第3話

それまであんなに鮮やかだった色とりどりの光たちが

ふっと姿を消した


ジーと映画の始まる前の音が低く響いた


私は乗り物の中でぼうっとしていた

乗り物の真向かいには

スルスルと白い幕が降りて来た


「これから始まる映像は調書や病院、クリニック

その他の情報源を基にしております」


そんなアナウンスから始まり

ツラツラと法律用語が滑らかに続いた


パッと白い幕に画像が写った


髪の白くなった父の横顔が見えた

その主治医が真向かいに座っていた

その顔には見覚えがあった

頭がカッと熱くなった


突然死の、元凶


何かを説明していた


ポンポンと柔らかな音がして

字幕が現れた


「実はこの心電図はBrugadaを指すものでした」


他に特に説明のないまま画像は続いていった


小さくなった背中から響いてきたような声は

とても硬かった

主治医からの様々な質問に全ていいえと取り付く島もない

どんな説明に対しても

そっぽを向いたままだった



私の見たことのない父の姿だった



「どうだい、元気にしてるか?」

電話をかけている父の姿が次に見えた

その声はいつもと変わらない優しい声だった

受話器の向こうでは職場の喧騒が響いていた


「そうか、お前も忙しいならいいんだ

また今度な」

肩を落としたような父の姿だった



多分、父が電話を掛けた相手は、私だ



再び画像が映し出された


それはふらつきながら歩く父だった

止めたはずの煙草をくゆらしていた

顔は青白く呼吸がおかしい

時々立ち止まっては苦しそうに胸をおさえた



ポンポンという音がまた聞こえた


「なお、この時に主治医に連絡するか

この日の内に緊急治療室へ直行していたら

救命された可能性は・・・」



「嘘だ嘘だ嘘だ!そんなことない!!」

乗り物がひどく揺れた


「それがね、ホントなのよね」


ポンという音も聞こえなかったけれど

眉をしかめた妖精が現れた

はいこれで涙をお拭きなさい

鼻水も出過ぎよあなたとティッシュを手渡された



それから数日後、とアナウンスは続いていた


苦しい、と一言絞り出した父は

居間の絨毯の上に倒れた


周りには、誰も、居なかった


奇妙な呼吸音が響いて

そして一切の動きが停止した

後には不気味な静寂が漂うだけだった



「私がそこに居たら助かっていたかもしれない!

私があの時、体調は大丈夫なのか聞いていたら

父は助かっていたかもしれない!」



それなら、人殺しは、私だ



「うーん

後から振り返ってみたら視力は2.0とかいう格言が

どこかにあるんだけど

これって要は後出しじゃんけんしたら

必ず勝てるってこと」


違う、違う

父はそんなことで死んではならなかった

私がもっとお金を貯めて

また一緒に旅行もしようとした約束も

小さい頃のあの約束もまだ、果たしてない



「エレクトラコンプレックスも

ここまで来ると悲劇よねえ」

そうひとりごちた妖精は続けて言った


「じゃあ聞くけど、

映像のどこを見て

あなたに全責任あるっていうの?

こういうのはスイスチーズモデルっていうのよ知ってる?」


ぴんと指を立てた妖精が続ける


「1つ、あなたの父親が主治医と

もっと上手く連携とれてたら良かった

2つ、医者が専門用語を連発せずに

あなたの父親に分かる用語を使うべきだった

3つ、あなたがあなたの日常だけにかまけていなければ良かった

4つ、煙草をまた吸い始めたのは誰?助けを求めなかったのは誰?

偶にね、あるのよこういう不幸の連鎖」



誰か一人が悪い、ってことじゃないのよね



そう言った妖精の言葉を聞きながら

私は視界が霧で覆われていくのを感じた

言葉がぐるぐると頭の中で回っていた

耳に高音の渦が押し寄せて来た


「あらあらお座りなさいってば」

ホント手がかかるわねこの子と妖精は言った



それは父の声音に、少しだけ似ていた

その声音で残酷な宣告も聞こえた


「それからね、シンデレラさん

もうすぐ12時よ

約束の時間はもうすぐ

それと一緒にこの世界も消えるわ」


小さな光だけだった部屋に

再び、ぽつりぽつりと灯りが灯り始めた

それはまるで明け始めの街にも似ていた


最後にしたいことは、分かっていた


私は霧で始まる乗り物に飛び乗った

またあの薄い霧が立ち込めてきて

父の姿が見えた


「お父さん、ありがとう」


声が震えた


「私のお父さんでいてくれて、ありがとう

色んな約束を守れなくて、ごめんなさい

電話でちゃんと話せなくて、ごめんなさい

それから・・

タバコ、また吸い始めたとか

肝心な時に助けを呼べなかったとか

お父さんもアホだったね!」


父の表情が驚いたようになって

それから何だか困ったような表情に変わった

そして


「幸せにな」


「うん、さよなら」


やっと、言えた



「さあ、お開きの時間よ」

妖精がくるんとピンクのステッキを振ると

私の瞼が段々と重くなってきた


それでも父の姿はまだそこに在ったから

私は瞼が完全に落ちきるまで

にじむ父の姿を見ていた


父は、いつものように微笑んでいた



薄い青色の壁には

開け放した窓から入る太陽の光がきらきらと反射して

何だか眩しかった


あれから、数日


長い悪夢からようやく目覚めた気がした



まだ生きていたい

父を覚えている人がいなくなったら

また父がいなくなってしまうようだったし

生前の父ではなかったけれど

何より突然居なくなってしまった父へ

言いたかったことが言えて

スッキリした、というのも本音だった



橋のあの時はホントにバカだったよねこの子と

カラカラと笑い飛ばした妖精にも

救われたような気がした



「じゃあこの子、僕と一緒に連れてくから

人手が足りなくて困ってたところだったし」


クローンは消されることもなく

妖精の世界で労働に勤しむそうだ

私の3つ目の願いを消化するのにも人手が要るのだそうだ



「ホントにそれでいいの?

折角、最後の1つの願いで

将来の願いでも何でも叶うところだったのに?」



個人的な願いをずっと優先していたから

そして、今考えたら許されないことをしようとしていたから

それはせめてもの罪滅ぼし



そう言ったら

妖精は、あんたホントにバカな子ね

これから苦労するわよ

でもそんな子、僕好きよ

元気でね


そう言って

その横でぺこりとお辞儀をした小さなクローンを伴って

再びポンと消えた



私はと言えば

机の引き出しの中身を全てきれいさっぱり処分した

それから

とある医療系の応募資格を調べ始めた


それで正解なのかは分からない

けれどそうすることで命が繋がる人が居たら

良いと思った



「まったくもうあんたのせいで

今まで以上に忙しくなるじゃない」



そう言って口を尖らせた妖精の姿が

脳裏に浮かんだ


指先はもう震えてはいない

暖かい陽の光に体が包まれて

臍の下でもくすぐられているような気分になった


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三方一両損 朝野五次 @Feb2024

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