第三話 太陽と雪

「うーん、特に変わった様子はありませんねえ」

 賢治はポートマフィア本部が見えるビルの屋上おくじょうで、この頃あましている手足を屈めて下を覗き込み、ぱちぱちと瞬きをしている。

「そ、そうだね……」

 谷崎はというと、賢治に負ぶわれて脳筋型の瞬間移動をさせられ、三半規管に多大な損害を受けたために、しゃがんでいることすらままならない――。

「あ!」

 不意に賢治が声を上げる。

「な、何……」

 谷崎はどうにかして、真っ白の顔を上げる。

 まばらな雲の間から差す太陽光が目の奥を突き刺し、吐き気と頭痛を増幅させる。

 一方、賢治はポートマフィア本部ビルの裏を指差し、谷崎を見てにっこにっこと笑っている。

「芥川さんが戻ってきましたよ!」

「ど、どこ……」

 賢治は田舎の血のせいか、異能力で毛様体筋もうようたいきんすら強化できるせいか異常に視力がいいが、谷崎は屋上のふちから顔を出して携帯用の双眼鏡を覗き込む。

「あ、ほんとだ……」

 ポートマフィア本部に複数ある裏口のうちの一つに、芥川が入ろうとしている。

 相当に機嫌が悪いらしく、その顔は今にも地球を滅亡させそうである。

「敦さんは一緒じゃありませんね」

 谷崎と一緒に再び下を覗き込んでいた賢治が、ちょこんと首をかしげる。

「そうみたい」

 芥川は一人で、手ぶらだ。周囲には部下の姿も無い。

「行きましょう」

 ポートマフィア本部に乗り込むなど、今となっては日常茶飯事である。

「そうだね」

 谷崎は賢治と共に立ち上がる。

 外の空気を吸っていたお陰で、幾分いくぶんか気分は良くなっていた。

「谷崎さん、お願いします」

「うん」

 ――異能力、『細雪』。

 賢治と同様に、谷崎の異能力も成長している。

 今や、雪を降らせた空間の見た目――すなわち光だけではなく、物質すら操ることができる。

 つまり、匂いの物質や、物質である空気が震える音も誤魔化すことができるのだ。液体や固体の物質――水や蛋白質たんぱくしつに関しては難しく、人間の身体からだの存在自体を変えることはできないが、谷崎の異能力のお陰で武装探偵社の隠密ステルス能力は格段に上がっている。

 白い雪が降り始める。

 谷崎と賢治は、外から見ればほぼ完璧な透明人間となる。

「谷崎さん」

 賢治が、にっこにっこと笑って、谷崎に手を差し出している。

「一緒に行きましょう」

 賢治の大きな手が、谷崎の腕をがっちりと掴む。

「ご安心ください。何時もの速さで走ったら谷崎さんがお肉の塊になってしまうことは分かっていますから」

 あらがも無く、谷崎の足が屋上の混凝土コンクリートを離れる。

「いやあああああああああああああああああああああああああ……!」

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