第一王子ゲミューセ

「まあ、とりあえずは座るがいい。

 何しろ、お前に関する話なのだからな」


 言うまでもなく、ここはビーンズ伯爵邸であり、ゲミューセ王子は招かれて来たわけですらない立場なのだが……。

 さも当然のように、場を仕切る。


 傲岸不遜といえば、あまりに傲岸不遜。

 他者を従わせるのが当たり前という、彼の生まれを感じることができた。


「えっと……」


 困った顔になって、親族を見る。


「スプラ……」


「ここは、ひとまず座って……」


 父と兄は、こぞって王子の言葉に従い……。


「殿下もこう仰っているのだから……」


 母ブラマまでもがこう言い出すのだから、この場において、自分の味方は存在しなかった。


「では……」


 自分を連れてきた老侍女が引いた椅子に座って、食卓へ加わる。

 そんな自分を見て、ゲミューセ王子は面白そうにしていた。


「えっと、何かおかしいでしょうか……」


「いや、なるほど……。

 あまり、貴族令嬢らしくはない格好だと思ってな」


 王子が言った通り……。

 慌てて着替えた自分の服は、流行とかけ離れた衣服である。


 今の時代、身分ある女性の服装といえば、足首まであるような長さのドレスが一般的であったが……。

 スプラが着ているのは、そのような代物ではない。


 まず、上着としているのは、男性が着るのと同じシャツであり……。

 その上から、ベストを着用していた。

 下に履いているのは、さすがにスカートであるが、その丈は――短い。

 せいぜいが膝裏を隠すだけの長さであり、これは、様々な作業をする際の利便性を考慮してのことである。


「いや、はは……。

 お恥ずかしい。

 何事も、本人が好むようにさせているもので……」


 どういうわけか、スプラ本人ではなく、父ソイが汗をかきながら説明した。


「何を恥ずかしがる必要がある。

 俺は、褒めているのだ」


 しかし、そんな父に対する王子の言葉は、意外なものである。


「別段、露出が多いわけでもなし。

 実用性を重視しながらも、品性が感じられる着こなしだ。

 何より、大変にかわいらしい――」


「「「――お分かりになられましたか!」」」


 突然、食い気味に身を乗り出したのが、スプラを除くビーンズ家の者たちだ。


「この子は、勉学に打ち込むあまり、ろくに社交界へも顔を出しませんが……。

 もし、そうしたならば、きっとパーティーの華として活躍できると、母親贔屓ながらも感じております!」


 母ブラマがそう言えば、父ソイも負けてはいない。


「父親としては、もう少しスカートの丈を長くしても、よいのではないかと思うのですがな。

 ですが、これはこれで、年頃の娘らしい活発さがあるので、葛藤するばかりです」


 ――そんなこと考えてたの?


 脳内でつっこむスプラをよそに、兄グリンが引き継ぐ。


「そのスカートに関しては、他ならぬ僕が発注しました。

 職人と打ち合わせを重ね、複数あるデザイン案の中から、最良のものを選び抜いたのです。

 特に苦心したのは、鉄壁の丈を維持しつつも、ひらひらとした感覚を残すことですね。

 完成した時、職人とは手を打ち合わせましたよ!

 少なくない金を使いましたが、かわいい妹を、よりかわいくするためなのですから、惜しくはありません!」


 怒涛かつ、ものすごい早口で展開される家族からの言葉……。

 それに、王子は苦笑いを浮かべながらこちらを見た。


「……よいご家族ではないか。

 お前を、きちんと愛している」


「えと……その……はい」


 その言葉に、何を言ったものか分からず、軽くうつむく。


「あー……。

 なんの話をしていたのだったかな……」


 圧倒されたゲミューセ王子は、しばし、虚空を見つめて考え込んでいたが……。

 ようやく本題を思い出したか、父たちを見やる。


「そう、この開明的でかわいらしいお嬢さんを、是非、俺の婚約者として迎えたい。

 今日は、その挨拶にうかがったのだ」


 あらためての言葉……。

 それに、父たちが元の小役人めいた態度へ戻った。


「いや、はは……。

 ご冗談を。

 確かにかわいい自慢の娘ですが、とても、殿下の妻という大役が務まるとは……」


「いや、務まる。

 と、いうより、他に務まる娘はいない。

 そのような相手を探していたため、俺は今日こんにちに至るまで、第一王子でありながら浮いた話のひとつもなかったわけだ」


 父の言葉を、王子が一刀両断で切り返す。


「俺は、これからの世を担うのは、女性の力であると考えている。

 確かに、我が国は……大勇帝国は豊かになった。

 鉄道が国内を行き交い、工場では様々な製品が作られ、電報を使い離れた場所からでも情報が伝えられる。

 単純に国力を比較すれば、世界一であると見て、まず間違いはないだろう。

 だが、このままでは頭打ちだ」


 ゲミューセ王子が、何やら懐を漁る。

 そうして取り出したのは、近頃に流行りの小さな書籍――文庫本であった。


「だから、俺は女性の力に注目している。

 例えば、この『探偵エドガー』シリーズ……。

 著者は女性だ」


 言いながら、ひらひらと見せた表紙……。

 そこには、『探偵エドガー』シリーズの愛読者であるスプラの知らない表題が記されている。


「『勇国特急殺人事件』……。

 それは、もしかして月末に発売する予定の新刊ですか?」


「ほお? お前も愛読していたか?

 いかにも、その通り。

 王家への献上品として、いち早く出版社から献本がきていたのだ。

 いや、はや……。

 他の乗客全てが犯人という構成には、そのような手があったのかと、膝を叩いたものだぞ」


「………………」


「………………」


 新刊を読む最大の楽しみが破壊され、スプラと、同じく『探偵エドガー』シリーズの愛読者である母ブラマが、顔を引きつらせる。

 そんな二人の反応には気づかず、ネタバレ王子が話を続けた。


「まあ、この本は代表格だな。

 これまで、文壇と言えば男の世界だった。

 女性の前でこのようなことを言うのは、はばかられるが……。

 なんならば、婦女子ごときが割って入ろうとするなと、そのような空気すら漂っていたらしい。

 これは、作者のサインが欲しくて出版社へ押しかけた際、茶を出してくれた編集者から聞いた話だ」


 ――そんなことしてたんだ。


 思わず、呆れた眼差しを向けてしまう。

 どうも、このゲミューセ王子という人物は、全方向に対して横暴な人物であるようだ。

 ただ……。

 語られるその内容には、ひどく興味を注がれる。


「だが、『探偵エドガー』シリーズの出版と成功によって、潮目が変わった。

 今は本作の著者のみならず、複数の女性作家が活躍しつつある。

 結果、文壇はかつてないほどに盛り上がり、出版社が大きな利益を得るに至った。

 一人の女性が、世を変えた好例だ」


 そこで、ゲミューセ王子がスプラの瞳を見つめた。

 その眼差しは、恐ろしいほどに真っ直ぐであり……。

 常に、最短最速の道を行かんとする意思が感じられる。


「スプラよ。

 俺は、お前にもそのような力が宿っていると思っている。

 今はまだ、それを発揮する場が整っていないだけだ。

 俺のものとなれば、それを整えてやることが可能だろう。

 また、そのように進歩的な娘こそ、次代を担う王子の妻として相応しい」


「そんな、買いかぶりです。

 わたしに、そんな力はありません」


 王子の言葉へ、咄嗟にそのような返答をし、下を向いてしまう。

 これは、スプラにとって、半ば反射的な行動であった。

 自分など、興味を持った事柄以外には何もできない、地味な女だ。

 進歩的な女性というのは、お母君である女王陛下のように、世間そのものを引っ張っていく人物だろう。


「そこを語っていても、押し問答になるな。

 俺がどう褒めようが、お前は自己評価が低すぎて認めようとすまい。

 そこで、だ。

 結納というわけではないが、お前を貰うと決めた記念に、最も欲しているものをくれてやろう。

 さすれば、俺が何を言わずとも、お前は期待した通りの反応をするはずだ」


 どうやら、王子は何がなんでも、スプラを己のものとするつもりらしい。


「最も、欲しいもの……?」


 我知らず、首をかしげる。

 そう言われて思い浮かぶ第一候補は、さっきのネタバレで大分色褪せてしまっていた。

 そんな自分へ、王子は自信満々にこう言ったのだ。


「ずばり、金とヒトだ」


「――っ!?」


 息を呑む。

 それは、確かに最も欲している……必要なものだったからである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る