第3話 浅井雅美(人事)目線:Xデー

浅井雅美(人事)のジレンマ:Xデー


 滝本美香への解雇通達は滞りなく遂行したが、憂鬱な仕事がもう一つ残っていた。大森課長が人事部を後にするのを見届けると、自分の席に戻り松田支社長に電話をかけた。ディスプレーに映った私の名前を捉えたのだろう。ピピピの呼び出し音も終わらぬうちにせっかちな声が飛び込んできた。


「今日こそXデーの報告を聞けるのかい?」

「松田支社長お疲れ様です。浅井です。はい。滝本美香さんには先ほど解雇を通達しました」

「それは何よりだ。で、滝本君はどんな具合だった?」

「さすがに解雇を告げた時は、顔色が変わっていましたが、解雇理由や退職条件を説明した後は冷静に受け止めてくれました」

「グッド・ジョブ! さすがリストラ・プロセッサーと言われる浅井課長だね。いやぁ、滝本君は体制に批判的だったから、不当解雇で訴えてやる、くらいの事は言い出すんじゃないかと内心ハラハラだったよ」


 支社長の弾んだ声を聞いていると、汚れ仕事を終えたチンピラが親分に褒められているような気がしてくる。だいたい『リストラ・プロセッサー』とは、あんまりの言い方だ。私はクビ斬りマシンじゃない。解雇される社員の精神的・経済的ダメージが最小限になるようにと、できるだけのことはしているつもりだ。


「いえ、滝本さんの態度は立派でした。前向きに捉えようと努力している様子も窺えましたから」

 滝本をかばったのは支社長への微かな反抗のつもりだったが、本人は全然感じていないようだった。

「それにしても、あのAIプロジェクトを解雇理由に利用しちゃうとは、君の発想は抜群だったよ。プロジェクトの方も進んでくれればいいんだけどねぇ……」

 支社長の声が尻すぼみになったのには理由があった。


 『AI導入に伴う人員削減』は、大森課長向けには、滝本美香を解雇する理由を作るために捏造した架空の計画ということにしているが、本当は実在するプロジェクトだ。何を隠そう、そのPT(プロジェクトチーム)を率いているのが松田支社長なのだ。実現すれば大がかりなリストラと組織改編が必要だからということで、人事部代表として私がPTに加わったのはかれこれ三ヶ月前、ちょうど滝本によるメール誤送事件が起こった頃だった。東洋物産からの受注を失うわ、本社からも減点査定をくらうわで散々だった松田支社長は、訴訟リスクを負わないで滝本美香を辞めさせる理由を探していた。相談を受けた私は「AIリストラはまだ早すぎますかね?」と呟いた。意外にも彼はその思いつきに飛びついた。


「AIが導入されれば大森君の部門は消滅する訳だから、滝本君の退職パッケージは、将来希望退職を募る時に見本として使えるようなものにしよう」


 こう言って俄かに張り切りだした彼は、滝本美香の解雇条件に、退職後給与の支給や再就職支援などを付け加えたのだった。だが彼の思惑に反し、AIプロジェクトはこのところ頓挫の危機に瀕している。いくらAIの方が人間の分析より秀でていることを外部の専門家が示しても、肝心の役員会議がなかなかゴーサインを出さないのだ。

 松田支社長の関心事が従業員の行く末より自分の出世であることは今に始まったことではない。けれど今日のように辛い仕事をした後にそれを目の当たりにすると、どうしても気が滅入る。適当に答えて早く電話を切ろうと考えているうちに、彼の愚痴が始まってしまった。


「このあいだ専務に言われたんだよ。会社という場所で、人が顔を付き合わせて会話をして、時に言い争いをする中でこそ、市場調査の本質が見えてくるんじゃないかってねぇ。お偉いさん達は、いざとなると今までのやり方を捨てられない、ただそれだけの話なんじゃないかって思うよ」

「そういう意味では、今検討されているコロナ禍対応のテレワーク週間が試金石になるかもしれませんね? 在宅でも十分調査成果が上げられることが証明されれば、新しい働き方、ひいてはAIにも目を向けるきっかけになるかもしれません」

「浅井君、相変わらず冴えてるね! 在宅勤務なんて従業員がダレるだけで、いいとこ無しだと思っていたけど、支社をあげて推進することにしよう。引き続き、人事の協力を頼むよ」


 また余計なことを言ってしまった。会社のために良かれと思って発言したことが、誰かを不幸にしてしまう。またそんなことが起こりそうな予感がして、不安な気持ちで電話を切った。


         (続く)

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