救ってくれ、って来てね」


 全く同じだ。俺がこの世界へ転生させられた理由と。

 だが何故PVPのプロプレイヤーがここに飛ばされる。

 百歩譲って、俺がドラゴニウェウス討伐RTAの記録ホルダーだからここへ飛ばされたというのは分かる。

 だが何故ウツツがここへ送られるのか、全く分からない。


「だが何故だ? 大体、アンタはPVP畑の人間だろ」

「それは僕にも分からないよ」

「はぁ?」

「だけど、世界が滅ぼされてしまうと言われて、放っては置けないだろう?」


 大分キザだし、正義感が強いヤツ。一番苦手なタイプだ。


「あと、ついでにある事を頼まれてね」

「ある事……?」

「それは、おそらく一人で孤独に戦っているだろうプレイヤーを助けてあげてくれ、というものだ」

「孤独に戦って、て……それはつまり、俺の事という事か?」

「イグザクトリー。その通り」


 指をパチンと鳴らせて俺を指した。その意味は全く分からないが。


「あともう一つ、オーチェンが君に言い忘れていた事があるって言っていて」

「言い忘れていた事?」

「ああ。ドラゴニウェウスの襲撃についてらしい」


 イグザクトリー、と心の中で彼の真似をした。まあ、指なんて鳴らせないけど。


「確か君は、ドラゴニウェウスの襲撃について聞かされていたみたいだけど、どれくらいのタイムリミットかは聞かされていなかったらしいよね?」

「ああ! 丁度その事で悩んでいたんだ」

「そいつはタイムリーだね」

「それで、どのくらいなんだ?」


 俺がそれを聞くと、少し神妙な面持ちになり言葉を詰まらせた。

 何だよ。もったいぶらず教えてほしい。結構な死活問題だ。


「10時間……」

「はい?」

「クラワル換算で10時間だ」


 クラワル換算で10時間?

 あの世界では一日は20分に設定されている。一時間を60分だとすれば——。


「——30日……って事か?」

「ああ、そういうことになるな……」

「いやいやいや。それ、こっちの時間で、たった30日でドラゴニウェウスを討伐しろって事か?」

「……まあ、彼の話の通りなら、そうなるな」


 冗談じゃない。

ただでさえ、記録ホルダーたる俺ですら10時間を切れた事など一度も無いと言うのに。

例えそうだとしても、全裸でしょっ引かれた時点で大幅なタイムロス。普通だったらリセットだ。

 幸いこの世界の時間の流れは現実世界と同じようだが……。


「無理ゲー、じゃね?」

「……ま、まあ、ね? ほら、彼の話を聞けば君は指折り、というか世界最速のRTAプレイヤーだとは聞いているし、その……何とかできないのか?」

「何とかって。そもそも、こんな資源の少ない場所にスポーンした時点でリセット必至なんだぞ!」

「ま、まあそれはそう……なのか? すまん、そこら辺は専門外で……」

「そして、この恰好を見ろ!」


 語気を強めて俺は立ち上がった。大きく両手を広げて、このムキムキの肢体を見せつけるように。

 いや、別にそんな趣味は毛頭ないが。


「お、おおう……」


 ドン引いた視線が冷たく俺に突き刺さる。


「この恰好を見て何も分からないのか!」

「い、いや……その、僕はそういう趣味とかは……」

「ふざけんな! 俺はしょっ引かれたんだぞ! あそこに!」


 強くあの大きな城壁へ指を指した。すると、恐る恐るその方をウツツは向いた。


「それからどのくらい経ったのか分からない……そんな中でその話だ! これは無理ゲーしかないだろ!」


 話せば話す程絶望が深まっていく。ここで話している事自体、時間を無駄に浪費している事と何一つ変わらない。もう何も考えたくない。

 肩を少し落としながらまた地面に座った。体育座りだ。


「ああ、忘れていた。その事もあるんだ」

「何だよ?」

「これだ、これ」


 左手に持った銀色の何かを突き出す。銀色の懐中時計。

 いやよく見ればただの時計ではない。《ニウェウスの懐中時計》だ。

 アレがあればドラゴニウェウス襲撃までのタイムリミットが分かる。だがその製作難度は高く、地獄の世界『インヴィエルノ』で取れる素材が必要だ。


「それ《ニウェウスの懐中時計》じゃないか!」

「ああ、そうなんだ」

「いや、なんで持っているんだよ! 大体、インヴィエルノに行かないと作れないはずだろ」

「それもあるし、何せ時間が迫っている……だから、何とかこれだけ僕に持たせてくれたみたいなんだ」


(あるんだったら最初からよこせよ……!)


「……それで。あと何日なんだ。この世界が滅びるまで」

「えっと……大体29日程、みたいだね」

「はっ、じゃあ一日浪費したという事か……!」


 RTAで言えばもう20分を丸々失ったという事になる。

 終わった。完全にゲームセットだ。

 夏休みの終わりが二日後だと知らされたくらいの絶望を百倍にした感じ。

例え二人になったところで、10時間以内でヤツを倒すなど不可能だ。

 そんな事はRTAの先陣を常に走ってきた俺だからこそ分かる。


「まあ、そういう訳なんで、この時間で何とかヤツを倒さなきゃいけない」

「だ、か、ら! それが無理ゲーだって言ってんだろ!」

「君がそう言うなら、多分そうなのかもしれないけど……」

「ふん……」

「だからといって諦めるのはゲーマー冥利に尽きるだろう?」

「……」

「それこそ、君だって、この世界がみすみす滅ぼされていくのを黙って見ていられないだろう?」

「……別に、こんな世界どうでもいいし」

「君ねぇ……」


 俺の言葉に呆れたため息を漏らした。

 何故そんなため息なんかつかれなきゃならない。

どこにも俺の居場所が無いこんな世界なんてどうでも良い。事故とは言え、俺にあんな醜態を晒させるような世界、いっそのこと滅んだ方が良い。


「大体、この世界はゲームじゃないんだぞ」

「……別にゲームと変わらないだろ。UIだって視界に出ているし、死んでも復活できるし」

「それはオーチェンが僕たちに残してくれた『能力』だろうに」

「はぁ?」

「……まさか、その事も聞いていないのか?」

「聞くも何も、ただ『はい』と『はい』の選択肢を並べられて、どっちか選べって言われただけだぞ」

「なんてことだ……」


 やれやれと肩をすくめた。

 何も聞かされていない。どこまで適当なんだ。あの開発者。

 まあ、今更何を聞かされた所でもう遅い。この世界はどうせ滅びるんだ。

 滅びた先に何があるなど知らないが、もうどうでも良い。


「はあ……まあ君の気持ちも分かるし、僕だってオーチェンはかなり説明不足過ぎると思っているよ」

「……」

「けど、それを見過ごすなんて、少なくとも僕には出来ない」

「……なら、お前一人でやれよ」

「僕には出来ない。これははっきり言うよ」

「……」

「君が、この世界で一番ドラゴニウェウスに詳しい。それを倒すのが君の役目だ」

「……」

「そして、僕は君を護るために居る。君がヤツを倒すための盾であり矛として、ここに転生させられたんだ」


 なんというヒーロー気取りなヤツ。

 こういうタイプの人間は本当に嫌いだ。適当な事を言って、自分の正義感で人を動かそうとする。


「まあ、君がどうしても協力しないのなら仕方ない」


 はっ、最初から一人でやれって——。


「——力づくでも、君を連れて行く」


(は?)


 ファイティングポーズだ。両手の拳を顔の前に作って、ゆらゆらと身体を揺らしている。


「いや、それどういう意味だよ⁉」

「文字通りの意味だよ」


 俺の様子を見ながら背を向けずに動く。自然と高所を取れる位置に。

 ジャンプ攻撃に確定クリティカルヒットがあるクラワル独特の仕様を完全に理解している動きだ。

 もうこの一連の動きをスムーズにやっている時点で分かる。コイツには絶対勝てない、と。


「……ああそうか、条件は同じじゃなきゃつまらない」

「は?」


 そう言うと徐に自分のパーカーへ手をかけた。


 ——バッ‼


(嘘だろ⁉)


 白い肌ながら、細く筋肉質な身体。そして、白い歯を剥き出して笑っている野蛮な顔。

 どうやら服を脱ぐ時に仮面も取ったようだ。クソ、なかなか美形だなコイツ。

 そして、この大草原の小高い丘の上に上裸と全裸の男が二人。


「さあ! この『俺』を楽しませてみろよ!」


 あ、あれ? 何か性格変わってないかこの人。


「オラァ! どうした! とっとと殴りかかってきやがれ!」


(ヒィ‼)


 思わず立ち上がってしまった。

 一体どうなっているこの人は。

 さっきまで絶望していた自分があほらしくなってきた。もっとヤバイ問題が目の前で起こっているからだ。


「と、とりあえず落ち着こう、な?」

「何だよ……下も脱がねえと、俺とヤッてくれねえっつうのか?」


 そう言うとあの白いズボンに手をかけ始めた。


「待て待て待て待て! 分かった! 降参だ! やるよドラゴニウェウス討伐!」

「あぁん?」

「だから、その、な? 下を脱ぐのだけはやめよう。な?」

「ちっ、なら仕方ねえな……」


(はあ……万事休すだった)


 危ない。危なすぎる。こんな真っ昼間の晴天の下、全裸の野郎同士で殴り合いとかヤバすぎるだろ。

ましてや、ここはあのアヴェオルノとかいう街に近い。またあの兵士に見つかってしょっ引かれコースだ。


 ウツツも話が分かった様子で、仮面を着け直すと脱ぎ散らかした服を着始めた。

 まさか、仮面を外すと性格が変わる的なアレなのか? 全く意味が分からない人間だ。


「……まあ、分かってくれたのならそれで良いよ」


(どの口が言いやがる……)


 ともかく今の状況で最悪な事態になる事だけは避けられたようだ。

 だが、あと29日でドラゴニウェウスを倒さなくてはならない事。つまり、そいつが居る世界『ポールヤン』へ行かなくてはならない事実は変わらない。

 さて、どうしたものかな。


「僕も熱くなり過ぎた。ごめん」


 そう言って右手を差し出す。和解の握手と言うのか?


「はあ……もう俺に拒否権は無いんだな」

「それは僕も同じだよ」

「……分かった。なら全力で退治しに行こうじゃないか。ドラゴニウェウスを」

「ははは、そうだね。僕たちになら出来るはずだ」


 差し出された手を握り込んだ。そうするとコイツも強く握り返してきた。

 なんだかむず痒い。こんな青春活劇っぽい事、人生で一度も経験した事など無かった。いや、正確に言えば青春そのものを経験した事が無いのだが。


「ああ、それと」

「何だよ」

「いい加減、服を着たらどうだい?」


 うるせえよ。

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