第24話


 ミントは顔をくしゃっとさせて笑う。

「あれ、何の話してたっけ? この話題、合ってる?」

「あはは! ちょっと脱線しちゃったかな。えっと……そう! ミントがスイーツ嫌いって話」

「違うよ、そんなに好きじゃないって話! でね、さしすせその家的に」

「さしすせその家……」

「ねぇ、笑うならもっとちゃんと笑ってよ。中途半端はやだ」

「ごめんごめん」

「それでね、さしすせその家的に、売ってるおやつって推奨されないわけ」

「うわぁ、厳しい」

「友だちの家で出てきたから食べるとか、友だちとのお菓子交換でそれを食べるのはアリなんだけど、お家で出てくるおやつっていうと、いつもお母さんの手作りで。機嫌がいい時は、ショートケーキだったりするんだけど」

「すご!」

「でしょ? だけど、機嫌が悪い時はゆで卵」

「あはは! 落差もすご!」

 お腹を抱えて笑う。ふたりの目尻が潤んだ。

「パティスリーのスイーツとかならオッケーだったんだけどさ、そんなのいつもいつも買って食べてたらスイーツ破産するでしょ?」

「たしかに」

「だから、誕生日とかクリスマスの時だけは、ちゃんとしたお店のちゃんとしたスイーツが食べられて」

「お母さんのスイーツはちゃんとしてないみたいな」

「だってゆで卵だもん」

「いや、ショートケーキだって」

「超稀だよ? あんなの、くじ引きの箱の中の一等賞みたいなもんだもん」

「出てきたとき、すごくテンション上がりそう」

「でも、まめに作らないからか、あんまりクオリティ高くない」

「手作りには手作りの良さってものが」

「あったらいいねぇ」

 ふわぁ、と息を吐いた。柔らかくて、甘い息。ため息なんかじゃない。懐かしいものを味わった後の息。

「ある時ね、お兄ちゃんが持ってきたの。タルト」

「どこか有名なお店のやつ?」

「そ。ユズが横取りしたあれ」

 この世界に引きずり込まれるきっかけになった、あのタルト。

 ユズはゴクンとつばを飲んだ。一緒に、吐き出したくない気持ちや言葉も飲み込んだ。

「あたし、ミツバに、あの日あの時間に行けば買えるからって言われて」

「……待って? あれ? ここってコピーされた世界なんでしょ? ってことはさ、別に、あっちに行かなくたって食べられるんじゃないの?」

 ミントは口をつぐんだ。ユズはただ、言葉を待ち続けた。

「そう簡単な話じゃないんだよ。だから――」

 ようやく絞り出された声は、震えていた。ユズはどうしたらいいのかわからず、ただ、ミントの肩をそっと抱くことしかできなかった。


 タイムはミツバの隠れ家で眠り呆けていた。

 誰が言葉を発するでもない空間に、ミツバが走らせるガラスペンの音が響く。

 便せん数枚に思いを託すと、封筒に入れ、スタンプを押す。

 音をたてないようにそっと立ち上がると、湯を沸かし、ティーポットにふたり分の茶葉を入れた。

 人は行動から発する音の大きさを制御できるが、物はできない。やかんがピーピーと鳴る。沸いた、とわかっているが、すぐには音を止めない。タイムが目をこすりだしたのを見ると、ようやく火を消した。

「おはよう。タイム」

「んー、あぁ」

「お茶を淹れようと思うんだけど。飲む?」

「んー。飲む」

 作り物の世界は、時の流れの歪みが激しい。まるで、地下の部屋にこもったかのように、昼夜の感覚が狂う。そこに居続けたのなら、何時何分であるかはもちろん、何月何日であるかも、容易にわからなくなってしまう。

 お茶を口に含み、飲む。ふわぁ、と大きなあくび。

「もう少し寝る?」

「いいや、もういい」

「最近の、花火事件のあとの話、聞く?」

「なにか話したい事でも起きたって顔だな」

「なんだかな。タイムにはそういうの、お見通しだよね」

「お見通しとか、そういう話じゃねぇんだよ。ミツバがわかりやすいってだけだ」

 ミツバは肩をすくめてみせた。やれやれ、とでも言いたげに。

「それで、何?」

「ミントとユズが、急接近中」

「お前、そういうネタ好きだよな」

「さわやかな色をしたお話に興味を持てないのは、荒んだ生き物の証だと思っているよ」

「自分は荒んでいないと」

「今は、ね」

 タイムは手を伸ばし、曲げた。さすり、つつき、皮膚を引っ張った。足を伸ばし、曲げた。足もさすり、つつき、皮膚を引っ張る。

 どの程度無意識の世界に沈んでいたかはわからないが、体に異変はないらしい。

「本当に、やるの?」

「どうせ、俺にはさ、あっちに戻る術はないんだし」

「だから身を捨てる、というのはなんだか違うようにも思うけど」

「もういいんだよ。他のみんなが、幸せであれば、それでいい」

「自己犠牲?」

「まぁ、そう捉える人もいるんだろうけどさ。俺としては犠牲とかそういうんじゃないんだよ。ただ、未来の霧をはらうっていうさ、重大任務を仰せつかって、それに取り組む感じ?」

「まさに自己犠牲って感じがするけど。そっか。信念があると、色が変わるんだね」

「俺、かっこいい?」

「うん。『かっこいい?』って確認をしなければ、すごく」

 ふわぁ、と大きなあくび。幾度も肺いっぱいに空気を吸い込んで、それを吐く。

「おやすみ、タイム」

「いや、お茶飲ませろよ」

「ははは。そうだったね」


 湯の中で踊った茶葉が放つ、緑の香りが空間を埋めた。



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