3・告白

第10話


 無力感は毒だ。居候生活は、心を蝕む。


 置かれた場所で健気に咲いていたユズが、不意に枯れた。

 何か役に立ちたいと、寄生虫のようにここに居るだけなのは嫌だと叫んだ。

 タイムはそんなユズを、ミツバの隠れ家へと案内した。「ここで仕事をもらえるかもしれない」と言いながら。

 ゲームやアニメのような創られた世界でそれを見たことはあるが、現実の世界には未だ存在しない、鏡のような何かを通って、隠れ家へ入る。

 とぷん、と何かが揺らめいて見えたのに、体に触れた感覚はなかった。不思議だ。

「こんなの、はじめて」

「だろうな。ちなみに、これはコピーじゃない」

「え?」

「これはこっち限定の作りもん。だから、いつかユズがあっちに戻ったら……通れなくなる扉だよ」

 部屋の中は殺風景だった。この世界で暮らしている〝元人間〟は、皆揃って質素に暮らしている。もう少し、贅沢を言ってもいいと思うのだけれど。もともとそういう性格なのだろうか。それとも、諦めてこうなっているのだろうか。

「久しぶり、ミツバ」

 ミツバの髪は、真夜中の闇のような深く濃い色をしていた。これまで会ってきた人が、赤ピンクや黄色だったからか、ごくごく自然な髪色に見えた。

 背丈は自分と同じくらいか。

 中性的で、顔つきや身なりから性別を判断するのは難しい。

「わたしはそんなに久しぶりって感じ、しないけどな。タイムのこと、いつも考えてないからかな」

 一人称「わたし」なんて、男でも女でも使う。声音とてガーリッシュな男のようで、ボーイッシュな女のようで。

「考えてる、って言うかもって、一瞬期待したじゃねぇか」

「はははっ。考えていたら、一分一秒でも早く、一分一秒でも長く会いたくて仕方がなくって、今頃タイムに飛びついているよ」

「それもそっか」

 ふたりの会話は、滑らかに続く。強引に止めてまで自己紹介をする気には、ならない。ユズはふたりを観察しながら、じーっと時を待つ。

 普段のタイムとは少し違う、同僚や同級生というような、横で繋がった人と会話をするようなリラックス感。

 ミツバはというと……やはり謎めいている。

 ユズはミツバを見やりながら、なんとなく、自分は男らしくあろう、と思った。もともとたくましいわけではないし、姉の尻に敷かれていたようなものだが、それでも男だ。力仕事だってどんとこい。自分に任せてもらえる仕事があるのなら、それをして、生きてやる。

「それで、キミが噂のユズだね」

 その時は、突然やってきた。言葉を吐き出す準備を整えていなかったユズは、言葉を詰まらせた。タイムに笑いながら背中をドン、と叩かれると、すっと混乱が解けた。

「ユズです。なんでもやります。よろしくお願いします!」

「ん? タイム、なんて言ってここへ連れてきたの?」

「ここで仕事をもらえるかもしれないって」

「あはは! 適当だなぁ。まぁ、タイムらしいっちゃタイムらしいんだけど」

「あ、あのぅ」

「仕事の紹介もしてるけど、ユズの場合は、まず占いから、ね。だから今日は、何かを依頼するわけじゃない。ごめんね」


 占い、と聞き、大きな水晶玉やたくさんの棒を思い浮かべた。しかし、そのような道具は一切ない。ミツバの手元には、紙とガラスペンしかない。

「ちなみに、ユズはどのくらい知ってるの?」

「な、にをですか」

「この世界のこととか、わたしたちのこととか」

 ユズは知っていることを話した。タイムから聞いた、飛行機の話だ。そういえば、続きはまた今度、という約束だったはずなのに、続きを聞く機会はまだ来ていない。思い出し、話しながら、タイムをちらりと見る。と、タイムは頭をポリポリと掻き、気まずそうに笑った。ユズがそうであったように、タイムとて失念していたらしい。

 ミツバはくつくつと笑うと、

「ざっくりとしか知らないんだね。まぁ、そうだよね。タイムが話すには少し酷だもんね。じゃあ、わたしから」



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