第18話 ゴブ太の幸運値

「ゴーーブーーッ」


 骨の砕ける音、血の吹き出す音、そして大剣で吹き飛ばされ壁に叩きつけられる音。何かの音が響くのに合わせ、回復魔法が飛ぶ。


「ダメです。回復魔法間に合いません。生体反応低下、損傷部位の特定も出来ません」


「ポーションをぶっかけろ。損傷箇所なんて特定するな。全身が致命傷だ」


 救急班が駆けつけ、ゴブ太の回復を行っている。午前中だけでも、これで3度目の緊急出動。


「先輩っ、大丈夫……なんすか?」


「ああ、ダンジョンの壁なら心配ない。どんな上位魔法をぶっぱなしたって、傷一つつかない」


「そうじゃなくて、ゴブ太のヤツっすよ」


「ああっ、そっちか」


 壁が傷がつかない。それは全ての衝撃は壁に衝突した者に跳ね返るということ。ダンジョンでの特殊な戦い方であり、基本中の基本でもある。


「心配ない。アイツはこんな所で死ぬヤツじゃないさ」


 マリクがモニターに映し出す、ゴブ太のステータス。力や知性・敏捷性・体力と、SからF判定の7段階評価でグラフにまとめられている。

 最初は全てがF判定の、ゴブリンの中でも最弱を示していた能力。それが今では、全てがG判定まで上がっている。


「確かにサプリの効果は大きいっすよ。最弱だったステータスが、3日間で急激に伸びてるっす。でも、所詮はゴブリンのステータス。大化けの前に、お化けコースっすよ」


「まだまだだな、マリクの鑑定眼も。肝心のステータスが見えていない」


 俺がゴブ太のステータス項目に手を加える。鑑定眼にも熟練度の差があり、誰でも全ての能力が見える訳ではない。

 マリクが見えていない、一番重要なステータス。それは幸運値。

 ゴブ太が生まれもったギフトであり、幾ら鍛えようと思っても、伸ばすことの出来ない能力。そして、ゴブ太の幸運値は「S」判定。


「幸運って、所詮は運任せなんでしょ。ゴブリンに生まれた時点で、意味なくないっすか?」


 マリクの幸運値もゴブ太と同じS判定だが、そこには触れない。


「でもな、これを見てみろ」


 ゴブ太が、何度もカシューにやられる映像を流す。剣で貫かれ、時には大剣で叩きつけられて吹き飛ばされる。

 どの映像を見ても、カシューの攻撃は的確にゴブ太を捉え、致命傷を与えている。


「一度も躱せてないっすよ。これのどこが幸運なんすか?」


「そこじゃない、よく見てみろ!」


 再度、ゴブ太がやられる映像を流すが、今度は重要な場面だけを繰り返し流す。


「どこがっすか?」


「カシューはな、手加減が得意じゃない。だから本来はな、致命傷じゃなく即死。回復なんて間に合わない」


 さらに、映像を拡大する。カシューの剣がゴブ太を貫く瞬間、大剣で弾き飛ばされる瞬間、さらには壁に叩きつけられる瞬間や、床へと落下する瞬間。


「マジっすか」


「やっと気付いたか」


 ゴブ太が足を滑らせ、攻撃を受けるポイントが僅かにズレる。それが、即死を致命傷に変える。他にも、壁に叩きつけられるシーン。何度も繰り返される似たような光景だが、そのどれもが頭からの直撃がない。


「ゴブリンの中でも、最弱の南のゴブリン。短命で終わるゴブリンの中でも、ゴブ太がしぶとく生き残ってきた理由がこれだ」


 気付けば回復の終わったゴブ太が立ち上がっている。フラフラっと部屋の中央へと進み、そこにはブランシュのクッキーが置かれている。


「なあ、ゴブ太は簡単に死なない。もっと成長を続ける。どこまで成長するかが楽しみだよな」


「目は死んでますけどね」


「でも、南のゴブリン達の希望の星になるはずだ」





 10日後、ヒケンの密林には魔物募集のチラシがばら撒かれる。


 自信なさげに俯くゴブ太のビフォー写真と、シックスパックで得意気にポーズを決めるゴブ太のアフター写真。

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