第12話 開かれた本殿

 正一が早速鳥取県警に応援を依頼すると、一時間ほどして県警ヘリが巡査部長と巡査を乗せて飛んできた。正一は早速二人を連れ葦原家に向かった。大輔は一人、樵荘で正一の帰りを待つことにした。

 正一は昼過ぎに戻ってきた。しばらく一階で女将と何やら話していたかと思うと、やがて階段を上る足音が聞こえた。大輔の部屋に入ると、向かいに腰を下ろして啓一の身柄を確保したことを告げた。

 啓一はICレコーダーに残されていた自分の声を聞かされると、観念して全てを自白したそうだ。十七年前に秀全を殺害して二本松のもとに埋めたこと、そしてそのことを知った美穂から二本松に呼び出されたこと。しかし美穂は何故か二本松に現れた啓一を見るや否や悲鳴を上げていきなり逃げ出したそうだ。啓一は騒ぎが大きくなることを恐れ、美穂の後を追った。天狗岩で美穂に追いつき、騒ぐ美穂を静かにさせようともみ合っているうちに思わず首を絞めてしまう。気がついた時には、美穂はぐったりと動かなくなっていた。啓一は恐ろしくなり、美穂の体をその場に放置したまま坑道を逃げ帰る。そしてその日のうちに稗田に相談にいき全てを話した。しかし翌日、稗田が天狗岩を訪れると美穂の靴とハンドバッグだけが残り肝心の美穂の体はどこにもなかった。結局、美穂は一人で湖に身を投げたということにして葬儀が執り行われた。

 そして樵荘の郵便受けに手紙を残し大輔を坑道におびき出し、閉じ込めたことも啓一は白状した。

「どうして啓一は俺が坑道を発見したことを知っていたのだろう?」

 不思議だった。坑道を発見した日の翌朝にはもう啓一からの手紙を受け取っているのだ。

「簡単なことです。昔ながらの親子電話ですよ。それも啓一が白状しました。樵荘の電話は一階と二階にありますが、通話中にもう一つの受話器を取ると会話内容を聞くことができます」

「まさか女将が?」

「そうです。恐らく、美穂さんが大輔さんにかけた電話も全て筒抜けだったのでしょう。一昨日の晩、僕も大輔さんに電話をかけた時、背後に流れる妙な雑音が気になっていたところです」

「どうして女将が?」

「啓一がそそのかしたのです。村と八津神様の為だと。皆尾和子さんはとても敬虔な信者ですから。それに彼女の次男の竜二さんは聖様として神島に捧げられています。会話内容を全て啓一に伝えることが村の為のみならず、竜二さんがこのまま平穏に神島で穢れのない人生を全うできることにもつながると考えていたようです」

 正一から一通りの説明を受けても、大輔はとても納得できなかった。それで肝心の美穂は一体どこにいるのだ。体が消えただと?そんな馬鹿なことがあるものか。これでは何の解決にもなっていない。

「正一君、啓一は本当のことを話しているのだろうか」

 正一がいたわるような瞳を大輔に向けた。

「大輔さんのお気持ちはよく分かります。美穂さんのことですよね。ただ、啓一は本当に美穂さんの体が消えたと思っているようです。僕には啓一が嘘をついているようには見えませんでした」

 正一がそう言うのなら、きっとそうなのだろう。では、一体美穂はどうなったというのだ。

「大輔さん、これから稗田を訪ねるつもりです。啓一から相談を受けた翌日に天狗岩に行った時、何があったのかを再度詳しく聞いてみたいと思います。大輔さんも是非一緒にお願いします」


 稗田医院に向かう湖畔の道を歩いていると、晩秋の刺すような風がもろに正面から吹きつけてきた。空を見上げると厚い雲が目まぐるしく動いている。今日も湖の沖合はヴェールをおろしたように乳白色の霧に深く覆われている。

 先程から何かが大輔の心に引っかかっていた。思考の奥の何かが頭をもたげようとしているのだ。点在する幾つかの事象を再度思い浮かべてみる。しかしそれらがつながりそうでつながらず、もどかしい。思考は何度も同じところをぐるぐると空回りをするだけだ。何か重大なことに気づいていない気がした。

 ふと、鼻先に細かい塵のようなものが風に乗って流れてきた。寒いはずだ。初雪だ。

 やがて白い木造洋館が見えてくる。二人の足音に驚き、緑青色の銅板屋根にいたカラスたちが一斉に飛び立った。エントランスに設けられたガス灯の淡い橙色の光が建物の陰影を濃く映し出している。

 玄関に辿り着くと、正一が呼び鈴を押した。しばらくすると、看護婦姿の若い女が顔を出した。

「稗田さんに会いたいのですが」

 先に大輔が声をかけた。女は強張った表情で、

「院長は処置のため、先程、天祥館へ向かったところです」

 と消え入りそうな声を出し、逃げるように扉を閉めてしまった。


 湖畔の道を引き返すと桟橋が見えてきた。重男の姿は見えず渡し舟もない。恐らく稗田が神島に渡るために使ったのだろう。その時、何故だか背筋にぞくりと悪寒が走った。心の内で何かが声高に叫び声を上げている。急げ、急げ、と。

「大輔さん、何だか急いだほうがいい気がします。我々も神島に向かいましょう」

 正一も何かを感じたのだろう。二人は顔を見合わすと、県警ヘリの待機している広場へと急いだ。

 大輔は正一と並んで歩きながら、坑道を通って神島に渡った日、聖様の一人と遭遇した時のことを思い出していた。一陣の風に飛ばされた白い頭巾。露わになった額の赤黒い傷跡。その光景は何故か今でも脳裏に深く焼き付いている。

「正一君、先日、坑道を通って神島に渡った時、聖様の一人とばったり遭遇したんだが、彼の額には生々しい縫合跡があったんだ。処置とは、つまり、」

 そこで言い淀んだ大輔を、正一が肩越しに見やる。

「僕もそうだと思います。血が濃いために精神的に不安定となった聖様たちをおとなしくさせるために、処置と称して稗田は禁忌とされているロボトミー手術を今でも行っているのではないでしょうか」

 やはり正一も同じことを考えていたようだ。前頭葉にメスを入れ複雑につながっている神経線維を強引に切断してしまう外科手術。想像しただけでもおぞましい治療法だ。こんなことがほんの数十年前に世の中で広く行われていたとはにわかには信じがたいことだった。ただ、森の中で見た聖様たちは皆、規律正しく働いたり行進したりして既に十分に安定しているように思えた。とうに全員、ロボトミー手術を受けた後なのではないだろうか。それなら稗田は今更、誰に処置を施す必要があると言うのだ。放っておくと騒ぎだす者が他にいるというのか。「王子か、王子だな」。大輔を見上げる小人の嬉々とした表情が蘇る。同時に脳内に閃光が走る。点在していた事象が一気につながった。大輔は叫び声をあげた。

「正一君、美穂は啓一に首を絞められたが実は死んではいなく、ただ気を失っていただけなのではないだろうか。啓一が去った後、失神して倒れている美穂を他の誰かが偶然見つけたのでは。そして、そこで大きな勘違いが生じていたとしたら」

 正一も何かに気づいたように、頬を紅潮させて大輔を見上げた。

「巳八子は聖様たちがディズニーアニメに夢中だと言っていた。彼らが歌っていたハイホーの歌は、白雪姫の物語に出てくる七人の小人たちが口ずさむ歌だ。物語の中の小人と同様、聖様たちも七人。ある日、毒入りリンゴを食べて倒れている白雪姫を発見したとしたら。天狗岩で倒れていた美穂を白雪姫だと勘違いしたとしたら。聖様たちにとって金髪の女性など今まで見たこともないはずだ。遠い西洋のお姫様だと思ったとしても不思議ではない」

 話しながら、体が興奮で震えてきた。

「大輔さん、天祥館へ急ぎましょう」

 先程まで埃のようだった雪はいつの間にか勢いを増し、湖畔の砂を白く覆い始めていた。


 広場には啓一の自白を受けて急遽駆けつけたパトカーと共に、双発型の県警ヘリが停まっていた。その鮮やかな青色に塗装されたボディにも既にうっすらと雪が積もっている。機体の脇では制服姿の警官が二人、タバコをふかしている。二人は近づいてくる正一に気づくと、だれた姿勢のままぞんざいな敬礼仕草をみせた。

「ご、ご、郷原さん、す、すぐにヘリを神島に飛ばしてください」

 郷原と呼ばれたその男は返事もせず、ずんぐりとした赤ら顔で大輔を見やった。そして舐めるように一瞥した後、不審そうな顔を正一に向けた。

「か、か、彼は、た、た、舘畑さんです。ぼ、ぼ、僕の捜査の協力者です」

 郷原は再び大輔を一瞥すると、チッと舌打ちをしてヘリに乗り込んだ。もう一人の警官も大輔たちを待たずにヘリに乗り込んでいく。

 大輔と正一がシートベルトを締めるや否や、頭上からバタバタとプロペラが回る音が響き始めた。同時に激しい振動が体に伝わってくる。やがて重力に逆らうように機体がふわっと浮かび上がった。地面がみるみる遠くなり、ジオラマのような村の風景が眼下に広がっていく。窓の外には大粒の雪が斜めに流れている。

「まったく、ひでぇ天気だぜ。皇宮警察の坊ちゃんのおかげで今日はとんだ目に遭っちまったな、篠崎よ」

 郷原は顔の前で重ねた両手に息を吹きかけながら、もう一人の警官にぼやいた。篠崎と呼ばれた男もニヤニヤしながら頷く。正一は何も言わずに下を向いている。

「坊ちゃん、耳が欠けているから聞こえねえみたいだな」

 俯く正一の耳がさっと赤くなる。大輔は思わず郷原を睨みつけたが、どこ吹く風といった様子で薄ら笑いを浮かべているだけだった。

 すぐに眼下に神島が見えてきた。その大部分は乳白の霧の中だ

「霧が深いため、着陸できる場所が限られます」

 パイロットは神島の上空をしばらく旋回しながら、着陸地点を探しているようだった。やがてゆっくりと高度を落とし始める。

「あの石碑のようなものがたくさん並んでいる辺りなら霧が切れているので着陸できそうです。着陸の際、幾つかの石碑を倒してしまうかもしれませんが」

「構うことはねえよ。そこに降りな」

 郷原がパイロットに命令した途端、正一が声を上げた。

「だ、だ、ダメです。あ、あれは、ひ、卑埜忌村の人たちの大切な、み、み、御霊碑です。他の場所を探してください」

 その声を受け、降下していた機体は急に上昇し始めた。郷原がキッと正一を睨みつける。しかし結局何も言わずに舌打ちをするだけだった。

「あ、あそこはどうですか。あの、み、み、湖に突き出した平らな場所は?」

 正一がパイロットの肩越しに指をさした。霧の切れた隙間から天狗岩が覗いていた。

「ああ、あそこなら何とかなりそうです」

 パイロットはそう言うと再度、機体を降下させはじめた。下方に小さく見えていた天狗岩がみるみる近づいてくる。岩の上に積もった雪が激しく舞い上がったかと思うと、振動と共に機体が静止した。

 エンジンが止まると、全ての音が消えたかのような静寂が訪れた。扉を開くといきなり濃密な森の空気に包まれる。あたりはすっかり雪景色だ。天狗岩の上に四人の真新しい足跡が刻まれる。二人の警官の制帽もみるみる白くなっていく。結局、篠崎は天祥館に向かう大輔たちと同行し、郷原は一人、二本松に向かうことになった。

 大輔を先頭に薄暗い森の中の細い道を進む。誰も口をきく者はいなかった。ざくざくと雪を踏みしめる足音だけが耳にこだまする。美穂、どうか無事でいてくれ。ただそう祈りながら先を急いだ。

 五分も歩かないうちに突然視界が開け、眼前に不思議な建物が姿を現わした。茅葺屋根から突き出るレンガ積みの煙突、鮮やかな藤色に塗られた横板張りの壁面、ステンドグラスに彩られた明かり取りの窓、そして無垢材の玄関扉には龍の顔を模った真鍮製のドアノッカー。何とも奇異な和洋折衷の建物、それが天祥館だった。やはり天狗岩は聖様たちの住処のすぐ近くだったのだ。

 大輔は躊躇することなく、ドアノッカーを力一杯鳴らした。ドン、ドン、という音があたりに響き渡る。程なくして扉がゆっくりと開かれた。扉の向こうに佇む聖様を乱暴に押しよけ、大輔は構わず中へと足を踏み入れた。途端に色の洪水が目に飛び込んでくる。床には原色の積み木が散乱し、四方の漆喰壁は一部の隙もない程に様々な色のクレヨンで落書きされている。聖様たちはゆったりとした部屋着を纏い、ある者は木馬に跨り、ある者は壁に向かってクレヨンを走らせ、またある者はソファーに座ってテレビを観ていた。画面からはディズニーのアニメが大音量で流れている。

 聖様たちは一斉に振り返り、大輔を見やった。頭巾をかぶっていない彼らの額には、痛々しい縫い跡が赤黒く盛り上がっている。

「美穂はどこだ!」

 大輔が叫んだ。聖様たちはその声が理解できないかのように、ただ大輔を見つめたままきょとんとしている。やがて一人が「王子だ」と呟くと、皆、一斉に叫び出した。

「王子だ、王子だ」

 聖様たちは興奮したように目を見開き、大輔の周りを取り囲んだ。

「美穂はどこだ!」

 再び叫ぶが、聖様たちは何を言っているのか分からないといった表情でただ目を丸くして大輔を見上げている。

「王子か?」

 頭頂部が薄くなった年配の聖様が大輔に問いかけてきた。

「そうだ、俺は王子だ!白雪姫はどこだ!王子が迎えに来たんだ」

 大輔がそう叫ぶと、聖様たちは一斉に満足そうに頷いた。そして奇声を上げながら小躍りをし始める。やがて皆で大輔の腕を取ると、スキップをしながら奥の扉へと引っ張っていった。

「この先に白雪姫がいるのか?」

 大輔の問いに聖様たちが頷く。急いで扉を開けると、その先は地下に続く急な階段になっていた。冷えた土とカビの匂いが鼻をつく。大輔は両腕にまとわりつく聖様たちを振り払い、全速力で階段を駆け下りた。そして正面の扉を勢いよく開けた。同時にツンとした消毒液の匂い。煌々と裸電球の灯るその部屋の中央にはパイプ脚の寝台が置かれ、そこには一人の女性が横たわっていた。にわかに心臓の鼓動が速くなる。見覚えのある金髪と白い首筋。美穂だ。ようやく探し出すことができた。大輔は一気に寝台に駆け寄ると、瞳を閉じたその顔にそっと手を当ててみた。温かな命の鼓動が伝わってくる。よかった、美穂は生きている。胸の奥が熱く脈打ち、全身を深い安堵の波が包み込んだ。

 ふと脇を見ると、寝台横に点滴スタンドが置かれていた。そこに吊るされた輸液バッグから透明な管を通じて薬剤が美穂の左腕に注入されていることに気づいた。恐らく稗田が発注した全身麻酔薬だろう。そして枕元のステンレス台には様々な手術器具が並べられている。縫合用の針や糸、ガーゼなどに交じって、大小さまざまなメスが冷たい光を放っている。これが美穂に対して使われるところだったと思うと、おぞましい恐怖に思わず背筋が凍った。

 点滴管の調整弁を閉じると薬剤の流れが止まった。それからガーゼに消毒液を垂らし、美穂の腕を押さえながら刺さっている細い針をそっと抜く。過去の検診の採血時に看護婦がしていたように、見よう見まねでやってみたが、何とかうまくいった。そして絆創膏で針跡を塞ぐ。その間、美穂は相変わらず深く眠ったままだった。

 いつの間にか、背後には正一と篠崎が立っていた。

「大輔さん、間に合ってよかったですね。稗田はまさにこれから美穂さんに処置を行うつもりだったのでしょう。まさに間一髪でした」

 正一が心からうれしそうに大輔を見上げる。

「でも、安心はできません。至急、美穂さんを県警病院へ移送しましょう。念のため、精密検査を受けた方がよいと思います」

 正一はそう言うと、篠崎を振り返った。

「し、篠崎さん、み、美穂さんの為に、へ、ヘリをお借りします」

 正一の言葉に篠崎はサッと目を逸らした。

「郷原さんがまだ戻っていないので」

 篠崎の口淀む声が聞こえた。

「し、し、篠崎さん、い、今すぐ、お、お願いします」

「でも、郷原巡査部長の許可がないと、」

 篠崎がそう言いかけた時だった。いきなり正一の怒声が部屋に響き渡った。

「篠崎、これは命令だ。今すぐ、ヘリを使うぞ!」

 それは初めて目にした、感情を爆発させた正一の姿だった。頬を紅潮させ、鋭い目つきで下から篠崎を睨み上げている。篠崎は驚いたように姿勢を正すと、「はっ」と敬礼を返した。

 正一の怒声がきっかけとなったのか、その時、美穂がかすかな唸り声を発した。しばらく瞼が細かく痙攣していたかと思うと、やがてゆっくりと瞳が開く。大輔は身を乗り出してその顔を覗き込んだ。しかし美穂は無表情のまま、ぼんやりと大輔の顔を見つめたままだ。大輔のことが分からないのだろうか。その瞳は混乱したように不安定に揺れている。眉間に影をつくり、必死に何かを手繰り寄せている様が見てとれた。

「美穂、大丈夫か?」

 軽く肩を揺さぶったが、相変わらず困惑した瞳できょとんと大輔を見つめたままだ。

 次第にその瞳が確かな光を紡ぎ始める。そして急に我に返ったように、それは大きく見開かれた。

「大輔さん!」

 美穂はそう叫ぶと、いきなり両腕を大輔の首に回してきた。大輔も強く美穂を抱きしめ返す。

「よかった、美穂、本当によかった。もう大丈夫だ」

 懐かしい美穂の匂いに包まれ、深い安堵が全身を駆け巡る。


 美穂の語ったところによると、案の定ICレコーダーを頼りに地下坑道を発見し、秀全の遺体を確認するために二本松を調べに行ったそうだ。そこでばったり啓一に遭遇してしまう。慌てて逃げだしたのだが天狗岩で捕まり、首を絞められて意識を失う。やがて目覚めると天祥館の中で、心配そうにのぞき込んでいる七人の小人の姿があった。しかしショックで記憶を失ってしまっており、自分が誰だかも分からない状態だったそうだ。

 後で県警病院の医師が詳しく教えてくれたのだが、人は極度のショックを受けると一時的に記憶を失ってしまうことがあるそうだ。医学的には解離性健忘と言い、一般的な出来事や社会常識などの記憶は保たれているものの、自分自身に対する認識と記憶が欠落してしまうらしい。

 聖様たちは、自分たちが美穂を天狗岩から天祥館に運んだのだと教えてくれたそうだ。そして、自分たちの世話をしてくれるのならこのまま天祥館に置いてあげてもいいと持ちかけた。結局美穂は聖様たちの申し出を受け入れ、天祥館で料理の支度を手伝ったり掃除をしたりして過ごしていたそうだ。まさに、小人の館で家事全般をすることを条件に匿われた白雪姫のストーリーそのものだ。そして稗田が現れ、今日、記憶を取り戻すための治療をしてくれることになっていたらしい。稗田はいずれ美穂が記憶を取り戻して騒ぎ出すことを恐れ、その前に処置をしてしまうつもりだったのだろう。

「魔女はここだ」

 突然、背後から奇声が聞こえた。振り返ると廊下で聖様たちが騒ぎ出していた。何事かと部屋を出てみると、階段下に設けられた小さな扉の前に聖様たちがひしめき合っている。皆、手には鍬やら鋤を持って扉を激しく叩いている。

「魔女はここだ、魔女を捕まえろ」

「篠崎さん」

 正一の声に篠崎は「はっ」と敬礼し、騒いでいる聖様たちを押しのけて扉の取っ手に手をかけた。力任せに何度か引っ張ると、錠が壊れる音と共に扉が開いた。物置のような薄暗い小部屋の中からは稗田の怯えた顔が覗いている。篠崎が腰から手錠を取りだし手際よく稗田の両手にかけると、聖様たちの歓声が廊下に響き渡った。


 雪はますます大粒となって、全てのものを白一色に覆い隠していく。森の中の薄暗い小道を、毛布を巻きつけた美穂の肩を抱きながら歩いた。前方には正一と、篠崎に連行されならがよろよろと歩く稗田の後ろ姿。一歩一歩雪を踏みしめながら、ここ数日正一に色々と助けられたことを美穂に伝えた。

「正一さんは、私と大輔さんの命の恩人ね」

 前を歩く正一の小柄な背中を見つめながら、美穂が呟いた。全く同感だった。

 天狗岩では、既にエンジンをかけた状態でパイロットが待機していた。機体の照明が白い地面を青白く照らしている。大輔は迷っていた。ようやく救い出すことができた美穂とこのまま一緒にヘリに乗るべきか、それとも正一と共に尾呂血神社に向かうべきか。美穂と連絡が取れなくなって以来、その存在が自分にとってあらためてかけがえのないものであることを痛い程思い知らされた。今は一時も離れることなく寄り添っていたい。しかし一方で、正一のことが気がかりなことも事実だった。まだ正一の抱えている事件は解決していない。色々と助けてもらったにもかかわらず、このまま正一を置いていくことは忍びなかった。また、大輔自身、剣の行方を最後まで追いたいという興味もあった。

 篠崎に続いてヘリに乗り込もうとしていた美穂が突然振り返った。

「大輔さん、私は一人で大丈夫だから。最後まで正一さんにつき合ってあげて。今、大輔さんを必要としているのは正一さんだと思う」

 恐らく美穂は大輔の逡巡を察したのだろう。努めて元気そうな顔を見せながら微笑んだ。

 結局、正一と二人、ヘリを見送ることにした。暗い空に遠ざかるヘリの照明を目で追いながら、大輔は正一と固い握手を交わした。

「大輔さん、残ってくれてありがとうございます」

 そう言うと、正一は胸元から一枚の紙を取り出した。

「捜査令状です。これから尾呂血神社の本殿の中を捜索させてもらうつもりです」

 大輔は思わずごくりと唾を飲み込んだ。千何百年にわたる気の遠くなるような時間、脈々と受け継がれてきた尾呂血神社のご神体がいよいよ明らかになる時が来たのだ。興奮気味に正一の瞳を覗き込んだが、意外にもその瞳は哀しげに陰っていた。


 薄暗い本殿の中は甘く濃厚な香りで満ちていた。千数百年にわたり絶やすことのなかった沈香の香り。八津神様の好む伽羅の香りだ。ただ、今日の香りは幾分雑味を帯びているようだった。馥郁とした幽香の中に時折現れるとげとげしくも淀んだ香り。確かあの日も同じような雑味香が漂っていたことを巳八子は思い出した。

 忘れもしない十七年前のあの日、二十歳になった巳八子は啓一と共に拝殿に正座をし、上座に座る秀全と相対していた。輝龍家に伝わるしきたりに従い、己の結婚相手を当主である秀全に認めてもらう為だった。隣に座る啓一は幾分緊張気味の様子で、色白の頬をほんのりと紅潮させている。巳八子はそんな啓一が愛おしくてたまらなかった。卑埜忌村では稀に見る洗練された瞳、きれいな歯並びがこぼれるはにかんだ微笑、さらさらと流れるような柔らかい髪、節々のしっかりした白く長い指、胸の奥にまで響くバリトンの声、啓一を構成する全ての要素が巳八子の心を激しく揺さぶる。この男の瞳が自分だけを見つめ、その唇が自分の為だけに動くことに至上の幸福を感じていた。神島に産み落とされた神の子として、自分がこの男と一緒になり輝龍家の後継ぎを儲けることになることは既にずっと前から決まっていたとさえ思えた。秀全もさぞかし喜んでくれることだろう。隣に座る啓一を誇らしく感じていた。

「ならん」

 突然、秀全の不愉快そうな声が拝殿に響きわたる。同時に伽羅の香りが妙に鼻の奥にまとわりついてきたことを覚えている。

「お前に巳八子をやるわけにはいかん。帰れ」

「秀全様、どうしてですか。私は巳八子様を愛しています。巳八子様と一緒になり、巳八子様を引き立て、必ずや輝龍家の、そして卑埜忌村の更なる隆盛に貢献させていただくことをお約束いたします」

 啓一は畳に手をつきながら、頬を紅潮させてすがるように訴えた。

「お父様、私からもお願いです。私は神島に産み落とされて以来、今までお父様に何不自由なく育てていただきました。とても感謝しております。これからは啓一さんと一緒になって、神の子として恥ずかしくないようお父様に、そして輝龍家に恩返しをさせていただくつもりです。どうか二人の結婚をお認め下さい」

 巳八子も体を前に乗り出して懇願する。拝殿に沈黙が流れた。

「くっ、くっ、くっ」

 突然、秀全の漏らした不気味な嗤い声が拝殿に響きわたった。それは聞く者の魂を唾棄するような不快な嗤い声だった。その声に驚いて二人は思わず顔を見上げた。醜く表情を歪ませて嘲嗤う老人の顔が眼前にあった。秀全は侮蔑の色を瞳に浮かべながら嗤い続けた。

「くっ、くっ、くっ」

 耳の奥に絡みつく、生理的嫌悪感を誘う醜悪な声が響き続けた。

「な、何がおかしいのですか」

 堪らなくなって啓一が叫ぶと秀全は耳障りな嗤い声を鎮め、代わりにこの上なく冷淡な視線を二人に注いだ。

「巳八子よ、お前は神の子などではない。あれは村の者の信仰心を惹起するために、わしが作ったただの絵空事じゃ」

 秀全の顔が更に醜く歪んだ。

「お前の本当の出生の秘密を教えてやろうか」

 巳八子はその瞬間、長年父の顔の裏に隠されていた本性を垣間見た気がした。同時に強い吐き気が胸の奥からこみ上げてくる。

「お前の本当の母親は葦原千代、お前の隣にいる男の母親だ。夫を亡くして困窮していた千代をわしが分社で囲ってやったのじゃ。あれは口の堅い、都合の良い女だった。わしとのことは誰にも漏らしていないはずだから、村の者は誰も知らないだろう。皆、無邪気にお前を神の子と信じておる。しかし、お前は神の子なんかではない。わしと不倫相手の女との間に出来たただの不義の子じゃ。お前まで自分を本当に神の子だと信じているとは笑止千万」

 淀んだ伽羅の香りに眩暈を覚えた。秀全の声が遠のき、目の前が暗くなっていく。何かが自分の中で壊れていくのが分かった。自分を支えていた誇り、アイデンティティ、そのようなもの。

「嘘だ」

 隣で叫ぶ啓一の声がはるか遠くから聞こえる気がした。

「嘘ではない。お前はまだ小さかったから覚えていないだろうが、わしが分社を訪れる日、千代はいつもお前を事前に隣の部屋に寝かしつけていたものじゃ。自分のあげる声を聞かせたくなかったのだろう。あれは声が大きかったからな。しかし声は抑えながらも、随分と腰は使っていたものじゃ、くっ、くっ、くっ」

「やめろ」

 啓一が言葉にならない咆哮をあげながら秀全に掴みかかっていく。しかし秀全は年齢を思わせない俊敏さで啓一の突撃をかわすと、逆に啓一の体の上に馬乗りになり、恐ろしい力でその首を絞め始めた。

「わしに歯向かってくるとは身の程知らずめ。思い知らせてくれるわ」

 啓一のこめかみに幾本もの血管が浮かび上がり、虚空を見つめるその瞳はみるみる充血していく。苦悶に歪んだ啓一の口から濁った唾液が溢れ始めた。このままでは私の大切な男が壊されてしまう。

 気がつくと猛々しい伽羅の香りに包まれて薄暗い本殿の中にいた。奥の飾り棚に安置されている一振りの刀剣が目に入る。鮮やかな赤い漆塗りの鞘に描かれた螺鈿の龍が、妖しい光を放っていた。その緑碧色の瞳が試すような視線を巳八子に向けている。お前にその覚悟はあるのかと。愛する男を助けなければ。巳八子の頭の中にはそれしかなかった。巳八子が鞘を掴み柄に手をかけると、感電したかのような衝撃が全身を走る。体中の血管が激しく脈打つ。構わず柄を一気に引き抜くと、眩い白銀色に輝く鋭利な抜き身が現れた。その刀身が放つ光で薄暗い本殿の中が青白く照らし出されると、奥の暗闇から巳八子を凝視する八津神様の顔が浮かび上がった。一瞬すくんだように立ち尽くしたあと、巳八子は刀身に導かれるように拝殿に駆け戻った。眼前には啓一の上に覆いかぶさる秀全の逞しい背中があった。無我夢中で刀剣を振り上げ、その背中目がけて力一杯振り下ろした。刀身はまるで自らが意志を持っているかのように、巳八子の力を遥かに超える勢いで秀全の背骨を打ち砕いた。刀剣を持つ右腕に激しい衝撃が走る。同時に秀全の絶叫が拝殿に轟いた。秀全は獣のような唸り声を上げながら畳の上をのたうち回ると、高欄から中庭に転げ落ちた。白い上衣の背中の部分がみるみる濃紅に染まっていく。秀全はしばらく四つん這いの姿でもがいていたかと思うと、苦悶の表情で拝殿を振り返った。その瞳には今まで見せたことのない色が浮かんでいる。それは怯えだった。その怯えた瞳は巳八子の掲げる刀身に向けられている。刀身を持つ巳八子の右腕が何者かに導かれるようにゆっくりと天に向かって動く。

「や、やめてくれ」

 今まで一度も聞いたことのないような、秀全の弱々しい声が境内に響く。刀身が天に向けられると、突然、空が割れるように轟き閃光が走った。そして弾けるような激しい稲妻が秀全の体を貫いた。眼前でさく裂したすさまじい光に目がくらみ、しばらくは何も見えなかった。やがて我に返ると、中庭には黒焦げとなった老人の亡骸が転がっていた。その光景は忘れたくても深く脳裏に焼き付き、その後幾度となく夢の中で再現されることになる。

 秀全の遺体は啓一が二本松の下に埋めてくれた。ただ、秀全が雷に打たれて死んだということを公表するわけにはいかなかった。輝龍家の当主が八津神様の怒りに触れたと村人に思われては、輝龍家の威信に影響するからだ。結局、秀全は神隠しに遭ったということが村人の間では通説となっていく。

 啓一が自分の異父兄妹だということが分かった今、気持ちを切り替える必要があった。啓一への思慕の念を断ち切るため、その年初潮を迎えた恵美子という少女と啓一との婚約を取り決めた。自分は誇りある輝龍の血を引く者として、輝龍家の当主と尾呂血神社の宮司職を全うすることに専念すると八津神様に誓った。幸い村人は自分を神の子として崇めてくれている。秀全亡き後も自分が卑埜忌村の精神的支柱となれるだろう。しかし啓一への想いはその後も種火のように心の奥底に燻り続けることになる。本来なら一緒になって愛し合えたはずの男と血がつながってしまっているという事実に、巳八子は狂おしい程に苦しんだ。啓一の匂い、温もり、肌触りが何度も脳裏に蘇る。そして啓一の腕が、唇が、他の女の体に触れているかと思うと、胸が張り裂ける思いだった。結局その種火は消えることなく、ある日ついに秘密の坑道の存在を啓一に教えてしまうことになる。啓一は結婚後も坑道を使って頻繁に巳八子に会いに来てくれた。お互い肌を接することは堅く律していたが、その反動で心は今まで以上に深くつながっていくのが分かった。宮司として村人の様々な悩みやもめ事を差配していく巳八子を、啓一は陰から献身的に支えてくれた。その啓一が逮捕されたということを先ほど知った。そして、いつぞやの皇宮警察官が再び訪ねてくるらしい。見かけによらずあの男は油断ならない。気を確かに持たなければ。自分は輝龍家の血を引く人間だ。巳八子は気持ちを鎮めるため、龍笛に手を伸ばした。


 大輔と正一が薄暗い森の中を進むと、やがて前方に煌々とした灯りが見えてきた。そして濃密な伽羅の香りとともに龍笛の調べが流れてくる。すっかり雪に覆われた境内に足を踏み入れると、灯籠と雪洞の灯りによって幻想的に照らし出された社殿が浮かび上がる。正面の向拝に彫られた龍の瞳にはめ込まれた緑碧石が、妖しく輝きながら二人を見下ろしている。天井付近にかすかに霧の漂う拝殿の奥には、龍笛を一心に奏でる巳八子の姿があった。傍らに置かれた雪洞の揺れる灯りが巳八子の蒼白の顔に深い陰影を刻んでいる。

 やがて笛の音がピタリと止んだ。巳八子の黒い瞳がゆっくりと二人に注がれる。凪の湖面のような静かな瞳だ。大輔と正一は軽く黙礼をして拝殿に上がり、巳八子と相対した。巳八子は今日も本殿の入り口を守るかのように御簾を背に座っている。そして巳八子の背後からは伽羅の香りが迫ってくる。前回訪れた時と比べて今日の香気にはどこか猛々しい雑味が感じられた。しばらく沈黙が流れた後、正一が口火を切った。

「火之木国風土記の写本に目を通すことができました」

 正一の良く通る声が拝殿に響き渡る。正一は一切どもっていなかった。背筋をピンと伸ばし、まっすぐに正面を見据えている。巳八子の切れ長の瞳が一瞬、ギラリと光り正一を捉えた。

「八津神様とは古代の火之木国を統治していた輝龍家のご先祖様のことだったのですね」

 巳八子はしばらく正一を睨んでいたかと思うと、ふっと息を吐きながら口元に軽い笑みを浮かべた。

「おっしゃるとおり、尾呂血神社は大和族の卑劣な仕業によって滅ぼされた輝龍家のご先祖様をお祀りしています」

 正一は巳八子の言葉に頷くと、意外な言葉を発した。

「そして村人を縛り律する様々な風習は、火之木国の人々の血を純粋なまま受け継いでいくためのものなのですね」

 巳八子の口元に貼りついていた笑みがかすかに歪む。

「どうしてそのようなことを?」

「卑埜忌村は昔から隣村とは交流を絶って自給自足をしてきました。村人は村内で一生を過ごすことを求められ、結婚相手は近親相関を防ぐために村人の中から血の遠い者同士を縁組みさせながら決めている。また、村を出たり村人以外の者と一緒になろうとする者を厳しく罰する村八分の仕組み。そして村人を縛る八津神様への強い信仰。全ては他村との交流を絶って卑埜忌村の人々の血を純粋なまま保ち続けようとするためとしか思えません。しかし、一体なぜ、そうまでして村の純血を守る必要があるのでしょうか」

 巳八子はその切れ長の瞳を横に逸らし、しばらく境内に舞い落ちる雪を眺めていた。檜の高木から雪の塊りが落ちる音が静かに響く。やがてゆっくりとその視線を正一に戻した。

「あなたは今の大和の治世がこの先も永遠に続くと思いますか」

 一瞬、巳八子が何を言っているのか分からなかった。

「力のある者、うまく立ち回った者、他人を顧みない者たちだけが果実を手にする今の世の中のことです。弱い者や心優しい者たちをないがしろにしながら、一部の者たちだけが光を享受するいびつな社会。このような不条理がいつまでも続くわけはありません。そして目先の利益のために自然環境を犠牲にし、化学物質にまみれたものを口にし、いつの間にか自分たちの生存すら脅かしていることに気づかない愚かな人々。暴走するネット空間を管理できると過信する浅はかな為政者たち。大和の傲慢な姿勢はあの時から同じです」

 先程まで蒼白だった巳八子の頬が、かすかに紅潮し始める。

「三世紀に大和族が勃興してきた時、本来ならより高度な文化と精神性を持っていた火之木国が新興の大和を鎮め国土を統一し、自らが先頭に立って安らかな日本を築くべきだったのです。しかし当時の火之木国はその力があったにもかかわらず、自分たちの領国を広げて覇権を握ることを選択しませんでした。これは狭義の平和主義と言ってもいいでしょう。しかしこのような生ぬるい平和主義では野心のある横暴な国を抑えることはできませんでした。その結果火之木国は大和の増長を許し、大和の卑劣な仕打ちによって滅ぼされたのです。元々、この地は良質な檜が豊富に産出されることから火之木国と呼ばれていました。檜が古代より神を呼び出す火起こしに使われる尊い樹木として火之木と呼ばれていたからです。この誇り高き火之木という地名も、大和によって卑埜忌という賤しい表記に変えられてしまいました。そして火之木国の人々はまつろわぬ者として醜い怪物とされ、歴史の彼方に葬り去られたのです。それ以来我々は千数百年もの間、この地でひっそりと暮らしてきました。決して大和と交わらぬよう、火之木の血を守り通しながら。いつか大和の治世は終わりを迎えるはずです。天がいつまでも大和の愚行を許すわけがありません。疫病なのか大地震なのか天が大和を滅ぼすとき、大和の穢れた血を引いていない我々が今度こそ新しい安らかな国を作るのです。その日まで火之木の血を守り続ける必要があるのです。これが八津神様のお望みであり、お教えです」

 巳八子は熱を帯びた瞳を見開き、一気にまくし立てた。しかしその内容は大輔には常軌を逸しているとしか思えなかった。隣の正一を見やったが、正一は無表情のまま巳八子を穏やかな瞳でただ見つめている。やがて正一が口を開いた。

「その日が来た時に火之木国の正統な末裔だという証を示す必要があるのですね。つまり、レガリアである剣を取り戻す必要があった」

 巳八子の瞳が再びギラリと光った。相変わらず口元には強張った笑みを浮かべている。

「剣とは一体何のことでしょう」

 巳八子はそう言うと、刺すような視線を正一に浴びせた。その時、正一の胸元で携帯が鳴った。正一は懐から携帯を取り出し、耳に当てしばらく頷いていたかと思うと、

「今からそちらに向かいます」

 と言って携帯を切った。そして大輔に向かって囁いた。

「郷原さんからです。見つかったそうです」


 大輔と正一は巳八子とのやり取りをいったん中断し、郷原のもとへ駆けつけることにした。二本松は鳥居から横道に入って十分ほど歩いた深い森の中にあった。二本の松の大木がお互いに絡みつくように繁茂し、広く水平に伸びた枝は大量に積もった雪の重みでたわんでいる。傍らにはスコップを持った郷原が、白い息を吐きながら降りしきる雪の中に佇んでいた。制帽の上に厚い雪を積もらせながらも、首筋からは大量の汗を流している。足元には掘り返された大量の土が黒い塊となって堆積していた。

 郷原は二人に気づくと、掘り起こした地面を無言で指さした。一メートルほど掘られた地中には、まだ朽ち果てた衣服が部分的にからみついている白骨死体がうつ伏せの状態で横たわっていた。その大きさからかなりの背丈があった人物だということが容易に推測された。頭蓋骨にはまだわずかに頭髪が付着しており、不自然に反りかえった指先には黒ずんだ爪の破片が残っているのが見えた。そして、背骨から肋骨にかけて残る無残な刀傷。

「俺は刃傷沙汰で殺られたやくざの死体を随分と見てきたが、ここまで見事な切り口が骨に残っている刀筋を見たのは初めてだ」

 郷原が感心したように呟いた。

「す、す、すぐに、け、け、県警の鑑識に来てもらいましょう。お、お、恐らく秀全の遺体に間違いないでしょう」

 郷原が遺骸の上にビニールシートをかぶせた。雪が全てを覆い尽くしていく。音もなく降りしきる雪の中、三人は無言で合掌した。


 尾呂血神社に戻る道すがら、再び正一の携帯が音をたてた。正一はしばらく携帯に頷いていたかと思うと、

「わかりました」

 と呟いて通話を切った。そして大輔を振り返る。

「啓一の指紋がコップに残されていたものと一致しました。月影国光の鍛刀場に剣を持ち込んだのは、葦原啓一だったということです」

 これで全てのピースがつながった。秀全が終戦のどさくさに紛れて奪い取った剣に、何らかの理由で修復の必要性が生じたのだろう。もしかしたら啓一が秀全を殺害するときに使って刃こぼれを起こしたのかもしれない。しかし、輝龍家当主しか入ることが許されていない本殿に安置されている剣に啓一がアクセスできていたとすると、やはり啓一と巳八子はただならぬ関係だったということなのだろうか。いずれにせよ、あとは本殿に立ち入って剣を確認するだけだ。

「大輔さん、僕は本殿に立ち入ることはやめようかと考えています」

 正一が大輔の心の内の声に答えるように呟いた。

「えっ、どうして。せっかく令状も用意しているのに」

 暗い森の中に佇む正一の顔を見つめた。

「火之木国風土記の写本を読んで以来、ずっと考えていました。剣は本来、誰のものなのかと。確かに僕は皇宮警察に属する者として、剣を取り戻すという責任ある任務を担っています。宮内庁に保存されていた昭和天皇実録書簡の中で、昭和二十年に起きた剣の水無神社への一時的移管の事実を偶然発見して以来、細い糸を手繰り寄せるようにようやくここまでやってきました。あとは尾呂血神社の本殿に立ち入って最後の確認をするだけです。恐らく、剣はそこにあるはずです。ただ、僕には火之木の人々から剣を奪い取ることはどうしてもできません。剣は本来、彼らのものだからです」

 正一のまっすぐな瞳が大輔を捉えた。

「それから」

 正一はそう言うとしばらく自分の心の中から次の言葉を探しだしているようだった。

「それから、恐らく本殿の中には剣の他に、彼らが千数百年にわたり大切に守ってきた何かがあるはずです。八津神様として祀られている何かが。僕のようなよそ者が彼らの神聖な領域に足を踏み入れ、それを覗き見ることはいくら令状があったとしても許されることではありません。先ほど、輝龍巳八子が語っていた話はどこかハルマゲドン信仰のようにカルト的でにわかには受け入れがたいものでしたが、だからといって彼らの大切にしてきたものを踏みにじるようなことはできません。僕は本殿に立ち入ることはやめるつもりです」

 正一の言っていることは大輔にも理解ができた。ただ、皇宮警察の中での正一の立場はどうなるのだろうか。

「皇宮警察本部にはどう報告するつもりなの」

 正一は自嘲的な笑みを口元に浮かべた。

「探していた剣は尾呂血神社にはなかったということにします。元々今回の捜査は僕の個人的な仮説に基づいて動いていたものです。僕が捜査終了と判断すればそれで捜査は終わります。誰も、陛下ですら熱田神宮に奉安されている剣の櫃を開けることができないのですから、これからも剣は櫃の中にあり続けるということです。誰も困りません。皆が櫃の中の剣の存在を信じていれば、剣は永遠にそこにあり続けることになるのです」

 正一はそこで一呼吸置くと、吹っ切れたような表情を見せた。

「もし、このことによって責任を追及されるようなことになったら、その時は潔く職を辞します」

 強い決意を浮かべたまっすぐな瞳が大輔に向けられた。


 大輔と正一が中座した後も、巳八子は御簾の前に座ったままだった。虚ろな瞳で境内を舞う雪をただ眺めている。背後から忍び寄ってくる伽羅の香気は更に野蛮な趣を増していた。啓一のこと、秀全のこと、剣のこと、そして八津神様、様々な想いが猛々しい香気に煽られるように巳八子の胸中に激しくのしかかってくる。思考がうまく整理できなかった。

 どのくらい、そうしていただろうか。突然、拝殿の隅で人影が動いていることに気づく。骨のような体に粗末な着物を纏った老婆が、ぱさぱさに乱れた髪の間から暗い瞳で巳八子をじっと見つめている。鈴ばあだった。巳八子は嫌悪感を帯びた視線を老婆に向けた。

「お前は村を裏切った者、何故お前がここに。舟もないのにどうやって。ここはお前のような穢れた者が来るところではない」

 巳八子からの激しい罵声を受けても老婆は全く動じる様子を見せず、ただ黙って巳八子を見つめている。

「お前、まさか坑道を通って」

「わしの庵はススキ原にあるのでのう。昨夜の騒がしい捜索騒ぎで、坑道の存在を知ったのじゃ」

 哀しさと慈しみの混濁した瞳が巳八子を正面から捉える。その瞳に見据えられ、何かが巳八子の心を激しく揺さぶった。それは胸を締めつけるような不思議な情動だった。巳八子は自分の動揺を振り払うかのように、思わず声を張り上げた。

「何の用があってここに」

 老婆が静かに畳の上をにじり寄ってくる。気がつくと染みだらけの顔が目の前にあった。その瞳は拮抗する対極の感情をたたえながら巳八子を見つめている。諦観と執念、慈悲と憎悪、そして逡巡と覚悟。巳八子は老婆の瞳に耐えられなくなり、思わず視線を畳に逸らした。

「巳八子様、いや、巳八子よ」

 しゃがれた声が耳元で響く。

「この歳になると昔をよく思い出す。四十年ほど前、愛する男を追って村を飛び出し、今では考えられぬ幸せな日々を送っていたことを。しかし、秀全の執拗な追及によってその短い日々は儚くも失われた。愛した男は去り、わしは村に戻った。そして八津神様の教えを破った咎を受け黒い手紙を受ける日々。以来、女を捨て畜生と同等の生活を送ってきた。しかし、今となってはそんなことはもうどうでもよい。わしも長くはないようじゃ。ただ、死ぬ前にどうしてもお前に伝えておきたいことがあるでのう」

 老婆はそこで言葉を切ると、枯れ枝のような腕を巳八子の肩に伸ばしてきた。身をよじって避けようとしたが、何故か体が言うことを聞かない。皺だらけの骨ばった指が肩に触れた瞬間、巳八子の体がビクンと反応する。嫌悪感とは異なる妙な感情が湧き上がる。

「巳八子よ、こっちを見なさい」

 老婆の声には有無を言わせない迫力があった。巳八子が思わず視線を老婆に戻すと、包み込むような瞳が巳八子を捉えた。何かが胸の奥深くで熱く共鳴しはじめていた。

「お前はわしの子じゃ。わしと内村健二との間に出来た子じゃ」

「な、何を馬鹿なことを」

 全身の血が一気に心臓に逆流し、胸が激しく脈打つ。口が渇き、言葉が続かない。

「まあ、聞け」

 老婆はえぐるような視線で巳八子を捉えたまま静かに語りだした。


「これも全てお前のせいだ。お前は疫病神以外の何ものでもない」

 どこの学校からも採用の声がかからなくなって自暴自棄になっていた内村健二の容赦ない罵声が狭いアパートの室内に響く。かつてあれほど恋焦がれた男の端正な顔は、醜く歪んでいた。それが男との最後の会話だった。

 相馬谷鈴が一人村に戻ると、誰も寄ってくる者はいなかった。やがて一通、二通と黒い手紙が届き始める。山での仕事を生き甲斐としてきた父は木こり組合を除名され、腑抜けのような状態で床に伏している。そんな中、幼馴染の千代だけは変わらずに接してくれた。ただ、千代も悩みを抱えていた。夫を事故で亡くした後、秀全に手籠めにされ、その結果秀全の子を身籠っていたのだ。村では婚外交渉は決して許されないことであり、夫以外の子を産むことなど考えられなかった。相手が輝龍家当主の秀全だと訴えたところで誰が信じてくれよう。神島にいるはずの秀全が夜、自分の寝室に頻繁に現れるなど、ただの寝言として聞き流されるだけだろう。千代ですら何故秀全が舟も使わずに現れることができるのか、見当もつかなかった。結局はどこかの素性の知れない男との情事の末に妊娠した不埒な後家として村人から排斥されることになるのは明らかだった。

 鈴は千代から秀全の子を宿したらしいと打ち明けられた数日後、自分の体にも異変を感じた。微熱が続き頻繁に吐き気を催す。やがて典型的なつわり症状が現れ始める。妊娠しているのは明らかだった。相手は内村健二しか考えられない。自分を捨てた男の子を産むべきか、村八分の自分が育てることはできるのだろうか。鈴は悩み続けたが、答えが出ぬうちに臨月を迎えることになる。そしてある月のない晩、ついに産気を催す。一人でお産を迎えるのが不安で、朦朧とした意識の中よろよろと分社の社務所に千代を訪ねた。明かりの消えた部屋に入ると隅の暗がりでは千代が静かに寝ていた。傍らには洗面器が置かれ、産み落とされたばかりの赤子がタオルにくるまれている。千代も一足早く一人でお産を迎えたのだろう。ただ、その赤子は不自然なほど静かだった。よく見ると息をしていない。死産だったのだろう。哀れなことよ。千代に声をかけようと布団に手をかけたが、そこにも温もりはなかった。千代も息をしていなかった。空になった睡眠薬の小瓶が枕元に散乱しているのが目に入る。千代は全ての苦悩から解放されたように、安らかな顔をしていた。

 突然、今まで経験したことのない激しい感情が鈴の体の奥底から湧き上がってくる。触れると火傷をしそうなほど熱く、それでいて鉛のようにどろどろとした陰鬱な感情。その感情の正体は怒りだった。秀全に対する激しい怒りだ。自分の愛する男を奪い、自分を村八分に陥れ、自分の唯一の友である千代を蹂躙した男。怒りの感情は炎のように鈴の全身を貫いた。同時に激しい陣痛が襲ってくる。燃えるような怒りに苛まされる中、暗い室内で鈴は女の子を産み落とした。下腹部の痛みが急速に引いていくとともに、赤子の不安げな泣き声が室内に弱々しく響く。鈴は我が子の顔を見つめながら、ふいにある計画を思い立つ。そうだ、秀全に、輝龍家に、そして村に復讐をしてやろう。

 鈴は泣き続ける赤子を二体の遺体が横たわる暗い室内に残したまま、月のない夜道を桟橋目指して歩いた。桟橋脇の小屋に寝ていた重男を起こす。重男は何かと世話をしてくれた鈴によく懐いていた。重男は鈴の頼み事に静かに耳を傾け、やがてコクリと頷いた。重男を連れて再び夜道を分社に戻る。重男は十三歳になっており、その身長は既に六尺を超えていた。重男は冷たくなった千代の体を軽々と抱えると、無言で来た道を戻っていく。鈴は洗面器の中の冷たい赤子からタオルをはぎ取ると、自分の産み落とした赤子を包み込んだ。そして自分の子を左腕に、千代の子を右腕に抱え、重男の後を追った。漆黒の闇があたりを包み込む中、鈴は一匹の鬼と化していた。桟橋に着くと、既に千代の体は舟の上に移されていた。重男は鈴から二体の赤子を受け取り、そっと千代の隣に寝かせた。一人は息をしておりもう一人は息をしていない。そして桟橋で亡霊のように佇む鈴を顧みることもなく、真っ暗な湖の上を神島に向かって静かに漕ぎ出ていく。重男は鈴に言われたことを忠実に実行した。まずは沖合で千代の産み落とした赤子の亡骸を湖に沈めた。それから神島に上陸し鳥居の下に千代の遺体を横たえ、その傍らにタオルにくるまれた鈴の赤子を置いたのだった。赤子はよく眠っていた。

 秀全は翌朝赤子を発見し、どうするだろうか。一か八かの賭けだった。千代の死体の隣に新生児を発見すれば、当然、千代が産み落とした子だと思うはずだ。千代が秀全の子を産み、重男に舟を出させて神島に渡ってきたと。そして自分は絶望の末に命を絶ち、我が子を秀全に委ねたと。重男は何を聞かれても一言も口を開かないはずだ。秀全が一人息子の秀胤を忌み嫌っていることは知っていた。自分の後継者にはふさわしくないと。そんな中、不義の子とはいえ自分の血、輝龍家の血が流れている子が目の前に現れたならば、輝龍家の跡取り候補として引き取るのではないだろうか。当然、不義の子として公表するわけにはいかない。ただ、清子が既に子を産める歳でないことは村人皆が知っている。秀全がその子の出現をどう公表するかまでは想像できなかった。

 案の定、秀全は鈴の産み落とした赤子を自分と千代との間に出来た子だと信じて引き取った。ただ、それに関して何も公表はなかった。秀全はその子を巳八子と名付け、幼少時から徹底的な帝王教育を施した。その子は秀全の期待に応え乾いた布が水を吸い込むように、代々輝龍家に伝わる教え、心構え、立ち居振る舞い方の全てを吸収していく。そしていつの間にか神島に産み落とされた神の子として村人から崇められていった。

 鈴は愉快だった。自分と愛する男との将来を奪った秀全が、自分とその男との間に出来た子を己の子と信じて育てていることを。自分を犬畜生のように扱う村人たちが自分の産んだ子を神の子として崇めていることを。やがて秀全が神隠しに遭い巳八子が輝龍家の当主となると、鈴の満足感は最高潮に達した。自分の腹を痛めた子がついに輝龍家当主として卑埜忌村に君臨したのだ。

 しかし、鈴の満足感は長くは続かなかった。巳八子は当主となると、想定していた以上の役割を演じた。卑埜忌村の伝統を忠実に踏襲し、より盤石なものへと強化していったのだ。巳八子はまさに輝龍家、そして卑埜忌村の価値観、風習、しきたりの全てを自らが率先する存在となっていた。つまり外の男を愛して村を飛び出した女を決して許さず生涯にわたって見せしめのように放逐する村人たちのよすがとなっていたのである。鈴は次第に我が娘こそが自分をこのような境遇に追いやった張本人であるとさえ思うようになっていく。巳八子のもとを訪れて言ってやりたかった。お前は高貴な輝龍家の当主のつもりでいるが、実際は穢れた鈴ばあの一人娘なのだと。しかし一方で、血を分けた娘の幸福を願うもう一人の自分がいた。何も知らないまま輝龍家の当主として生きていって欲しいと願った。この両極の感情が何年も鈴の胸中を振り子のように行き来していたのだった。しかし昨夜神島につながる坑道の存在を知った時、もはや自分を制することはできなかった。娘に会ってどのような感情をぶつけたいのか自分でも分らぬまま、夢中で暗い坑道を進んだ。


 鈴は全てを語り終えると、ようやく自分の求めていたことが分かった。巳八子に、我が娘に母さんと呼んでほしかった、愛していると言ってほしかったのだ。

 巳八子は目を逸らすこともできず、引き込まれるように鈴の話に聞き入っていた。頭ではそんなことはありえないと否定しながらも、老婆の注ぐ眼差しに、胸の奥にまで届くその声に、自分の体を流れる血が共鳴していることは明らかだった。今までに経験したことのない不思議な感情が奔流のように押し寄せてくる。温かく懐かしい匂いが鼻の奥をついた。目頭が熱を帯びてくる。

「巳八子よ、母さんと呼んでおくれ」

 かさかさとした手が巳八子の手に触れた。老婆の温もりが、小刻みに打つ脈拍と共に伝わってくるのが分かった。その温もりは巳八子の血流に溶け込み全身を駆け巡る。老婆の求めるその言葉が喉まで出かかった。

 その時、啓一の端正な顔が頭に浮かんだ。一緒にはなれなかったが、片時も忘れたことのない大切な男。異父兄妹だと信じて無理やり抑えつけてきた激しい情火。身を切り刻むような思いで恵美子と縁組みさせたときの苦悩。しかし、自分に千代の血が流れていないのなら啓一と一緒になれていたはずだ。秀全も反対はしなかっただろう。そして夢にまで描いていた二人の生活は現実のものとなっていたはずだ。何という錯誤、何というすれ違い。しかし今となっては全てが手遅れだった。絶望の黒い波が巳八子の全身を駆け巡る。

 気がつくと、破滅的な臭みを帯びた伽羅の香りが周囲に充満していた。何かが堰を切った。処理しきれない量の感情が溢れ出て、巳八子の精神を圧倒する。フィルターをかけられたように視界の解像度が劣化していく。肉体が自分のものではないような違和感に襲われる。巳八子は老婆の手を振りほどくと、ふらふらと立ち上がった。足元で老婆が何かを叫んでいたが、もう何も耳に届かなかった。気がつくと、むせかえるような伽羅の香りに包まれて薄暗い本殿の中に佇んでいた。獰猛ともいえる荒々しい香気。八津神様、私は…


 大輔と正一が尾呂血神社に戻ると、高欄にもたれかかる老婆の姿が目に入った。老婆は魂を抜かれたように力なく全身を欄干の柱に預けたまま、微動だにしない。

「鈴ばあ、何故あなたがここに」

 駆け寄った大輔が声をかけるが返事はない。その顔を覗き込むと、虚ろな表情の老婆と目が合った。しかし、その瞳は既に何も映しだしていなかった。

 拝殿上に巳八子の姿はなかった。奥の御簾がめくられ、その向こうの木戸が僅かに開いているのが見える。本殿に続く扉だ。巳八子は本殿にいるのだろうか。大輔は正一と一瞬目を合わすと、拝殿に上がり御簾をくぐった。眼前には本殿に続く扉。僅かに開いた隙間からは弱々しい光が漏れ、濃密な伽羅の香りが流れてくる。

「巳八子さん、中にいるのですか」

 大輔が声をかけたが返事はない。大輔は再び正一を見やった。正一はしばらく大輔を見つめていたが、やがて決心したように首を縦に振った。大輔は木の取っ手をそっと押してみた。扉は音もなく奥へと開く。同時に扉の向こうからむせかえるような香気が勢いよく流れ出てくる。薄暗い室内に一歩踏み出すと、息苦しいほどの伽羅の香りに包まれた。狭い部屋の中央には猫足型の脚部を持つ巨大な石の香炉が置かれ、白い灰の中で黒い香木の塊が燻されており、部屋中にその香りを充満させている。薄闇に目が慣れるまでしばらく時間が必要だった。やがて右の壁際に設置された檜の台座が視界に現れる。その上には擦り切れた一冊の古文書が置かれている。麻ひもで綴じられた表紙に踊る墨文字。顔を近づけよく見ると、いくつかの文字は大輔にも判読することができた。火、国。

「火之木国風土記の原本ではないでしょうか」

 隣で正一が興奮気味に囁いた。

 次第に目が慣れてくる。不意に正面奥の暗がりから強烈な気を発している何者かの存在に気づいた。全身に圧力を感じるほどのすさまじいオーラが押し寄せてくる。そちらに顔を向けてみた途端、恐ろしい形相が目に飛び込んできた。何者かが憤怒の表情でこちらを睨みつけているのだ。声にならない悲鳴を上げ思わず後ずさりをした。身構えながら再びそちらを見やると、何とも異様な光景が飛び込んできた。古代戦士の鉄兜をかぶった八つの生首がこちらを睨んでいるのだ。そしてどの顔も目を見開き、歯を剥き、表情を歪めながら激しい感情をほとばしらせている。憤怒、苦悶、怨恨、無念、慟哭。こちらの胸の奥を一気に貫くような激情が襲ってくる。八つの生首はそれぞれ檜の神棚に安置されていた。表面の皮膚はカサカサに乾いて黒檀色に沈んでいる。甲冑などに付属している面頬などではない。それはミイラ化した実際の人間の皮膚そのものであった。特筆すべきは、眼球までもが眼窩の中にしっかり残っていることだった。そして黒く血走り全体に灰汁色に変色した眼球は、己の命が途絶える最期の瞬間に刻み付けた激しい感情をそのまま封じ込めた状態でミイラ化していた。千数百年にわたって絶えることのなかった情念が容赦なく大輔たちに襲いかかる。

「八津神様」

 正一が呟く声が聞こえた。これが尾呂血神社のご神体だった。須佐之男の奸計によって無残な最期を遂げた輝龍家の八人。その時の無念さ、悔しさを後世にまで刻み込むため、巳八比売が八人の生首を回収して安置したのだろう。

「驚いたな、三世紀の遺体がよくこの状態で残っていたものだ」

「恐らく本殿の中では絶え間なく香木が焚かれ続けていたのでしょう。食品を保存するときに使う燻煙と同じ効果があったのではないでしょうか。漂う香気が人体のタンパク質と結合することで強い皮膜を作って雑菌の侵入を防ぎ、乾燥が進むことにより水分量が減り、微生物の繁殖による腐食を防ぐ効果があったと推測されます。香木を絶やさずに焚き続けることは歴代の尾呂血神社宮司に課せられた大切な責務の一つだったのでしょう。」

 大輔は八つの生首を再度一瞥すると、手を合わせ深く頭を下げた。顔を上げると、八つの神棚の手前に飾り棚のようなものが置かれていることに気づく。台座からは二本の支えが上に伸びている。それは剣を飾る刀剣台だった。しかしその上には何も飾られていない。

「正一君、巳八子が刀剣を持ち出したのではないだろうか」

「大輔さん、後を追いましょう」

 二人は踵を返すと拝殿を全力で駆け抜けた。高欄を飛び越え、深く雪が積もった境内に勢いよく飛び降りる。純白の雪の上には郷原の真新しい足跡が桟橋方面に向かって続いていた。

「大輔さん、桟橋です。急ぎましょう」

 正一は降りしきる雪の中を全速力で走り出した。大輔もその後を追う。雪面を照らす灯篭のほのかな灯りだけが頼りなく行く手を照らしている。頬を切るような強い風が雪を舞い上がらせている。正面から目に飛び込んでくる雪粒を手で拭いながら構わず走った。時折、上空でゴロゴロと雷の音が鳴り響く。鳥居をくぐり、桟橋に向かう参道を一気に駆け下りる。

 やがて前方に桟橋の灯りが見えてきた。桟橋からはまさに一艘の舟が漕ぎ出されていくところだった。横殴りの大粒の雪が舞う中、舟尾に立ち櫂を操る重男の姿があった。その向こうには巳八子の緋色の羽織が見え隠れしている。強い風が湖面を荒々しく揺らしている。舟は風を受け、大きく左右に揺れながら湖面を進んでいく。桟橋の手前では郷原が片膝をついて舟に向かって拳銃を構えていた。

「やめろ」

 正一が叫ぶのと拳銃が火を吹くのとは同時だった。下腹に響くような重たい発射音が湖面に響き渡った。重男の体が大きくぐらつく。弾は重男の右肩に命中したようだ。重男は一瞬、膝をついたが再び立ち上がると、今度は左腕一本で櫂を漕ぎはじめた。巳八子は舟の中央に座り不動のまま前方を見つめている。再び空全体がゴロゴロと轟く。荒れる湖面を舟は沖に向かってゆらゆらと進んでいく。郷原は膝をついたまま、次の一発の狙いを定め直していた。郷原の指が再び引き金にかかった時、ようやく追いついた正一が後ろから飛びかかった。二人はもつれながら勢いよく雪の上を転がった。


 大輔は今でもその時に見た光景を忘れることができない。激しく降る雪、身を切るような風、轟く雷雲、荒れる湖面、沖合で木の葉のように揺れる舟。やがて巳八子が振り返り舟尾に向けて右手を制すると、重男が櫂を漕ぐ手を止めた。それから巳八子はおもむろに立ち上がった。強い風が巳八子の羽織を激しくはためかせる。その左手には鮮やかな朱色の鞘に納められた刀剣が握られていた。一瞬、巳八子の切れ長の瞳が桟橋に向けられる。口元がかすかに動くのが分かったが、風にかき消されて何を言っているのかは聞こえない。恐らく、大輔たちにではなくその背後の尾呂血神社に向けたものだったのだろう。たたきつける雪風の中、長い黒髪が狂った生き物のように激しくうねっている。重男は舟尾でひざまずいたまま巳八子を崇めるように見上げている。やがて巳八子はその視線を空に向けた。そして右手を柄にかけると一気に刀を抜いた。電光を帯びたように妖しく輝く青白い刀身が現れる。反りのない直刀。巳八子の体も帯電したように暗い湖上でうっすらと輝きはじめる。再び空が激しく轟く。巳八子はゆっくりと剣を持つ右腕を上げていく。そして空に向かって伸ばしていく。ついに刀身がまっすぐに天を指した。空を見上げる巳八子の瞳が大きく見開かれる。一瞬、風が止み周囲の音が全て消滅する。母さん、と巳八子の口が動いた気がしたが空耳だったのかもしれない。やがてすさまじい轟音と共に銀色に輝く龍がうねりながら空から降りてきた。いや、龍に見えたのは信じられないほどの大きさの稲妻だった。空を二つに割るようにして巨大な稲妻が湖面に向かって飛翔する。稲妻は引き寄せられるように巳八子の掲げる刀身へと向かう。そして刀身が、巳八子が、目もくらむような閃光を発した。あまりの光の強さに思わず大輔は瞳を閉じた。大地を割るような轟音が周囲に鳴り響き、激しく振動する空気が鼓膜を揺らす。再び目を開けた時、既に湖上に舟の姿はなかった。

 程なくして、県警ヘリが神島に戻ってきた。


 翌朝早く、正一は東京へ戻っていった。出がけに玄関で少し言葉を交わした。

「この度のことではお世話になりました。ありがとうございます」

 正一は清々しい表情を見せていた。

「一緒に鳥取市まで県警の車に乗っていくことも可能ですが」

「ありがとう。ただ、僕は帰る前に会っておきたい人がいるので、遠慮しておくよ。それより、これからもたまには会わないか」

 きっとこの先、自分は何度もこの十日間余りの不思議な出来事を振り返ることになるだろう。しかし、決して他人に話すことはないと思う。いや、話すべきではない。正一はこの怪異ともいえる体験を共有した唯一の朋友だ。是非今度は酒でも飲みながらゆっくり語り合いたいと思った。

「もちろんです。こちらこそ、お願いします」

 正一の善良そうな笑顔が眩しかった。

「ところで正一君、湖底の探索は行わないのかい」

 正一は笑みを浮かべたまま大輔を見つめた。

「卑埜忌村の人々が千数百年にわたり亡くなった村人を葬送してきた神聖な湖です。そこに潜るわけにはいかないでしょう。もし潜ったとしても尾呂血湖の水深はかなり深いですので、大変な作業になるはずです。また、湖底にはかなりの藻が繁殖しているようですので、恐らく見つけることは不可能でしょう。それに、刀剣が湖底に沈んだとは限りません」

「えっ、どういうこと」

「もしかすると、輝く龍が天に持ち帰ったのかもしれません」

 正一は悪戯っぽい瞳を大輔に向けると、颯爽と玄関を出ていった。


 大輔が一人で朝食を済ませ、部屋で出発の荷造りをしていると、襖の隙間から覗く小さな瞳と目が合った。

「静香、そんなところから覗いていないでこっちに来たらどうだい」

 手招きをすると、神妙な顔をした静香が部屋に入ってきた。手には藁半紙を持っている。大輔の眼前に座ると、サコッシュにぶら下がったNiziUのキーホルダーが大きく揺れた。静香は軽く息を整えると、おもむろにその藁半紙を大輔の前に差し出した。

「明日、これを学校に提出するつもり」

 それは先日見せてもらった宿題のプリントだった。あなたが将来なりたいお仕事をつぎのなかから選びなさい。その下に列挙された選択肢には、どれにも丸はついていなかった。その代わり、選択肢欄の下の余白に静香の丸っこい手書き文字が並んでいた。


 NiziUのようなアーティストになりたい。


 幼い筆跡だったが、その筆致は力強かった。静香なりに悩んだ末の決断だったのだろう。藁半紙から顔を上げると、大輔を一生懸命に見つめる静香の瞳があった。それは、少女のものとは思えない強い意志をたたえた瞳だった。

「きっと大丈夫だ」

 大輔がそう言って微笑むと、静香は強く唇をかみしめて頷いた。

「静香、この前、東京には何でもあっていいなあって言っただろ」

 まっすぐ大輔を見つめたままコクリと頷くと、おさげ髪が揺れた。

「確かに東京には色々なものがある。でもね、卑埜忌村には東京にはない、卑埜忌村にしかない素晴らしいものがたくさんあるんだよ。静香、いつか君がこの村を出る時が来るまで、是非、卑埜忌村の素晴らしいところを一つ一つ堪能し、心に焼きつけておくんだ。それはきっと君が将来何かの困難に直面した時に、その壁を乗り越える力になってくれるはずだ。だってここは君の生まれ故郷なのだから」

 静香は神妙な顔で大輔を見上げていたかと思うと、再びコクリと頷いた。それから眩しい程の素敵な笑顔を見せてくれた。満開のひまわりが弾けた。

 その時、階下から女将の呼び声が聞こえた。

「舘畑さん、あんたに電話じゃ」

 二階の廊下の受話器をとると、雑音の中から弾けるような美穂の声が聞こえてきた。県警病院からだった。検査の結果、全て異常なしとのことだった。

「ということは、お腹の子も?」

 思わず、聞いてしまった。一瞬、美穂が息を呑む気配が伝わってくる。

「どうしてそれを?」

「恵美子さんに聞いたんだ。お腹の子も無事なのか?」

「…はい、無事でした」

 緊張したような美穂の声が流れてくる。

「美穂、産んでくれるか?」

「産んでもいいの?」

「もちろんだ。僕たち子だ。一緒に育てよう」

 それ以上美穂は声を発しなかった。代わりに受話器からは雑音と共に温かい息づかいだけがいつまでも流れてきた。


 昼前に一階に下り、九泊分の宿代を現金で払った。驚くほどの安さだった。女将は相変わらず憮然とした表情のまま、大輔とはほとんど視線を合わそうとはしない。

 大輔が礼を言って玄関の引き戸に手をかけた時、背後から女将の声が響いた。

「あんた、ちょっと待ちんさい」

 振り向くと、そこには大輔に向けられた女将の強い瞳があった。何か怒っているのだろうか、険しい顔をしている。そして手には茶色い紙袋を抱えている。

「山根さんとこの娘、たしか美穂と言ったな。あの娘、竜二にたいそう良くしてくれたそうじゃのう。これはあの娘に渡してほしい」

 女将はそう言うと、持っていた紙袋を乱暴に大輔に押しつけた。

「前に静香に使ったものじゃが、きれいに洗ってある」

 そう言うと、女将は大輔の返事を待たずにそそくさと奥へ消えてしまった。

 その場に一人立ち尽くしながら、大輔はそっと紙袋を覗いてみた。何やらふかふかした白い木綿の生地が見える。取り出して広げてみると、それは何と赤ちゃん用のおくるみだった。丁寧な縫い跡から、明らかに女将の手作りだということが分かる。一部ほつれた部分も丁寧に補強してあった。思わず、大輔の口元が緩んだ。


 玄関を出ると、いきなり眩しい光に包まれた。青く晴れ渡った空から降り注ぐ陽光が地面に残る雪を白く輝かせている。湖には珍しく霧がなく、藍色に広がる湖面全体がきらきらと光を反射させている。沖合には神島がくっきりと浮かんでいるのが見えた。鬱蒼と茂る樹木の間からかすかに覗く茅葺屋根。あれは尾呂血神社だろう。

 しばらく歩くと、桟橋の辺りから男たちの賑やかな声が聞こえてきた。村の大工たちだった。威勢の良い掛け声を上げながら、山から運んできた大木に鋸を入れたり鉋を当てたりしている。新しい渡し舟を造っているのだろう。

 分社の境内に足を踏み入れると、雪かきをしている秀栄の姿があった。額から流れる汗も気にせず、黙々とスコップを動かしている。

「やあ、また会いましたな」

 横の社務所から現れた秀胤が声をかけてきた。大輔がペコリと頭を下げると、屈託のない笑みが返ってきた。

「この度、尾呂血神社の第八十五代宮司を拝命することとなりました」

「そうですか、ご就任おめでとうございます。秀胤さんならきっと立派な宮司になることでしょう」

 秀胤は口元に笑みを残したまま、柔らかい視線を大輔に向けた。

「立派な宮司になれるかどうかは分かりませんが、私なりに出来ることをするつもりです。卑埜忌村には残すべき大切な伝統や風習も数多くありますが、一方でこの機に変えた方が良いこともあると考えています。二十一世紀のこの時代、いつまでも村を閉じておくことはできません。もう少し外の世界との交流を深め、何が村人たちにとって本当の幸せなのかを模索していくつもりです。きっとそれがこれからの卑埜忌村の為にもなるはずです。それから、」

 秀胤はそこで言葉を切った。しばらく二人の間に沈黙が流れる。

「それから?」

 大輔が先を促す。

「それから、黒い手紙のような風習は断ち切るつもりです。あれは誰も幸せにしませんから」

 深い湖のような淀みのない瞳が大輔を捉えた。

「秀胤さん、前から聞こうと思っていたのですが、生前の山根巌さんに食事を届けていたのは秀胤さんだったのではないですか」

 幾分、含羞の表情を浮かべながら秀胤は白い歯を見せた。

「舘畑さんには、ばれていましたか」

 秀胤はそう言うと、湖の彼方へと視線を移した。

「巌さんは娘思いの良い父親でしたなあ。生前、私には色々とその胸の内を吐露してくれました。美穂さんの大学進学を許してやらなかったことをずっと後悔していたようです。だから美穂さんが村を飛び出したことによって自分に黒い手紙が届くようになったことは自業自得だと言っていました。ただ、こんな思いをするのは自分一人で沢山だと。美穂さんが村に帰ってくると自分と同じ目に遭うことが分かっていたので、敢えて心を鬼にして村から遠ざけるような厳しい手紙を送ったそうです。本人は、美穂さんが東京で活躍することを誰よりも応援していたようです」

「その話は美穂には?」

「もちろん、伝えました。葬儀の夜、皆が帰った後に。美穂さんはあふれる涙を拭いながら、最後には微笑んでくれました」

 大きな目を赤くはらした美穂の顔が頭に浮かんだ。父親との対面は叶わなかったが、せめて父の本当の想いを最後に知ることができてよかった。美穂を長年苦しめていた懊悩が少しは軽減されたことを願わずにはいられなかった。

「秀胤さん、実は今日はお願いがあって参りました」

 秀胤が柔らかな瞳で大輔を見やった。

「神島に山根巌さんの御霊碑を作ってやってもらえないでしょうか」

 きっと秀胤が宮司を務める新しい時代の卑埜忌村だったら、巌氏もそんなに居心地が悪くないのではないか。

「もちろんです。お約束しましょう」

「うわぁっ」

 その時、拝殿の方から悲鳴が聞こえた。二人がそちらを見やると、屋根から落ちてきた雪の塊のなかでもがいている秀栄の姿があった。

「あんな息子ですが、私が宮司になると知り俄然張り切りだしましてなあ。将来、自分が宮司を継ぐという自覚が少しは芽生えてきたのでしょう。まだまだ教え込まなくてはならないことはたくさんありますが」

 秀胤は温かな視線を我が息子に向けながら照れ臭そうに呟いた。

「舘畑さん、是非また卑埜忌村に立ち寄ってください」

「ありがとうございます」

 いつかまた、美穂と卑埜忌村を訪れてみたいと思った。その時は俺たちの子供も一緒だ。三人で巌氏の御霊碑に報告をしよう。俺たちが家族になったことを。それに、美穂だって親友の恵美子さんにも会いたいだろうし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る