しゅうまつのすごしかた

@kurohituzi_nove

しゅうまつのすごしかた

 1999年7月10日、土曜日。午前5時、起床。

 天気は晴れ。室温計は27度。

 お腹にかけてあったタオルケットをはぎ取り、のそのそと起き上がる。


 洗面所に向かい、背中まで伸びた髪を適当に一つに括ると、ぱしゃりと水を顔にかけた。

 井戸水だからか冷たくて気持ちいい。

 ついでに歯磨きを済ませると、気持ち速足で道場へと向かった。


 毎朝竹刀で素振りを千本。これが私の日課だ。

 道場主の父の言いつけで仕方なく始めた剣道は、去年高校に上がってからやっと黒帯を取れたところだ。

 これからも励めよ、と嬉しそうに嗤った父の顔を今でもよく覚えている。


 剣道は、嫌いじゃない。

 身体を動かすのは性にあってるし、少しずつ成長していく実感が堪らない。

 明日は、明後日は、一年後は、もっと強くなっているのだろう。

 そう思うと素振りの速度が自然と速まって行った。




 素振りを終えると、誰も居ない 台所に行って朝飯を作る。

 しかし、自分一人分なので簡単なものしか作らない。

 インスタントの味噌汁に目玉焼き、それと昨晩の残りの焼き魚だ。

 ちなみに目玉焼きには塩コショウ派である。

 醤油派の両親とは毎朝ケンカをしたものだ。

 少し懐かしみながら、完食。


 さて。普段ならこのまま学校に行くか、休みの日は部屋で勉強でもするところ。

 しかし本日はいつもとは一味違う。

 以前から計画していたとあるものを作るのだ。

 初挑戦ではあるものの、材料もしっかり揃えてあるし、おばあちゃんに聞いてレシピも完璧。

 何度も失敗してきたが、今日こそは大丈夫。そんな気がする。


 水に浸しておいた粉寒天を冷蔵庫から取り出すと、メモ通りの分量の砂糖と一緒に鍋に入れてぐつぐつと煮込む。


 ……暑い。夏にやる事じゃないでしょ、これ。

 本職の人は毎日これやってんのか。大変だ。

 

 1分ほどしたらパックのこしあんをはさみで開封。

 鍋の上でひっくり返して全部入れて、なめらかになるまで混ぜる。

 

 終わったら氷水を貼ったボウルに鍋を入れて粗熱を取る。

 この時、鍋に水が入ってしまうとダメらしい。

 慎重に鍋を冷やしてく。

 ちょっとだけ涼しさを感じて、つい顔が綻んだ。


 粗熱が取れたから容器にドバっと流し込む。

 ……少し零れてしまった。

 勿体ないけど、些事だろう。気にしないことにしよう。

 そうして完成した容器はラップをして冷蔵庫に。

 あとは一時間待つだけだ。


 うん、中々上手くできたんじゃないだろうか。

 完成が楽しみだけど、その前に朝風呂にでも入っちゃおう。

 素振りで汗もかいたし、どうせならお風呂上りに食べたいし。





 湯上りさっぱり。時間もちょうど一時間……ではなく、長湯してしまって二時間経っている。

 薄着のままバタバタと台所に向かい、冷蔵庫を大きく開け広げた。

 ふわりと冷気が漂ってくる。心地よさに思わず目を瞑る。


 そして目当てのものを取り出すと、しっかりと固まってくれていた。

 良し。中々に美味しそうだ。やるじゃん、私。


 せっかくなのでちょっとお高い緑茶を淹れて、大き目のグラスにガラガラと氷を詰め込む。

 そして切りそろえたメインをいい感じに長皿に盛り付けると、一緒にお盆に乗せて縁側に向かった。


 おじいちゃんが手入れをしていた庭は凄く風情がある。と思う。

 少なくとも部屋の中の壁を見ながら食べるよりは情緒と言うものがあるだろう。


 いざ、実食。

 冷やし固めていたもの。それは水ようかんだ。

 夏に縁側で水ようかん。いやぁ、風流ですな。


 勢いよく手を合わせると、まずはお茶をくいっと一気飲み。

 火照った身体に冷茶が染み渡る。美味しい。

 ふう、と一息。よし、次はメインだ。


 竹の匙で切り分けて、一口つるんと食べてみる。

 ……うん。まぁ、悪くはない。そこそこに美味しい。


 けど、やっぱりおばあちゃんの味ではない。


 結局最後まで無理だったかぁ、などと。

 しょんぼりしながら水ようかんを全て平らげた。

 イマイチな出来とは言え、残してしまうのは違う気がする。

 結構な量を作ってしまったのは失敗だった。反省だな。


 反省したところであまり意味は無いような気もするけど。


 しかし、まぁ。今日くらいは家族で過ごしたかったな、などと。

 益体も無い事を思いながら、縁側にごろりと寝転がって空を眺めた。


 ……いやはやなんとも、風情の無い光景ですこと。


 折角水ようかんで風流に浸ろうとしたのに、全部台無しじゃないか。

 まったくもって酷い話だ。


 まぁ、うん。残し数時間にしては、満喫できた方だろう。

 余は満足じゃ、なんてね。



 それにしても、もう少し見栄え良くならなかったのかな。

 この恐怖の大王とやらは。

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