「 弔いの灯火 」— episode 5 —

 階段を上がって右側の部屋をあてがわれた。

 “ここにいるあいだは自由に使ってもらってかまわん”

 テーブルとベッドだけがある、簡素な部屋だった。ノックと同時に扉が開いた。

「これに着替えろ」

 ウダはベッドの上に服を置き、老人の部屋へと入っていく。彼が着ていた服とほぼ同じもの。体格もそう変わらない。

 二人の話し声が聞こえる。この土地の言語。何を言ってるのかわからないだけに、神経が苛立つ。

 ——いったい、なにがどうなってる……。

 頭の中に一つの仮説が浮かんだ。すぐに打ち消した。そんな馬鹿げたことが起こりうるわけがない。ありえない。だが森の中で目覚める直前。暗闇の意識の中でたしかに聴こえた。あの不気味な声。

 ——モウスデニ、キヅイテオルデアロウ——

「準備ができたらおりてこい」

 ウダは先に下へとおりていった。

 とりあえずしばらくは様子をみるしかない。右も左もわからないうえに、情報が何もない。それに、あの二人が何か企んでいるともかぎらない。用心するにこしたことはない。油断は禁物だ。何かを隠してることだけはたしかだ。

 階段をおりていく。ウダは食卓の椅子に座り、中央に生けられた白い花をじっと見つめていた。

「すわれ」

 対面の椅子に座った。

「これから一緒に村へおりる。今から言うことを頭に入れて行動してもらう。おまえは事件の調査で隣町から派遣された、役人てことになってる。村長には会うことになる。それまで村の人間との接触は慎んでもらいたい。必要に応じて通訳はする。村人の前では口を開かないでくれ。理由はわかるだろう」

 窓から外を見た。風が幾分おさまっている。

「それと、勝手なまねはするな。なにか質問はあるか?」

「靴は、これでいいのか?」

「かまわん。途中寄るところがある」

 ウダはそう言って立ち上がった。

       • •

 人ひとりすれ違える程の石の階段。

 月明かりを頼りに—— あれを月といっていいのかわからんが ——ゆっくりとおりていく。

 村全体には煌々と明かりが灯っていた。この村では昔から人が亡くなると三日三晩。村人は交代で寝起きし、明かりを灯し続ける。死者の魂を慰めるために。古くから伝わる弔いの儀式なのだろう。時折、静かな唄声が風に乗って聴こえてくる。

「あの唄は?」

「この村に古くから伝わる、魂を鎮めるための唄だ」

 不思議な旋律。ウダはそれ以上なにも喋らず、下へおりるまで会話はなかった。村から少し離れた民家の前にやってきた。

「ここは?」

「おれのねぐらだ」

 そう言って中へ入っていく。

「なにしてる…入れ」

 真っ暗な部屋を見回した。綺麗に片付いている。ウダは奥の部屋へ入ると、何かを手にして戻ってきた。

「これを持っていろ」

「こんな物騒なものが必要なのか?」

 見たこともないオートマティックの拳銃だった。

「見張りに立っている者がいきなり襲ってくる可能性もある」

「なるほど…」

 銃を受け取り腰にさした。

「致命傷になるところには撃つな」

「ああ」

 外へ出た。村とは反対の方に向かって歩き始める。

 村の外れ。かなり古い年代を思わせる苔むした高い塀。その前に篝火が焚かれ、門番が二人立っていた。ウダの指示で鉄の扉が開かれ、中へと入っていく。すぐに階段があり、真っ暗な地下へと続いている。ウダがマッチで火を点け、ランプに灯をいれた。二人は闇の奥深くへと、おりていった。

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