#011.Perfect Crime
振り返ると、ハイメが吐いていた。
(せっかくのラムが台無しだなァ。だが...その反応のおかげで確信に変わった。ハイメは何も見ていない。あの夜にあったことも、自分の内側のことも。)
メビウスは手を差し伸べるでもなく、ただハイメを見ていた。そして、ハイメの面をした何者かの言葉を改めて咀嚼していた。『泉』が危ない。ヤツははっきりとそう言った。“A”を殺した、とも。
あの夜、メビウスには仕事があった。“A”との連絡が途絶えたようで、現場の状況の報告と必要があれば援護をしてほしいとのことだった。その任務は彼にしてみれば『取るに足らない事』の一つだった、“A”の援護にさえ目を瞑れば。メビウスにとって“A”は尊敬すべき先輩であったが、度重なる心身への暴力がその心を隠してしまっていた。だがメビウスは公私をはっきりと区別する性分であったために、微塵の躊躇いもなく“A”のもとへ向かった。
メビウスが現場に到着した頃には、朝日がその輝かしい顔の一端を覗かせていた。未だ眠っているように冷たく澄んだ空気を肺が暖め、長距離移動の疲労で凝り固まった脳の血管を酸素が巡る。明滅する視覚を抑えるように何度か強く瞬きをした。
足に木片が刺さった馬が足を引きずりながら歩いている。その痛みからか、それとも悲しみからか足取りは重く、美しい毛並みもかすんでしまっている。メビウスはそっと馬に寄り添い、悪路の脇に停めた。軛を外すと馬は首を振り、徐に近くの沢で水を飲みだした。そしてメビウスは手を差し伸べるでもなく、ただすでに事切れた“A”を見ていた。馬車には“A”の他に一人の少年と、男の顔が転がっていた。その様子をひとしきり眺めた後、“A”の遺体を引きずり出し、道に横たえた。メビウスがその身体に手を添える。
(“A”。本名は《ガルーダ・“アルフォンス”・ロゼ》..歳は二十六。能力は...なるほど、磁力ねェ..てコトは首はこいつの仕業か..)
「ばおっ」
二頭のポロロフスが鳴き声を上げてメビウスの背後で足を止めた。長いとは言えない足を器用に片方だけ折り畳み、背に乗った調査員たちを下ろした。一人はその二頭を草むらの傍の木々に、もう一人の調査員はふらついた足取りで、しかし急いで、メビウスに駆け寄った。
「メビウスさん!まさかいらっしゃるとは..しかも我々よりも先に!申し訳ありません、この子たちがなかなか目を覚まさなくて...」メビウスはそこで手を振って遮り
「あァ、いいんだ。オレが個別に受けたモンだからな..だが今の言い訳、“A”が聞いたら何て言うかなァ...」
「えっ!!“A”さんもいらっしゃるんですか..?」調査員が恐る恐る周りを見渡す。
「あァ、ほら..コイツだよ。」メビウスは横たわった身体を指差す。
「...えっ?」人間の遺体は見慣れているのか、驚いた様子は見て取れなかったが、メビウスの言葉にはかなりの不信感を抱いたようで、
「あの...メビウスさん。それはさすがに不謹慎すぎますよ。そのご老人が、“A”さんなわけないじゃないですか。いくらメビウスさんのことを信頼している我々でも、それは同意しかねます。」毅然とした態度でそう言った。
「いや、コイツは“A”だ。まぎれもなくホンモノのな...どういうわけか、こうなってる。」
「...もしそれが本当だとして、この御者の攻撃だとか、“A”さんのギフトによるものだとか、その可能性はありませんか?」
「ギフトを知ってるのか?だったら話が早い。ギフトは基本的に一人一つだろ?だから、コイツのじゃない...ちょっとした筋からの情報なもんでチョッピリ信用には欠けるが..コイツのギフトは別にある。御者の可能性も捨てきれはしないが、薄いかもなァ」
(御者はそもそも『ハズレ』だったしな..)
「だとしたら何が..?」
「さァな?それはあの少年が知ってんだろ。どうせ唯一の生存者だ。無理にでも連れてくさ。」
「『施設』ですか?確かにそこなら安心ですが..上の研究所でもよいのでは?」
「いや、そこまでは必要ない。洗ったとて、何か出てくるとは限らないからな...それに、オレにはちょっとした心当たりがある。だからとりあえず施設で預かるよ。」心当たりなど微塵もなかったが、メビウス自身も気付かないような彼の勘が、そう行動させた。
「分かりました。では我々もお供致します。それと、報告はどうしましょうか?」
「そうだなァ...現場での事情聴取で少年には何の関与も認められなかった、そのため、自宅まで護送。“A”は御者と相打ちになって死亡..てな感じかなァ。オレが立ち会ってんだ、いくらか粗があっても大丈夫だろ。それに詳しく調査が入ったとしてもおそらくこれはかなり時間がかかる..なに、その間にでも証拠を見つけてやるよ。」
「はっ。では早速ですが、向かいましょう。」調査員はもう片方に指示を出し、少年をポロロフスに乗せ、自らも跨った。
「先に行っててくれ、オレは“A”と御者を埋葬してくる...」調査員たちは同意し、左右に揺れながらゆっくりと進みだした。
二人の埋葬を終え、後を追おうとしたメビウスの目に、馬車の積み荷が飛び込んだ。“A”の死を前にして動揺していたのか気にも留めていなかったが、それを見た瞬間、メビウスはこの事件が一枚岩でないことを悟った。
(『施設』に送って正解だったな...あの少年、名はハイメだったか。必ずなにか出るな。...急ぐか。)
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