2・週刊誌と写真

第6話


 今は一体、何月何日の、何時なのだろう。


 ユズが目を覚ました。ぐしぐしと目をこすりながら、バキバキになった体をほぐす。音がする方を見ると、タイムがお茶を飲みながら本を読んでいた。大きめで、厚めで。けれど重厚感はなくて――そう、漫画の週刊誌のような。

「お、起きた? おはよう」

「お、おはよう。ねぇ、タイム」

「ん?」

「ぼく、どのくらい寝てた?」

「んー? そこそこ」

 はっきりとした時間を言わない。どうしてだかは、わからない。

「ねぇ、タイム。何を読んでるの?」

「マンガ。最新話載ってるやつ、手に入ったからさ」

「何かハマってるやつ、あるの?」

「ああ。『ブルー・マジック』っていう――」

「え、それ、ぼくも読んでる!」

「読む?」

「いいの? やった!」

 タイムが貸してくれた、週刊誌。ユズは毎週、発売日にコンビニで買って読んでいた。この場所でも、読めるんだ! ドクンドクンと強く血が巡る。変わってしまった今に、変わらない過去が流れ込んできて、血が喜んでいる。

 じーっと、表紙を見つめた。この絵を、はじめて見る。当たり前だ、最新刊なのだから……と、思っていたのだが、

「これ、だいぶ――」

「んー?」

「ぼくが知ってるブルマジじゃない。なんか、話が飛んでる」

 一話か、二話か。いや、それ以上なのかもしれない。

 わからない。時の流れが、わからない。

「ねぇ、タイム。ぼくの時間を――」

「いじってねぇよ。誓っていじってねぇ」

「えぇ、じゃあ、どうしてこんなことになったんだろう」

「そりゃあ……ひと月近くグースカ寝てたからじゃね?」

「え? ぼくって」

「寝てたよ? ずーっと」

「タイム、さっき『そこそこ』って言ったじゃないか!」

 体がバキバキになるほどだから、確かにそこそこ寝たのだろうとは思ったが、ひと月とは。寝ているあいだ、食事や排せつなどの生命維持活動は、いったい……? もしかしてなんとかスリープ、のような休眠状態にする能力を持っている人がいる? そして、その術――と言っていいのかはわからないけれど――をかけられた?

 混乱していると、「まぁ、そのうち慣れるよ。この透明人間のカラダにさ」

 タイムが柔らかく笑った。


 最新話より前の雑誌もあれば、本当にひと月寝ていたか、わかるかもしれない。タイムに頼めば出てくるだろうか。いや、そんなことはもう、どうでもいいか。過ぎてしまった時の長さを知ったところで、嘆くことくらいしかできないのだから。

「そういえば、ミントは?」

「ああ。チャービルんとこで、こき使われてる」

「チャービルって、あの?」

「そ。赤髪の――ユズのオリジナルを消したヤツ」


 チャービルの家は、雑居ビルの五階にある。

「もっと丁寧にやって」

「わ、わかってるよ」

 チャービルの髪をときながら、ミントはぼーっと考え事をしていた。注意されたからといって、考え事は止まらない。

 ――ユズは、起きただろうか。

 チャービルの髪は全体的に赤いが、ところどころ黄色くなっている。カラメルではなくイチゴソースをたっぷりとかけたプリン、といったところか。ミントはそーっととかしているが、髪はブチブチとちぎれ、床には黄色い毛が散らばった。

「お望み叶って、どんな気分?」

 問われミントの手が止まる。

「ねぇ、どうなのよ」

「まだ、そんなに話せてないし」

「ふーん。まぁ、あれよ。……また頼りたくなったら、言って。もうここまで色々やってくれたから、けっこう満足したし」

「また頼ったら、またこうなる?」

 ふふふ、と笑う声が、優しく響く。

「どうだろうね。ミントしだいじゃない? あ、でも……次は、私にミントをギューさせてもらう権利も付けとこっかな? うん、そうしよう」

 ミントは床に散らばった毛を掃いてまとめながら、ビクリと体を震わせた。

 なぜ、抱きしめたいのか。

 それが彼女にどのような益をもたらすのか、わからない。

 チャービルの毛は、高く売れる。何かの商品作りには欠かせないものらしい。チャービル自身はそれを売らない。彼女がこの毛の源だと知られぬためにだ。

 ミントはまとめた毛を見つめた。美しい黄色。

「私は、力は一気にじゃなくて、定期的に使ってなんぼかな、って思ってる。だから、別にいいんだよ。ミントは気にしなくって、いいんだよ。ミントが気にするとしたらね、加減だよ、加減。そこのところは、ちょっと心配」

「ごめん」

「ほらほら。まとめ終わったなら、さっさとお行き。王子さまのもとへ」

 世界は、夜へと足を踏み入れている。

 売るのが早いに越したことはないだろうが、しかし、毛に鮮度はない。

 ミントはこくんと頷くと、チャービルの家を後にした。闇に紛れて、足音を立てず、駆けた。



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