第19話 オーディション

 ゴブ太とカシューの、地獄がお遊戯とさえ見えてしまう一週間の特訓。それは、ゴブ太を大きく進化させた。各種能力もFからG判定と2段階も成長し、ダンジョン低層でも立派な魔物と呼べる。


 そして一度だけゴブ太をダンジョンからゴブリンの村へ戻した。自信に満ち溢れたゴブ太の表情と、シックスパックに生まれ変わった身体。その、生まれ変わった姿を見せつける為に!




 ダンジョンの前には、「目指せ、次世代のスター! 未来のスター発掘オーディション」と書かれた大きな看板。


「先輩っ、ちょっと方向性がズレてないっすか?」


「いや、これでイイんだ。ダンジョンの魔物に一番必要なのは戦闘能力じゃない、演技力なんだからな」


 黒子天使達のゴブリンへの強引なスカウトから、突如オーディションへと切り替えた。ゴブ太のようなS判定の幸運値の持ち主は居ないが、そんな能力は必要ない。


「魔物に必要なのは殺そうと思っても死なない、幸運値じゃなかったんすか?」


「違うな、ゴブ太の幸運値は、ゴブリン達を率いる為のものだ」


「それ、普通は統率力とかカリスマ性っすよね」


 知性のある者に対しては、統率力が関係する。しかし、知性がF判定のゴブリンに、何を説明しても理解出来ない。だからこその幸運値。何をやらせても、何となく上手く行くはず。それが、ゴブ太を神格化させる。


 現に結果として、面接会場には続々とゴブリンが集まり始めている。会場となるダンジョンの宮殿入口には、ゴブ太のビフォー・アフターの写真と、カシューとの戦闘シーンが繰り返し流れている。


 剣で串刺しにされ、大剣で叩き潰されるゴブ太。そして、テロップには「これは幻影魔法による演出です」の注意書きが出されているが、テロップを読める知識のある者はいない。

 何度倒されてもゴブ太は立ち上がり、最後は両手を広げ大きな咆哮をあげ、そこでVTRが終わり最初からリピートされる。


 ダンジョン内に設けられた、面接の特設会場。用意した三人掛けの長机100台は全て魔物で埋まっている。急遽準備を行っている分、開始時刻が遅れ、会場も異様な雰囲気に包まれている。


 だが俺とマリク、それにゴブ太が登場すると、ざわついていた会場が一気に静まり返る。


「ゴブ太主任、例の資料を配ってくれ」


 俺の「ゴブ太主任」の言葉で、再び会場がざわつき始める。


「主任ってどういうことだゴブ?」

「出世してるゴブ。ただの底辺の魔物扱いじゃないゴブ」

「使い捨て戦闘要員じゃないってコボか」

「そんな話なんて聞いたことがないコボ」


 会場にはゴブリン以外の魔物も集まっている。それはゴブ太を村に戻した時に、起こしたおこしたトラブルの結果でもある。


「さて、今回のオーディション。皆さんに問われるのは、戦闘能力じゃない。必要なのは演技力だ」


 俺の言葉で、再び魔物達が静まり返る。


「このダンジョンでの安全は確保されている」


 カシューの長剣が、ゴブ太を串刺しにする。その瞬間、ゴブ太の体はガラスのように粉々に砕ける。キラキラと宙を舞いながら、床へと落ちる前に消滅してしまう。


 どよめく会場。しかし、俺が指を鳴らすと、離れた場所から颯爽とゴブ太が現れる。


「これは、全て幻影魔法によるものだ。必要なのは、冒険者相手に魔法と感じさせないこと。殺られたと思わせる演技力が重要なんだ」


 会場前でVTRを流していたが、実際に目の当たりにしたことで歓声が上がる。


「だが、最低限の肉体改造は必要だ。演技の基本は体力。そして、怪我しない為の丈夫な肉体は必須。でも、心配しないで欲しい。ほんの少しの努力されすれば、ゴブ太君のような肉体を手に入れることが出来る」


「皆、本当ゴブよ。ワイは、ダンジョンの1階層を任されたゴブ。でも、ダンジョンの魅力は、これだけじゃないゴブ」


 ゴブ太が取り出したのは、ブランシュ手作りのチョコチップクッキー。


 全ての魔物の視線が、ゴブ太の手に集まる。


「偉くなれば、毎日これを食べれるゴブ」


 傾きかけていた魔物達の心は、ブランシュのクッキーで完全にダンジョンの虜となってしまう。

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