第1話 土を固めると足場にする事が出来ます!


「……ここは?」


 目が覚めると、だだっ広い草原の上に寝転がっていた。

 ああ、空が青いな。何か空気も美味しい。


(ていうか、俺本当に転生しちまったのか……)


 まあ今更あんな世界に未練なんて無い。むしろ清々としている。


(というか、これ)


 俺の視界の下の方には9つの手持ちスロットが表示されている。

 何も入っていない。当然か。


 その上には赤色の体力ゲージ。緑色のスタミナゲージ。青色の喉の渇きゲージ。

 どれも満タンで全部10/10になっている。

 渇きゲージの減り方からして、少なくともハードコアモードではないみたいだ。


 しかし、本当にこんなゲーム画面が俺の視覚に出てきているとは。

本当に現実に起こった事なのか。転生してしまったという実感が未だに湧かない。

 まあ、こうなっているのならそうなのだろう。悩んだ所で仕方ない。


(インベントリ画面はどうやって——)


 頭の中で念じるとクラフト画面も表示された。目の前にあるキーボードを押すような感じで。本当に念じた通りに表示されてビックリした。

 それにしても、あまりにも見慣れたUIだ。


 真ん中に直立不動に立っているむさいおっさん。これは恐らく俺自身だ。

 その右にある防具のスロットとその下にある『製作』のボタン。左にはレベルが表示されているが、当然1しかない。

 一番下がさっきも表示されていた手持ちのスロット。その上に重なるように三列同じスロットが並んでいる。合計で36スタックまで持てるインベントリ。

 何もかも、あの時まで遊んでいたクラワルのそれと変わらない。


 もしクラワルをVRモードで遊ぶとこんな感じなのだろうか。

 でも何も着けずにこの視界になるのは違和感があるな。


「よっこらせ……」


 体を起こして立ち上がった。

 見渡す限り草原が広がっていて、ぽつぽつと木が生えている。

 ふむ……草原バイオームにしては木が少ないような。

 ここはあまり拠点としては向かなそうだ。


 しかし、なんというか身体が軽い気がする。

そう思い身体を見てみる。

 筋張った太い丸太みたいなムキムキの腕。極厚の鉄板かと思う程の胸板。ガッチリと柱のように伸びる長く太い脚。そして、クソださい青Tシャツとジーンズ。

 これはクラワルの初期アバターそのものだ。そして、この世界での俺の身体。


 あのひょろがりオタク青年はもうここに居ない。


 さて。オーチェンの話が本当なら、この世界でもドラゴニウェウスを討伐しなくてはならない。そうとなれば早めに行動するのが吉か。


 おもむろに地面に右手を突き立てた。

本物の土だ。シャリシャリと心地よい感触が手に伝わる。


 シャッシャッシャッシャッ


 まずは初期リスポーン地点のマークだ。そのために地面を掘っている。

 それに、この場所からあのドラゴニウェウスが湧いて来る。また訪れる場所なので分かりやすい目印が必要だ。

 土を掘れば手持ちスロットの一番右にアイテム《土》としてスタックされていく。数は8つほどだ。

 掘るスピードはクラワルと同じで、素手の効率だと一秒で1メートル程。

 現実の感覚だとヤバいな。この素手。

 

 周りを少しばかり掘ってから、インベントリ画面を開いた。

 クラワルでアイテムを製作したい時、必要な素材がインベントリにあれば画面の右側に作れるアイテムの候補が表示される。その中から欲しいものを選んで『製作』のボタンを押せば勝手に作ってくれる。

 最後、自動的に作られたアイテムは手持ちのスロットへ補充される。

 

 そして今は土の足場が欲しい。簡単な物見やぐらを作るために。

 右側に表示されている《土の足場》を選択し、キャラの足元にある『製作』ボタンを押した。

 すると、手持ちに《土の足場》が追加された。《土》2つで足場が一つ作れるので、今作れた分は4つ分だ。

 一通り作業を終えると、クラフト画面を閉じた。


 作った足場を右手に持った。見た目はほんの小さい。だが置いてみるとかなりの大きさだ。それも当然だ。きっかり1メートルの立方体なのだから。

 この圧縮技術……たとえここが異世界だとしても相当なチート能力なのでは? まあそんなことはどうでも良いか。


トン、トン、トン、トン……


 ジャンプしながら足下に土の足場を積んでいく。

 物理法則も同じなのかよ。ジャンプしている時、まるで重力を感じられない。


 この手の作業は誰もが『世界』にスポーンしたらやる事だ。『異世界』にスポーンする人間がこうするのかは知らないが。


 4メートルほどの足場から見れば、より周りの全体像を把握しやすい。そして、どうやらここは小高い丘の上の様だ。

 遠くの方に大きな城塞のようなものが見える。なんだあの建築センスは……。異世界に住んでいる人間はデフォルトであんなセンスを持っているのか?

 『豆腐』と『祭壇』しか作れない俺にとって、一生かかっても作れない建物だ。


だが俺は思う。あんなものは資材と時間の浪費でしかないし、ましてやRTAにおいては本当に無駄でしかない。

 

(さ、降りるか)


「とうっ!」


 グギッ‼


 痛々しい音と共にダメージを受けた。

 まこの程度の高さからの落下ダメージなら体力は1しか減らない。けどなんだろう。ほんのり鈍い痛みがくるぶしに残っている気がする。

 さすが異世界。ここら辺はリアル、というか現実と同じだ。


 パンパンと両手を払って一息つく。

 とりあえず、向こうにある木でも取りに行くか。


 歩いてみると、しっかりと足の裏で草を踏む感覚がある。


(ようし。位置について——ドン!)


 少し調子に乗って走り出してみた。

 風と一緒に爽やかな空気が肺に入って来る。

 これ結構楽しいな。こんなに走ったのはもう何年前だろうか。


「はあ、はあ」


だんだん息が上がってきた。これ以上は空腹ゲージが下がるからやめておこう。


「はあ、はあ…… すぅうううう、はぁあああ……」


 木の前に着いて、ゆっくりと深呼吸した。

 草木の匂いが、本当に良い感じだ。開いた胸と肺に涼しい空気が染み込んでくる。

 

「さて、と」


 木の前に立った。右手で幹をさらりと触ってみる。

 ちょっと指に引っかかるような、ゴツゴツとした感触。

 本当に『木』という感じだ。それに——


(こいつは硬いな……!)


 思った以上に硬い。いつも画面越しに見ていた柔らかい木の感じではない。

 本当にこんなものを素手で壊せるのだろうか?

 グッと右の拳に力を入れてみる。筋張った血管が壊せると言っている。

 ならばやってみようじゃないか。


「ふんっ!」


 バキッ! ギッギッギッ……


(おおおおお……)


 音を立てて木にヒビのエフェクトが広がっていく。


 ポコッ! ギィィイイイイ、バタン‼


「うわぁ! このワールド木こりモードオンなのかよ」


 俺が壊した幹より上の、枝葉の部分が地面に倒れた。

 物理法則もクソも無いデフォルトのクラワルの世界だと、壊した所よりも上の部分が空中に浮いて残り続ける。だがそれが無い。つまり『木こり』モードがオンになっているという事だ。

 

(全く……あいにく丸太に轢かれる所だった)


 倒れた木も叩いて壊してしっかり回収する。

 アイテム《樫の木の原材》が七つほど手に入った。

 この世界の素材集めはなかなか楽しそうだな。


 早速インベントリを開いて《樫の木の原材》を《樫の木の板》に加工する。28個手に入った。そして、《作業台》と《木の棒》を作り、とりあえず《木のツルハシ》を作っておくか。

 もうこの手の作業は手慣れている。一瞬で終わった。


 出来上がった木のツルハシ持ってみる。

 

(おお……!)


 手持ちは持ちやすいようにスベスベに加工され、尖った先端は確かに石をも砕けそうなくらい鋭い。

 ただ勝手に『製作』を押しただけなのに、一体どうやってここまで作り込めるのか。クラワルの超技術、恐れるべし。


 作業台をポンと目の前に置いた。切り株の手前にたった一つ置かれた作業台。凄くシュールな光景だ。

 ただその性能は圧倒的。インベントリ以上に広いスロットを持ち、6×6の幅が確保されている。これでツルハシやシャベルと言ったツール類のような、より上級のアイテムを作ることが出来る様になった。


(ようやく『始まった』という感じがするな……)


 さて。ここまでくれば、後は地下に潜っていって石材を回収し、それで石のツルハシを作り、鉄を掘って精錬して……一通り装備を整えるだけで良い。

 大概のRTAプレイヤーは、この装備を用意するという手順を怠る。

 まあ、だから俺を超えられないのだと、少しイキってみたりしたり。

 

「——おい! 貴様ここで何をしている!」


(え?)


 何だよ、いい気分になっていたのに。

 急に男の声が耳に入ってきた。それも怒っている様子だ。

 

「ここはこの『アウェガルダ王国』領の領有地である! 一体どのような了見でそのような事をしているのだ!」

 

 重苦しい鉄製の鎧に身を包む屈強な兵士。それが3人ほど、俺の周りを取り囲んでいた。


(え、いや。何それ。全く聞いた事も無い単語なんだけど)


ああ、そういえばここは異世界だった。だから王国があるのは分かる。そしてここがそのなんたら王国の領有地である事も今の言葉で分かった。

 だが俺の周りの光景はどうだろう。

 無造作に掘られまくった穴に、散乱したあらゆる物の破片。勝手に置かれた作業台。手には鋭く尖ったツルハシ……。

 ……一応、言い訳だけしてみるのはアリだろう。


「い、いえ……その、俺はこの世界にばっかでしてね~。あの、ち、地質調査の方をですね、させて頂き——」

「ふんっ、なるほどな」

「そう、そうなんですよ! 地質調査を、えーする事でですね! この近辺の生活を、その、よくする……的な、アレ的な……?」

「ほう」

「いやぁ! ねえ、お兄さん方も俺みたいな奴に構っているのは、ね? その、時間の無駄というかなんというか……」


 ニコニコと表情を崩さず、黙って俺の言葉を聞いている。

 もしかしたら説得行けたりして……!


「時間の無駄。確かに、お前のような奴に関わる時間は無駄かもしれないな」

「そそそ、そうですよねぇ! なのでここら辺はぜひお引き取りの——」


——ガシッ、ガシッ‼


 屈強な男二人に両腕を掴まれた。動けない。

 あ、終わった。

「え、えっとぉ……これは、一体?」

「言い訳は牢で聞いてやる」

「え、ちょっと? 俺の話を、話を聞い——」


(イヤァァアアアア‼)


 ズルズルと引きずられるように運ばれていく。

 ああ、あの初期リスポーン地点に作った足場と作業台が遠ざかってゆく……。

 俺の異世界転生は上手くいかないようです。アーメン、オーチェン。



◇◇◇



「はあ……」

 ジメジメとした空気。充満する土埃の臭い。もう最悪。

 俺はどことも知れない牢屋の中に閉じ込められていた。しかも裸で。

 あの大きな城壁の門をくぐった辺りから、恐ろしい事に記憶が無い。

 何となくこめかみに痛みを感じている。おそらく気絶させられたのだろうか。


(はあ……これからどうしよう)


 まずい。この状況はまず過ぎる。

 大体ここはどこなんだ? 外気を一切感じられない辺り、俺は今地下に居るのだろう。

 初期リスポーン地点からどれだけ離れているのかが分からない。


 あー凄く尻が冷たくなってきた。まあ裸で体育座りしてりゃそうなるか。

 湿度が高いのか意外と寒くないが、裸は何というか精神的に堪える。


「おやおや新入りかい」


 抱えた膝越しに見える鉄柵の向こう側。恐らく別の牢。そこから赤い鼻をした爺さんが話しかけてきた。

 あっちもあっちでボロボロの布を着ているが、服があるだけマシだろ。

 クソ。何も話したくない。


「……」

「最近新入りが少なくてのぅ。話し相手も居なかった所じゃが、お前さんは話さないのかね?」

「……」

「そんな裸で。野郎の裸を見せつけられるワシの立場にも立っておくれよ」

「……」

「しっかし、お前さん何やったんじゃ?」

「……」

「確かにここは軽い罪用の牢じゃが、裸で放り投げられるなんて」

「……」

「相当な武器でもぶら下げておったのかね?」

「……」

「まあ、そんな冴えない面なら、大体魔導具を使った覗きとか、その辺りかい? へっへっへ……」

「……」

「覗きでもしなくちゃ、オナゴの身体なんか見れないよなぁ……そんな情けないモノをぶら下げておれば。へっへっへ」

「……」

「ああ、もしかしてその恰好だからここへ放り投げられたのかのぉ。そんな、『相当な武器』をぶら下げておればなぁ。ふへへへっへ……」


 さっきから言わせおけばこのクソジジイ、好き勝手言いやがって。

 もう良い。さっさと脱出だ。


 さっきから俺の尻に敷かれている床。見た感じ石材で出来ているようだ。

 だが問題ない。クラワルの仕様が通るなら、時間さえかければ素手で壊せるはず。


「おお、お前さんナニをするんじゃ……そんな立ち上げるモノも無いのに、急に立ち上がるんじゃないよ」


 無視だ。無視無視。

 とりあえずしゃがみ込んで右手を地面にたたきつける。


コンコン、コンコン。


(お、行けるなコレ)


 ヒビのエフェクトがゆっくりと広がっていく。

 なんで手に痛みを全く感じないのかが疑問だが、とりあえずこの調子で掘り続ければ外に繋がるトンネルくらいは作れるか。


コンコン、コンコン。バコッ!


(来た!)


とうとう目の前の石畳が壊れ、土壌の部分が露わになった。

 当然適性ツールでは無いので石材として回収する事は出来なかった。

 少し大きめ石ころ一つでもあれば、是非ともあのクソジジイに投げつけたい。


「お、おおお前さん、なんだいその怪力は!」


 驚いて震える爺さんの声。


「ワ、ワシも出してくれ!」


 そして嘆願する爺さん。当然、そんなのは無視だ。


「た、頼む!」


 何を言っても無駄だ。誰がお前みたいな性悪ジジイを出すか。


「……実はのぅ、ワシゃあ、先が短い……」

「……」

「シャバに二人ほど娘を残していて、このままじゃ、ここでワシは逝く……」

「……」

「だから、ほんの少し、少しだけでいいんじゃ……娘たちの顔が見たいんじゃ」

「……」

「そしたら、大人しくここに戻るし、お前さんのこたぁ、看守さんには黙っておく」

「……」

「だから、ワシも、連れて行ってくれないか……?」

「……」


 しばらく俺は考え込んだ。まあ、当然こんなクソジジイの事なんて信用しないが。


◇◇◇



 モグラのように全身土だらけになって、真っ暗な地下で土を掘り進めていく。

 色々あって不本意にも始まってしまった脱獄は順調に進行中だ。


「へっへっへ……お前さん悪いねぇ」


 ……俺のケツに引っ付いてくる、このジジイだけを除いて。


「はあ……やっぱりアンタなんか持ってくるんじゃなかった」

「まあまあそうは言わんといておくれよ。大切な娘たちのために、な」

「……そう言うわりには随分と元気そうだな」

「そりゃあ、長い間あそこに閉じ込められて、それで出られるって言うんだから気分も良くなるものじゃろ。へっへっへ……」

「はあ……」


 先が短いと言うわりにはピンピンとしているクソジジイ。

明らかに嘘を付かれていた。はあ……俺って結構人良すぎるよな。


「しかし、お前さんもまたえらい器用なことじゃのぉ。これだけのトンネルを掘りながら、全く崩落させてないなんて」

「まあな」

「どうして、そんな器用な事が出来るのかい?」


 そんなの説明出来る訳ないだろう。

 まさか他の世界から転生してきて、その時ハマっていたゲームの仕様をそのまま使えているからだ、なんて。


「……まあ、色々あるんだよ。色々」

「色々、ねえ」

「何だよ、文句あるのかよ」

「まあ……お互いワケアリな身だ。詮索はせんよ。へっへっへ」


 何だよ。分かっているじゃないか。

 俺だってこの爺さんがどうなのかなんて心底どうでも良い。

 俺にはこの世界を守ると言う使命がある。こんな事にかまけていられなどしない。


「ああ、ところでお前さんよ」

「なんだよ……」

「いい加減、このケツはどうにかならないのか?」

「仕方ないだろ! こんな狭い穴で後ろからついて来てんのはアンタだろうが!」

「とは言えどものぉ……」

「嫌ならとっととあの牢屋に戻れよクソジジイ」

「そりゃあ分かっておるが……野郎のケツを目に入れさせられ続けたら、お前さんはどう思うよ? しかも目の前で、まあまあの時間じゃぞ」


 想像しただけで地獄絵図だろうな。だがそんなことはどうでも良い。

 とにかく無視だ。進まなきゃならない。早く地上に戻って、装備を整えなくちゃならない。


「こんな土まみれのケツ……いや、これ本当に土か——」


 ——ゴンッ‼


 右足の筋を思い切り伸ばして、あのクソジジイの顔面に足裏をクリーンヒットさせた。


「痛ぇぇえええ……! お、お前さん、老体になんてことを……」

「……次余計な事を言ってみろ。両足で行くぞ」

「ひ、ひぃ……全く、お前さんには人の心と言うものが——」


 今度は左足を後ろに突き出した。ただ突き出すだけだ。


「わ、分かったよお前さん。口は慎む……だから、どうか両足だけはご勘弁を……」

 

 ようやく後ろのジジイは黙った。

 よし。あとは作業続けていくだけでいい。

 あの規模の牢屋であれば、ある程度掘らなければ地上には出られないはずだ。


 地上の状況が分からないのではどれ程掘ればいいのか分からない。だがもう手持ちのインベントリ画面には《土》が93個ほど溜まっている。

 そろそろ上に向かって掘り進んでも良い頃合いだろうか。


「おや? お前さん、もしかして上に掘り進めているのかね?」

「ああそうだ……」

「なら、もう少しで地上が近いと言う事で良いのかね?」

「……分かってんなら聞くんじゃねえよ」

「そんな老人を邪険にするものじゃあないよ。へっへっへ」

 

(いちいち癪に障るなこのジジイ……)


 上に掘り進めても一向に地上の気配を感じない。あの牢屋、結構地下深くに有ったのか。


コツ……。


(ん?)


 右手の先に何か硬い物が当たった。

 この感覚。さっきの牢屋の床と似た何かだ。恐らく石の類だろう。

 ただ自然の石だったらもっとゴツゴツとしている……はずだ。この世界でまだ普通の石を触ったことないから分からないけど。


 おそらく何かの建築物の下に俺たちは居るのだろう。

 しかしこのまま上に掘り進めてさっきと同じことになるのだけはご免だ。

 仕方ない……後ろのクソジジイに聞いてみるか。

 

「おいジジイ。あの牢屋の近辺がどうなっているか分かったりするか」

「……おやおや、まさかここがどこだか分かっていないのかね?」

「色々あって来たばっかりなんだ。とっとと教えろジジイ」

「はあ……お前さんねぇ、ここはアヴェガルダの第二王都『アヴェオルノ』の街じゃ」

「アヴェオルノ? そしたら、俺たちはそこの牢屋にぶち込まれていたという事か?」

「まあ、そうなるじゃのぉ」


 ああそうだったな。確か俺はそのアヴェガルダ王国とやらの私有地を荒らしたとかそんな理由で捕まったのか。

 いや待てよ。あのデカい城壁とその門……そしてあの門をくぐる前にかすかに見た街のような光景、人でごった返している光景……。

 

「まさか、それは城壁に囲まれているのか?」

「へっへっへ。お前さん知っているじゃあないか。このアヴェオルノの街の大城壁は他の王都と比べても屈指の出来だと有名なんじゃよ」


 間違いない。俺が引きずられていったあの街だ。

 今俺たちはその街の地下を進んでいる。地を這うミミズのように。


(!)


 そうだ。『F9』コマンドという天才的な選択肢があるじゃないか。

 PC版のクラワル限定だが、キーボードのF9キーを押すことによって今いる現在地などを画面に映す機能がある。まあ、情報が細かすぎて通常プレイじゃ滅多に使わないが。

 あのデカい城壁は初期リスポーン地点からかなり近かった。そこから逆算する事が出来るはずだ。

 なんで最初からこんな事に気が付かなかったんだ……。


(F9! ……あれ?)


 例のインベントリ画面を出す時と同じように念じても、何も起きない。


(F9! F9! F9!)


 何度やっても結果は変わらない。どうやらこの世界じゃこのコマンドは使えないようだ。


(クソ……じゃあどうすればいいんだ)


 ダメもとでまた後ろのジジイに聞いてみるか。


「おい、アンタ。今俺たちが、そのアヴェオルノとか言う街のどこら辺に居るか分かるか?」

「はあ……こぉんな真っ暗で分かる訳が無いじゃろうが……」


 クソ、全く使えないなこのジジイ。全く持ってその通りだが。

 しかしそうならば仕方がない。こんなところで油を売っている暇などない。早く戻って装備を整えなければ先に進めないのだ。


(行くしかないのか……)


 もう腹を決めよう。イチかバチかだ。その後の事なんてもう考えたくも無い。


「おいジジイ。行くぞ」

「いや行くってどこに行くのじゃ?」

「地上だ」


 コンコンコンコン。


 後ろでなにか嬉しそうにしているジジイを尻目に壊し続ける。

 さっきの床と同じくらいの硬さだ。なかなか時間がかかりそう。

 しかしもうどうでも良い。とにかく早く地上へ。そしてこのクソジジイと分かれる。


 ポン。


(壊れた!)


「おおお! お前さん光じゃ光! ようやく地上に来たのか!」


 無邪気に喜ぶジジイの声。だがこればかりは俺も同感だ。


(結構眩しいな)


 片手で目に入って来る光を遮りながら地上へ上がっていく。相当な時間、俺は地下に居たのだろうか。凄く眩しい。

 これだ。これを待ちわびていた。全裸だからかすべての感覚がダイレクトに伝わってくる。


「すぅうう……はああ……」


 目を閉じて深呼吸。

 ああ、待ちわびた地上だ。

 爽やかに流れていく風。柔らかい太陽の温かみ。

そして、行き交う人々の黄色い声……ん? 黄色い声?


「あ」


 目を開けると、そこには人の群れ。しかも結構いっぱい。

 前に少女が居る。凄く真っ赤な顔だ。

何故そんな顔をしている。何故、そんな恐怖に歪んだ顔で俺を見つめるんだ?


——キャァァアアアアア‼


 目をぎゅっと瞑って高い声で叫んだ。

 あ、そうだった。そういえば、俺全裸だった。


「あ、あの……その、これには訳が!」


 集まっている人々。男たちは呆れたように笑い、女は冷たい視線を俺に突き刺してくる。


「頼む! 話を聞い——」

「——なら、聞いてやろうじゃないか」


(へ?)


 俺の後ろからどこか聞き覚えのある声がした。男の声だ。正義感に溢れた兵士のような。


(あ)


 その方を向いた。鎧を着こんだ兵士がニコニコしながら立っている。

その後ろには腰に手を当てながら二人の兵士が居た。更にその後ろにも屈強な男たちがぞろぞろと居た。


「久しぶりだな、貴様」

「あ、ああ……あなたは……!」


 間違いない。俺をあの牢屋にぶち込んだ男のようだ。


「ふっ——」


 不敵に笑う兵士。何か嫌な予感。


「この変質者をひっとらえろ!」


(イヤァァアアアアア‼)


 問答無用であの兵士と二人の男が俺に飛びかかってきた。

 捕まってたまるか。俺にはやることが、この世界を救わなきゃならない。

 地面を蹴る。そして進んで行く。奇怪そうに見る目など気にしない。俺は走る。俺自身と、この世界のために。


「うぉおおおおおおお!」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る