第21話 ラゴール再び、セレスの想い

「定期報告の時間だ」

「ああ、わかっている」


 再び深夜の墓地で、俺はラゴールに呼び出されていた。

 ここは虫に刺されるから嫌だって言ったのに、聞き入れてくれなかったみたいだ。


「なにか事件があったようだな」

「わざとらしい訊き方をするな。ユウリのことだろう」


 ユウリが狙撃魔法で撃たれた件は、当然魔王教団側も把握している。

 今回はその犯人について、探りを入れるつもりだ。


 どのスパイがやったかわからないと、今後の動きに問題が出るからな。

 もちろん相手次第では、俺が直接始末するつもりだ。


 バッドエンド回避の切り札を殺されかけたわけだし。

 容赦するつもりはまったくない。


「狙撃魔法を使ったやつの正体は知っているのか?」

「いや、オレは知らない。指揮している幹部が違うんだろう」


 魔王教団には複数の幹部がいるが、互いに協力することはめったにない。

 自分こそが魔王を目覚めさせると確信している、野心家ばかりだ。


 おかげで主人公陣営は助かってるんだけどな。


 俺やラゴールと別系統の幹部となると、中々面倒なことになってきた。

 ぶっちゃけると現在の学園に、どれだけスパイがいるのかは把握していない。


 原作ではヘイズと絡むことなく、退場するやつも多いのだ。

 だから使う魔法どころか、見た目すらあやふなやつもいる。


 この時期に主人公を撃つようなやつは、さすがに忘れるわけがないから、一巻以降で出番のやつがフライングで仕掛けていると思うけど。


「そもそも話だが、なぜリスクを犯してまで狙撃魔法を使ったのだ。貴様はあの時決闘場にいたのだから、なにか知っているだろう」

「ユウリが四節詠唱を使ったからだな。一年生であれができるのは、相当な才能の持ち主だけだ。過去のことも含めて、この先脅威になると思ったんだろう」


 天使化のことは話せないので、適当にそれっぽいことを言っておく。


 ただ、狙撃した魔法使いも、天使化についてはイレギュラーだったはず。

 そうなると四節詠唱の拘束魔法くらいしか、思い当たる節がない。


 個人的な因縁があるなら話は別だけど。


 あとは撃った本人も、ユウリが天使になった姿までは見ていないだろうな。

 あの時何分かラグがあったし、弾痕から逆探知を恐れてすぐに逃げたはずだ。



「……理由としてはあり得るか。スパイの中には殺人趣味の馬鹿も紛れているからな」

「それで学園長を警戒させては無能もいいところだ。早めにユウリに取り入って正解だっただろう」

「フンッ、運が良かったな。貴様は寝首を搔くつもりはないのか? 同じ家ならいくらでもチャンスはあるはずだ」

「いまは全職員に警戒されすぎている。それに、もっと信頼を築いてから突き落とした方が効果的だろう?」

「くだらん。人間というものはやはり悪趣味だな」


 今のはだいぶ裏切り者の悪役教師らしかったな。

 ラゴールも納得してくれたみたいだ。


「我々の知らぬところで思惑が動いているようだ。一応貴様にも伝えておくか」「なんの話だ?」

「幹部の一人、キルステイン様の外出がここのところ増えている。あの方の部下には暗殺を得意とする者も多い」


 その幹部は知っている。


 原作五巻からの敵で、ユウリよりも周りの仲間をいたぶるのが好きなサディストだ。


 細かい部分は忘れたけど、グロい魔法を使っていた印象だ。


「狙撃魔法なんて高度な技術を仕込める可能性もあるわけか」

「そういうことだ。大魔導士の復活を阻止するのが我々の役目とはいえ、カルネス=ゴッドフリートに身柄を拘束されるのはマズい。自白の秘薬で簡単に教団の施設が特定されてしまう」

「その時が来たら自害するだけだ。自分の命を絶つ魔法だけはだれよりも得意な自信がある」


 まあ、死ぬ気はまったくないんですけどね。

 なんで魔王教団のために命を賭けなきゃならないんだよ。


「また連絡をする。さらばだ」

「もう墓場はなしだぞ。以前より虫が増えている」


 ラゴールは黙って、霧の中に消えていった。

 これ俺の要望はスルーされてるな。


「帰るか」


 厄介なやつが動き出したのなら、そいつを潰してユウリを守ればいい。

 そう決意して、俺は墓場の出口に向かった。





 数日後、早朝。


 俺は職員室で授業の準備をしていた。

 

 近いうちに学園大イベントの一つ、“学年対抗箒レース”も始まるので、ここのところやることが多い。


 と、資料に目を通している途中で、セレスに声をかけられた。

 この時間は彼女も忙しいのに、何の用だろうか。


「ブラッドリー先生、今日貴方のクラスに転校生が来るそうですよ」

「……ジョークなら二十点だな」

「本当です。昨日の夜にご家族の方から話があったと学園長がおっしゃってました」

「さすがに急すぎるだろう。試験や手続きはどうなっているんだ」

「魔法使いの名門、カフネディカ家のお嬢様が入学を希望したそうです。前の学校が低レベルすぎてつまらないと。世界魔法統治機構にも顔が効くあの一族に頼まれては、断るなんてできません」


 あー、ユウリのライバルが学園に来るイベントか。


 カフネディカ家がどれほどの名門かは知らないけど、原作で端折られてる部分って、こんなに迷惑だったんだな。


 こっちだって段取りがあるのに。

 

セレスにプロフィールを手渡されたので、手早くお嬢様の情報をチェックしておく。


「そのお嬢様はもう来ているのか?」

「あと三十分後に校門へ到着する予定です。ホームルームの前に自己紹介の時間が必要ですね」

「わかった。このあと会っておこう」


 もうすぐじゃないか。

 さっさと授業の準備を終わらせないとマズいな。


 これで話は終わったと思っていたのだが、セレスはまだ俺の机から離れない。


 まだ他にも用があるのだろうか?


「いまユウリさんと暮らしていますよね」

「ああ、知っているはずだが」

「その……彼女とはどうなのでしょうか。ずっと一緒にいると特別な感情が芽生えたりとかは……」

「熱でもあるのか? 俺は教師であいつは生徒だぞ。なにを想像しているんだ」

 

 セレスは俺のことを、ロリコンとでも思っているのだろうか?

 さすがにそれは心外だ。


 俺の眉が上がっているのを見て、セレスは申し訳なさそうに口を開いた。


「すみません、侮辱するつもりはなかったんです。ただ、貴方が他の女性といると落ち着かなくて……こんなこと、いままでなかったのですが……」


 セレスは顔を赤くして伏し目がちに言う。

 本人が一番、自分の感情に戸惑っているみたいだった。


「ただ同じ家で暮らしているだけだ。一年間ずっと寝食を共にしてるわけじゃない。気にするな」

「たしかに私の方が長い時間を過ごしていますね。狩りだって特訓だって、二人でやりました! 家だって一緒に建て、おやすみを言い合ったんですから! 」

「そ、そうだな」


 いきなりテンションを上げてきて、怖いんだが。

 無人島で一年も暮らしていたんだから、俺とセレスの間にはいろいろあった。


 でも彼女は魔族で俺は人間だ。

 同じ時間を歩むことはできない。


 学園の同僚以上の関係になるつもはなかった。 


 というか原作のように死にたくないだけなので、それ以外のことに手を回している余裕ないのが本音だ。

 

 自分の生死がかかっているのに、色恋沙汰でキャッキャッしてる場合じゃない。


「……困らせてしまいましたね。私のこと重い女だと思ってますか? 一夜のことをずっと引きずって、プライベートに干渉してくるような」

「思ってない」


 思ってるけど、ここでそれを言うと死亡フラグになりそうだ。

 

 ユウリの過剰なスキンシップといい、なんか魔王教団関係なく、別ルートで問題が増えてるんだけど!

 

 ただ、学園長に仕えることを生き甲斐にしている彼女が、こんなことを言うとは思わなかった。


 俺の行動が与える影響は、思っていたより大きいのかもしれないな。


「では……本当になにもないのですね?」

「心配しなくても本当に特別なことはない。最近忙しくて時間がなかったが、また特訓をつけてくれないか、教官」

「そ、そうですね。モヤモヤしている時は身体を動かすのが一番です。また組手をしましょう。あと、いま言ったことは忘れてくださいね!」

「あ、ああ」

 

 セレスは無理矢理納得した感じで、去っていった。

 ……彼女ことも気になるけど、いまは転校生のことに集中しよう。


 時計を見ると、お嬢様が到着するまであと五分もない。

 俺は駆け足で校門へ向かうことにした。






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