友チョコはいらない

七草かなえ

友チョコはいらない

 肌寒い日が続く二月。駅前にある有名チェーンのカフェには、今日も芳醇なコーヒーの香りが漂っている。


 洒落しゃれたボサノヴァが流れる落ち着いたムード。店内のお客さんたちがそれぞれ気に入りのドリンクやフード、スイーツで心を休めてたり元気づけていたりする中、私たち高校二年生二人がいるテーブル席だけ空気が妙だった。


「あーもうっ。ありえないありえない、本当にありえなーい!」


 くるんとした天然パーマなツインテール、可愛らしく結われた黒髪をぶんぶん振り乱して久美くみはいきり立っている。

 周囲を気にして声のトーンこそ下げているが、地獄の鬼のような形相が凄まじく怖い。


 華の女子高生がする表情でないと思うくらいマジで怖いけど。久美がそんな顔をする理由は分かるから、私――遠山凛子とおやまりんこは苦笑して取り成しの言葉をかける。


「あれは誰がどう見てもあっちが悪かったわよ」

「……せめてちゃんと謝ってもらえないと、許せん」


 田町久美たまちくみは私が高校に入学して初めてできた友人であり、今では親友と呼び合える仲である。


 そんな久美が肌寒い中で突如体育館裏に呼び出された。

 喧嘩か何かかと警戒した久美が心配だったのもあって、私もひょこひょこついていったら――学校内でも悪い意味で評判の男子生徒が久美にこう言ったのだ。


「お前と付き合ってやるよ」


 ザ・上から目線の台詞。少女漫画の俺様ヒーローが言うならまだしも、リアルワールドの素行も成績も性格も悪い奴に言われたら不愉快にしかならなかった。


「はあ? 無理」


 それだけ言い捨てて立ち去る私たちに向かって「え? え?」と信じられなさそうに放心していたのだけは唯一笑えた。無駄に自信が有り余っているんだろうな。


「ていうか明日から学校だいじょうぶかな……。あいつフったからって変に睨まれたりしないよねえ?」


 さっきまでの勢いはどこへ置いてきたのか、雨に濡れた子猫のような仕草で久美が眉を下げる。


「ああ、だいじょうぶよ。あの男子学年中のお気に入り女子に声かけまくってるらしいから」

「あたし以外にも被害者いるんだ。……言い方悪いけどじゃあ安心だなあ」

「何かあったら私が守るわ。だから安心して」

「もーっ! 凛子はいつも頼りになるなあ」


 大げさに言う久美だけど、


「まあ、バレンタインも近いしあの男子も焦っていたんでしょ。とりあえず今はいったん落ち着こう? せっかくのカフェラテ、冷めちゃうわよ?」

「はは、それもそうだね」


 私がブレンドコーヒー。久美がカフェラテ。いつもこのカフェで頼むメニューは決まっている。


「あたししばらく男はいいかな。凛子がいればさ」


 何気なく発された『友達』からの言葉に、どきんと私のハートが跳ねる。


「……私も。久美さえいれば、それで幸せよ」

「ほんと? 嬉しいな」


 ――私の親友。


「ねえ久美。バレンタインに友チョコ交換しない? お互い彼氏もいないし。好きな男子もいないしね」


 ――私の久美。


「いいね。とっておきの手作り、プレゼントするよ!」


 ――私、好きな男子はいないけど、好きな女子はいるの。


「へへ。楽しみにしているわ」


 ――私があなたに恋をしていること、あなたは気づいていないでしょう?


「あ、でもひとつだけお願いがあるんだ」


 ――秘めた想いはこのまま。


「なあに?」


 ――きっとずっと、このまま。


「あたし、凛子から本命チョコが欲しい」


 ――このまま、というわけには、いかなさそう。


 私は精一杯の笑顔で答えた。もしかして『恋人』になるかもしれない親友のために。


「もちろんよ。だって私、久美のこと大好きだもの」


 

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友チョコはいらない 七草かなえ @nanakusakanae

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