第25話 ダンジョンの監視者

 マリクの体を完全に取り込んだ、アラクネの黒い糸。最初は、もぞもぞと動く程度だったが、次第に激しさを増してゆく。


 遠巻きに見ていた黒子天使達も、流石に武器を構え出し、助けようとする意思を見せる。だが襲いかからないのは、俺が静観しているからか、それとも単にビビっているだけなのか。


「大丈夫だ! マリクの生命力に変化はない」


 黒子天使達を暴発させない為の言葉だったが、あっさりと俺の言葉を受け入れ、構えた武器を降ろしてしまう。危険予知能力の高さと、マリクの人望が浮き彫りになった結果ともいえる。


 マリクの生命力には問題ないが、急速に減退してゆくスタミナ。


 完全に枯渇する寸前で、スタミナ吸収は止まる。


 それと同時に、巣をつくっていた黒い糸が解けながら、新しく形を作り始める。それは、8本の蜘蛛の脚と胴体。その上には、鎮座する黒い和服姿の赤髪の女性。

 気怠げにしているが、両腕にはしっかりとマリクが抱き抱えられている。


 そして、何よりも注目すべきは、和服姿でも分かるポッコリと膨らんだ大きなお腹。一度だけ大きく脈動すると、黒い波動と供に、周囲に何かが放たれた。


 それは、無数の子蜘蛛達。


「ご主人様の、ご主人かえ?」


 そして、俺の方を見てニッコリと微笑む。凶悪な感じはせず社交的な雰囲気は、想像していた印象とは大きく異なる。


「主人ではない。正確には、マリクの直属の上司のレヴィン。ここの主のダンジョンマスターは、そのクッキーを作った熾天使ブランシュ」


「そうであったか。妾はアラクネのカスミも申しあげまする。まずはこれを納めてたもれ。まだ少ないが、妾の子達が増えれば、もっと多く取れるゆえ」


 アラクネが出してきたのは、蜘蛛の糸で作った球。上質で丈夫、衣類の素材としても申し分ないが、防具の素材として真価を発揮する。


 僅かな量しか取れないはずの、蜘蛛の糸が塊。それが「まだ少ない」量であり、まだまだこれから増えるのだと言う。


 探していたダンジョンのウリとしては申し分ない。廃墟のダンジョンでドロップするアイテムとしても違和感もない。まさに、探し求めていた物に合致する。


「わざわざ、こんなことをしなくても大丈夫なのだが」


 しかし、俺は発した言葉に反して、蜘蛛の糸を受け取ってしまう。


「主様は近くにおらんのかえ。夫婦の契りを結んだゆえに、挨拶をせねばならんのだが」


 そして、告げられた衝撃の事実。薄々感じてはいたが、触れることの出来なかったのには理由がある。

 天使と魔物の禁断の恋。マリクの翼は白いままで、堕天してはいない。互いの存在を認めつつ、1つになったレアケース。


 俺の想像を上回るスピードで事態が進んでしまった。彼女すらいなかったマリクが、あっとう間に大量の子持ちパパ。俺が勧めた結果なので責任はある。


 だが、マリクは幸せそうな顔で気を失っている。同意の上でのことだろう、きっと。


 そして、目の前のアラクネも優秀な魔物。俺に問いかけながらも、今放たれたばかりの無数の子蜘蛛を使って、情報を集めている。微かな波動を感じるが、俺では分からないアラクネ達の能力なのだろう。


「1つだけ伝えておくことがある。マリクはこのダンジョンの副司令官。基本的に、このダンジョンの中から離れることは出来ない。ダンジョンの中で暮らすことになるんだが、それでも問題ないのか?」


「夫婦を認めて貰えるなら、どのような条件でも問題ない。禁断の恋とは分かっておりまする。妾は、主人様の傍におれるだけでよいのです」


 マリクの主な仕事はダンジョンの監視業務。だから、マリクにとっても良き理解者でありパートナーになるだろう。


 そんな事を思っていると、アラクネのカスミが蜘蛛の糸を操る。抱き抱えていたマリクが立ち上がるが、操り人形になっている。


「主人公共々、よろしくお願い申し上げまする。主人をサポートすることが、妾の本懐」


 そして、ペコリとお辞儀するマリク。気を失ったままのマリクでも、カスミはサポート出来ると証明して見せたのだろう。


 こうして第13ダンジョンに、予想外の魔物を家族に迎えることになった。

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