『魔の街福岡とコウモリ商人』

小田舵木

『魔の街福岡とコウモリ商人』

 魔都福岡。もしくはシティ・オブ・ゴッド。

 この街が良からぬ名で呼ばれ始めて幾年が経とうか。

 シティ・オブ・ゴッドに関しては、同名のブラジル映画が元ネタである。

 この福岡も。市内に空港がある関係で高さ制限はあるが、都心部の近くに高集積なスラム街が形成されている。

 スラム街。福岡になだれ込んだ移民たちが住み着いた地域。

 博多、天神エリアの周辺に広がっている。

 今や。吉塚や竹下…と言うか博多区と東区には移民ばかりが暮らしている。

 まだ金を持った日本人は、西区やその先の糸島地域に避難した。

 だが。西区や糸島地域は。車が無けりゃ生活にならない。

 阿呆みたいに発達したバス網が鉄道の発達を妨げたからだ。

 

 俺は。就職した頃に。カネが無かったから。

 免許の類を持っていない。そして。市内に住み着いている。

 このファベーラスラムのような街に。

 

 鉄道の吉塚駅の駅前は。

 十数年前に開発されて小綺麗になった。昔はゴチャゴチャとした商店街の街だったのだ。

 だが、今は。ちょっとした東南アジアと化している。

 広がる店は全て移民向けのマーケットだし、何なら屋台がたくさん出ている。

 

 俺は。そんな吉塚の駅の近くの『だるま』に向かう。

 昔から吉塚の街で天ぷらを揚げていた店。

 イカの塩辛が卓上にある店。『天ぷらのひらお』みたいな店だ。

 だが。最近は商売が厳しいと聞いている。何せ、移民たちは天ぷらよりフリッターを好むからだ。

 どうも天つゆがいけないらしい。魚臭い出汁の香りが邪魔らしい。

 

 俺は。海老天と穴子天が入った定食を頼み、テーブルで揚がるのを待つ。

 この店は。揚げたての天ぷらをテーブルに持って来るのがウリの店だ。

 

「石橋ィ、やっぱここね」俺の名を呼ぶ声。

「お、中村さんかい」相手は。俺の仕事相手であり。

「席、一緒にするかい?仕事の話だろ?」

「ま、そうだわな」中村は俺の席の隣に座り。イカの塩辛をつまんでいる。

「で?今日は何を仕入れれば良い訳よ?」

「…チャカ」

「となると。タイかフィリピンから仕入れる事になるが」この2カ国は比較的銃が出回っている。

「タイとフィリピン…な。今回の抗争に噛んでるんだがな」

「またかよ。いい加減諦めたらどうだ?面倒臭え」

「とは言え。博多、天神エリアを明け渡す訳にもいかん」

「っても。もう中洲はベトナム人の手の内だけどな」九州最大の歓楽街は。魔都福岡のメイン層、ベトナム移民達によって抑えられている。

「そーれーが。問題なんだっつうの」

「問題かよ?いずれはそうなる話だったじゃねえか。暴対で日本のヤクザは衰退、その隙に東南アジア移民共のギャングが台頭…福岡県警も誤ったな」

「おい達は。おい達の街ば守らんば」

「んな古臭えナショナリズム、ゴミ箱に放ってこい。もうここは人種の坩堝るつぼだ」

「ナショナリズムじゃなか。地域愛たい」

「おーおー。福岡市民は自己愛が強いこって」

「舐めんじゃなか。おい達の街で好きにやられたら敵わん」

「もうお前たちだけの街じゃない。いい加減学べ」

「学ばん。豚骨ラーメンと柔かうどんと天ぷら、モツ鍋…そういう街たい。福岡は」

「あのねえ。福岡ってのは立地上、国際都市のていを古代から成してた訳。なのに今さら逆行かい?感心しないな」

「お前はどっちの味方ね?このコウモリ野郎が」

「そりゃコウモリにでもなるさ。俺は調達屋で。カネがある方に着いていく。最近は東南アジア勢の方が払いが良い。お前らみたいな古臭いナショナリズム振りかざす時代錯誤の貧乏人、相手にするかよ」

「カネならあったい。これが」

「…そういやアンタら。薬物利権は手放して無かったな」

「そう。昔から商売しとるけんね。クスリは信用がモノば言う」

「で?何をどれくらい調達すりゃ良い?で?幾ら払う?」

「AK−47のごたあ、自動小銃を30丁。9000万でどうね?」

「…ま。裏から調達すりゃその位になるわな。妥当だ。受けてやるよ」

「できりゃあ。ヨーロッパのが良かばってん」

「健闘はしてみるが。ま、あんま期待するな」

「向こうよりショボい武器ば渡してみんね、殺すけんね」

「おー怖。ま、誠心誠意やらせていただきますよってに」


 天ぷらを食い終えた頃に。商談は纏まる。

 さてさて。面倒な事態になっちまった。

 通常の銃の調達ルートはタイとフィリピンだが。

 客がそこのギャングと抗争しようってんじゃあ、使えない。

 …まったく。割のいい仕事だが。手間はかかりそうである。

 

                  ◆

 

 さてさて。

 俺は一応、表向きは個人の輸入商って事になってる。

 気がつけば。この魔都福岡で調達屋…あるゆる違法なモノを扱う商人になっちまったが。

 

 一応。輸入商として。多くの国にチャネルを持っている。

 銃…調達ルートは。案外多岐に渡る。

 例えば。銃社会のアメリカから輸入するルート。

 例えば。政情不安なロシアから輸入するルート。

 例えば。カオスと化した南米から輸入するルート。

 例えば。銃がなけりゃ殺される南アフリカから輸入するルート。

 例えば。密造銃が横行する中国から輸入するルート。

 

 ま。フィリピン、タイルートが潰されようが。アプローチの仕方はいくらでもあるのだ。

 

 俺はオフィスで何本か電話をかける。

 銃を扱いそうな阿呆を探す為だ。

 しかし。東南アジア勢に気づかれずに銃を調達するのは中々に面倒くさい。

 そも、海上運送…船を使って密輸するのが一番楽だからだ。

 そして。博多の港は。東南アジア勢に抑えられてやがる。

 国際郵便を使うのはリスクが高い。かと言って、俺が直接調達しに行くのもリスクが高い…

 

 あーあ。こんな仕事を。9000万で請け負った自分が馬鹿らしくなる。

 だが。俺にもカネは必要なのだ。

 この魔都福岡で商売をしていくには中々の経費がかかる。

 自分の首を繋ぐ為には資金が欠かせない。

 

                  ◆

 

 俺は何本も電話をかけたが。

 銃を扱ってくれそうな馬鹿を捕まえるに至らなかった。

 ま、想定していた事態ではある。

 こういう時にどうするか?ここが商売人としての腕の見せ所である。

 

 銃が密輸出来ないなら―造ってしまえば良いじゃない。

 そういう安易な考えが頭に上る。

 向こうさんはヨーロッパのハイエンド銃をお望みだが。

 調達しようにも9000万じゃ割が悪い。

 

 俺は。適当な町工場を脅して銃を造らせる事を考える。

 ま、これはリスキーな賭けだが。なにせ。向こうがゲロしたら、一発で俺が捕まっちまう。

 

 俺は博多のバスターミナルの『牧のうどん』で肉うどんを啜りながら考える。

 銃を造る技術がありそうな業界は何処か、と。

 単純にモデルガンのメーカーを当たる事を考えるが。

 モデルガンのメーカーは関東に集中している。福岡から出張っていくのは現実的じゃない。

 

 かと言って。北九州辺りの衛生陶器メーカーの下請けを脅しても意味はないし、大分辺りの自動車メーカーの下請けは自動車だけで手一杯だし…佐賀の方の半導体製造機器の下請けを脅しても銃は出てこない。

 

 とどのつまり。詰みが近い。

 俺は面倒な仕事を請け負っちまったみたいだ。

 いつもなら。お友達のフィリピン人やタイ人に頼みゃあ銃がポンと手に入る。

 だが。その調達した銃の行き先は、時代錯誤のナショナリズムに冒されたヤクザ共である。

 流石にそこまで俺の面の皮も厚くない。

 …商売相手を敵に回すのは致命的だ。

 だが。眼の前のカネに屈して俺はこの仕事を受けちまった。

 用意しなきゃ博多湾辺りに沈められちまう。

 だが。下手な用意をしたら東南アジア人共に香辛料漬けにされて、豚か鶏のエサにされちまう。

 

                  ◆

 

 俺は日に日に追い詰められていく。

 調達期限は迫り。調達ルートはひらけていない。

 ここでガッツを見せるのが商人だが。

 …自分で直で仕入れに行くのだけは気が進まない。

 そも。この仕事を終えた後も。俺は輸入商としてやっていく他ないのだ。

 だのに。違法なブツを手に国に帰る訳にもいかねえ。

 

 だー。面倒くさい。

 だが。カネは欲しい。是非欲しい。

 そもそも。俺の嫁は出産寸前なのだ。

 これから子どもに阿呆ほどカネがかかる。いくら稼いでも、足りねえ。

 だから。この仕事は完遂する他ないのだ。

 …ああ、やっぱ。東南アジアルート使いてえ。アレが一番楽で、確実なのだ。

 だが。この商談が終わった後も。俺は東南アジア人達と宜しくやりてえ。

 だから使う訳にはいかねえ。多分、人をカマして偽装しようが即バレる。

 

 俺は博多でも数少なくなった豚骨ラーメン屋で頭を抱える。

 全く。どうしろってんだよ。

 助けてくれえ。神様よ。

 

                  ◆

 

 俺は完全に諦める事にした。


 眼の前の現金に屈する形である。

 安楽な東南アジアルートで。AK−47ライクな自動小銃を仕入れ。

 あの時代錯誤なヤクザ共に引き渡した。

 取引の現場で。俺はアタッシェケースの中の現金を見ながら震えちまった。

 …これで。現金は手に入ったが。東南アジア人にバレたらお終いである。

 

 俺は家を引き払う事にした。

 流石に。福岡市内で生活しているのはヤバイ。

 東南アジア人街がうようよある訳で。何時闇討ちされるか分かったもんじゃねえ。

 

 隣の糸島あたりに逃げようかと思ったが。案外に家賃が高くてうんざり。

 俺は適当な福岡市近隣の市に避難した。

 だが。安心は出来ない。いくらこの市に東南アジア人街がなかろうと。

 俺は。東南アジア人を敵に回すような事をしちまったのだから。

 

 それからの生活は。生きた心地がしなかった。

 ニュースを見る度に怯えたもんだ。

 何時、あのヤクザ共が抗争を仕掛けるか?

 抗争の結果によっちゃあ。高飛びも考えなくちゃいけねえ。

 

                  ◆

 

 抗争は起きた。

 だが。結果は言うまでもねえ。

 東南アジア人連合の大勝利である。

 気がつけば。あの時代錯誤なヤクザ共は死体の山に変わっちまった。

 ああ。これは高飛びをキメなくては行けない結果だが。

 問題は。どのタイミングでどう高飛びをキメるかである。

 

 俺は。面の皮は厚くねえが。今のところは東南アジア人達と仲良くやってる。

 一応。調達屋として重宝されている形だ。

 だが。あの俺の所業は。バレているに違いねえ。

 何時か。俺に制裁が下されるであろう。

 

 とりもあえず。俺は嫁と子どもを九州から逃がす。

 大阪に行けば。とりあえずは東南アジア人に襲われる事はあるまい。

 だが。そんな動きは。向こうにバレる訳で。

 

 俺は戦々恐々と暮らしている。

 毎晩寝る前に、神なんぞに祈ってる。嫁と子どもの居ない家で。

 ああ、詰らないカネの為に。詰らない事をしてしまった。

 後悔しても遅いが。拙速な手を使った俺は馬鹿だ。

 

                  ◆

 

「イシバシ…ソロソロ。オ前サンニモケジメヲツケテモラオウカ」

 

 ある取引の後である。俺はこんな台詞を東南アジア人連合のボスからもらっちまった。

 

「何の事でしょうかね?」俺はしらばっくれる。

「分カッテイルダロウ?我々二仇ナシタオ前ヲ生カシテオク訳ニハイカネエ」

「特に貴方がたに不都合な事はしてませんがね?」

「ハハハ。オ前ハ面ノ皮ガ厚イナ」

「そりゃあ。商人ですからね。カネのある方になびく訳ですわ」

「オ前ハ。我々ニソレナリニ恩ガアルハズダガナ」

「地獄の沙汰もカネ次第。私はカネがあれば恩など知ったことではありませんな」

「今回ノコノ事態ハ。オ前ノ欲深サガ災イシタナ」

「…で?俺をどうしようってんだい?親方さんよ」俺はここまで来ると開き直る。

「香辛料ニ漬ケテ。豚のエサニデモシテヤリタイガ―マダ使イヨウハアル」

「なる程。何か調達する訳で」

「アア。博多ト天神カラ日本人共ヲ消ス」

「…無差別テロでも為さるお積もりで?」

「ソレニ近イ。アノ辺ニタムロスル日本人共ヲ殺ス。我々の邪魔ニナルヤツハナ」

「…私はコウモリ野郎にならんといかん訳ですかい?」

「元カラソウダロ」

「…違いねえや」

 

 かくして。

 俺は日本人のヤクザの残党共を殺す兵器の調達をやらされるハメになった。

 ああ。これで。ヤクザ共にも追われる。

 日本各地何処に高飛びしようが無駄だ。

 人生が終わったような気がした。

 せめて子どもと嫁だけは逃したいが―どうかな、うまく行くだろうか?

 

                  ◆

 

 コウモリ野郎の俺は。

 東南アジア人共の為に武器を調達すると―

 高飛びした。当然だろうが。

 そもそも。福岡に何の愛着も持っていないのだ。

 飛行機に乗ってひとっ飛び。

 カネが切れるまでは海外でよろしくやるさ。

 輸入商を舐めんな。海外でも仕事は腐る程ある。

 

 だが。

 国に残した子どもと嫁だけは如何ともし難い。

 下手に連絡を取ろうなら。そっから脚がついちまう。

 

 俺は。何処の国とも分からない空港の中で。

 うんざりした気分と共に。開放された気分にもなる。

 俺はあらゆるしがらみを捨て。生まれ育った街を捨て。

 この海外で数年生き延びなくてはならない。

 

 何時か。福岡の街が懐かしくなる日は来るのだろうか?

 …ないような気がするが。日本を思い出すと、自然とあの魔の街、福岡が浮かんできちまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『魔の街福岡とコウモリ商人』 小田舵木 @odakajiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ