日常5

『おはよう、廻!』

『ああ、おはよう。』

『あれ?今日も元気ないじゃないの。

またゲームが微妙だったとかか?』

『はは、そんなとこ。』

休日に何があっても、プライベートで何があっても社畜の俺は休まない。休めない。

この何でも持っている同僚には俺の気持ちは到底理解できないだろうだろう。


『おはようございまーす。』

『お、愛、おはよう。』

『拓先輩おはようございます。』

『廻先輩もおはようございます。』

『ああ、おはよう。』

『どうしたんですか、廻先輩?月曜日から。元気なくないですか?』

『んなことねーよ。さ、今日も楽しいお仕事お仕事。』

耳鳴りがする。視界がぼやけている。思考も出来ない。きっと脳が溶けているに違いない。

だとしても、この二人にはそんな素振りは見せられない。見せてたまるか。



『お客さん、終点ですよ。』

『ああ、すみません。』

『本日の電車は終了しましたので駅閉めちゃいますね。

お気をつけてお帰りください。』

『はい。』

ここは終点の駅のようだ。降りたのは初めてだ。

どうやら何とか仕事をこなし終電には乗れたものの、アパートの最寄り駅では降りず終点まで乗り過ごしてしまったようだ。

日中仕事をこなした記憶はない。

幸いタクシー乗り場はあるようで、俺と同じく電車では帰れなかった人たちが列を作っていた。前の人に倣うように最後尾に並んだ。

今からタクシーで帰って家に着くのは何時になるだろうか。

何時間寝られるんだろう。

明日は朝一から会議だったはずだな。

夕飯食べたんだっけ。

あの二人と何話したんだっけ。

ちゃんと何も気づいていない振り出来てたかなあ。

そんなことを考えながら駅のロータリーから延びている小路に何気なく目をやると、ぼんやりと小さな明かりが視界に入ってきた。


『何だろう?あの明かり。』

普通に考えればこんな時間に明かりを灯しているのは居酒屋ぐらいなんだろうが、そんな雰囲気もない。

気づくと、並んでいた列をはずれ、引き寄せられるように明かりのもとへ歩いていた。


『本屋?・・・古本屋っぽい。』

明かりの正体は古本屋の店先から漏れ出たものだった。


『こんな夜更けに?』

もう午前0時をとっくに過ぎているに古本屋がやってるなんておかしくね?

そう不思議に思っていると奥からこれまた古本屋には似つかわしくない、いかにも陽キャな男が出てきて、こちらに気付くと声を掛けてきた。


『ああ、あんた、電車乗り過ごしちゃったの?』

『はあ、そうですが、、、』

『酔いつぶれた感じ?』

『はあ、いや、まあ。』

何だこいつ?

馴れ馴れしいし、客商売として到底好ましいとは思えない言葉遣いだな。


『?・・・あんた、よく見たらこの世の終わりみたいな顔してんな。少し寄ってきなよ?』

『は?え?何ですか、急に?』

『あんたみたいな人、放っとけないだよね俺。もしかすると力になれるかもだし。』

『?・・・今たまたま会ったばかりの人の力になれるって?

そんなこと言われても・・・それに、明日も仕事なので。』

『ああ、そっか。今日は平日か。

そんな面してても仕事行かなきゃいけないとか、サラリーマンってしんどいな。

ま、もっとしんどくなったら同じ時間にまた来てくれよ。損はさせねーから。』

男は真剣な顔でそう言うと、名刺を渡してきた。

こんな男が名刺を渡すなんていう真っ当な社会人らしい行動を取ったことに多少衝撃を受けながら、俺はタクシー乗り場に戻ることにした。

俺の力になれる?古本屋のやんちゃそうな兄ちゃんが?何の悩みも無いようなあんな奴が?

意味わかんねー。早くタクシー拾って帰ろう。

そう思いながらも、男の台詞とあの古本屋が妙に気になってしまっている自分がいた。

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