幽霊令嬢と舞踏会 04

 最終的にクラーセン男爵は、ギルバートの恫喝紛いの説得に折れ、ルーラントなる犯罪者をハイランドに引き渡した。


 男を連行して大使館を出たギルバートは、宮殿に戻ってからも慌ただしく動き回っていた。


 ミリアムの様子伺い、父王への報告、今後の対応の確認など、事件の後始末に奔走していたようだ。


 顛末が気になって、ギルバートの私室で待機していたメルは、ようやく戻ってきた彼に声を掛けようとして、頬を真っ赤に染めた。


「ご、ごめんなさい殿下、出ていきます!」

「待っていたんじゃないのか」


 目元を隠しながら回れ右すると、不審そうに声を掛けられた。


「だって、ナイトウェア姿と思わなくて!」

「ああ、そういえばこの格好で会うのは初めてだったか」


 これまでのギルバートは、メルを迎え入れる時、いつもきちんと服を着ていた。

 だからこんなに砕けた格好のギルバートを見るのは初めてだ。

 顔がいいから何でも似合う人物だが、ナイトウェア姿は妙な色気が漂っていて心臓に悪い。


「別に私は気にしないんだが……女性の前に出る格好ではなかったな」


 背後から衣擦れの音が聞こえた。ちらりと後ろを見ると、ギルバートはナイトウェアの上からガウンを羽織っていた。


「あの……色々と気になったから待っていたんですが、やっぱり明日出直します。ギル様もお疲れだと思いますし」


「一周回って眠気は吹き飛んだから構わない。午前のスケジュールを空けてもらったから明日……じゃなくてもう今日か。ある程度の睡眠は確保できる」


 時計を見ると、既に夜中の三時を回っていた。


(昼までお休みになれるのなら、なんとか充分な睡眠時間は取れそうだけど……)


 メルはちらりとカウチソファに腰掛けたギルバートを見つめた。

 疲労の色が濃いが、それすらもどこか退廃的に感じられるのだから心臓に悪い。


「ミリアムの事が気になったから待ってたんだろ? 何もかも内々で『処理』する」


「教えて下さるんですか?」


「お前は功労者だからな。ありがとう。メルのおかげでミミが穢されずに済んだ」


「私は当然の事をしただけです! 意識のない女性にあんな穢らわしい真似をするなんて……許せません!!」


 性犯罪者はもげればいいのだ。きっぱりと発言するメルに対してギルバートは首を横に振った。


「メルがミミに気付いてなければと思うとゾッとする。本当にありがとう。それとすまない。ミミの不在に気付いたのはルイスだという事にして、辻褄を合わせてしまった」


「構いませんよ。私は死者ですから」


 メルはギルバートに向かって微笑んだ。手柄なんて死者には不要なものだ。


「…………」


 ギルバートは複雑そうな表情をメルに向けてきた。

 メルは『気にしなくていい』という意味を込めてにっこりとギルバートに向かって微笑む。


 すると、彼は小さく息をつき、事の顛末をぽつりぽつりと語り始めた。




 ミリアムを攫った男のフルネームはルーラント・クラーセン。なんとクラーセン男爵の甥で、伯父の伝手を使って外交官として働いていた人物だった。


 彼は、とある夜会で親切にしてもらったのをきっかけにミリアムに想いを寄せるようになった。しかし、相手は一国の王女、本来なら近付く事すら難しいはずだった。

 しかし、従妹のフランカとミリアムが親しくなった事が、彼に一縷の望みを抱かせた。


 そして、フランカの傍で虎視眈々とミリアムに近付く機会を狙っていた彼に好機が訪れた。


 この夜会で、ミリアムはフランカとの別れを惜しむため、護衛や侍女と離れて別室に移動したのである。


 ルーラントは自分も挨拶をしたい主張し、フランカとミリアムが談笑する部屋へと入り込むと、二人に睡眠薬入りの紅茶を盛って眠らせた。


 それから、まんまとミリアムを攫い、彼女を抱えて私室に戻ろうとしたところにメルが出くわしたのだった。


 彼は、表向きは失踪したという扱いになり、秘密裏にハイランド王国側で処罰されると決まったそうである。




「表沙汰にせず処理する事になったのは、ミリアムの名誉のためだ」


 ギルバートはそう告げると、何度目になるのかわからないため息をついた。


「ミリアム殿下はご結婚を控えていらっしゃいますもんね……」


「ああ。見知らぬ男に穢されかけたなどという噂が立ったらどうなるか」


 未婚の女性には、不名誉な噂が立つだけでもきずになる。


「もちろんミミにも非はある。たとえ親友相手でも、護衛や侍女を遠ざけるなんて迂闊すぎる。周りから相当絞られるだろうな。もちろん私からもしっかりと叱る予定だ」


(王女様も大変だわ……)


 常に誰かに見張られないといけないなんて。

 王族だから仕方がないのかもしれないが、さぞかし息苦しいに違いない。


「あの犯罪者はどうなるんですか?」

「相応の報いを受けてもらう事になるだろうな。未婚の王女を穢そうとしたんだ。恐らく大逆罪として処罰される」

「大逆……」


 国家への重大な反逆行為として、企んだだけでも死罪になりうる大罪だ。


「あの人は死罪になるんですか?」


「毒杯を賜るか、生涯幽閉されるかのどちらかになるのではないかと思う。判断を下すのは父上だから、今の段階ではどうなるかわからない」


「どちらにしても厳しく処罰されるんですね」


「そうだな。元々その覚悟でミミを襲ったようだ。意識を取り戻した本人が証言した」


「意識が戻ったんですか?」


「ああ。単に気絶していただけだ。今は意識を取り戻して、宮殿の地下牢に収監されている」


 ギルバートは淡々とルーラントの処遇を告げた。


「あの野郎、一度だけでいい、後から死罪に問われてもいいから思い出が欲しかった、などとほざいているそうだ」


 吐き捨てると、ギルバートは深く息をついた。


「私の事は何か言っていましたか?」


「ああ……悪霊が……などと喚いていたが、夢でも見たのだろうと誰もが取り合っていない。ミミの抵抗が原因で気絶していたんだろうという事で落ち着いた」


「そっか……私の姿はギル様にしか視えませんもんね」


 あの時、ルーラントにはメルが見えていたような気がしたが……。


(気のせいよね、きっと)


 なぜならその後出会った人の中で、メルが見える人はやはりギルバート以外には一人もいなかったからである。


(一応、後で地下牢を見に行ってみようかしら)


 宮殿内は一通り探検済みなので、大体の場所の心当たりはある。


「悪魔より人の方が厄介だな。悪魔は神術で消し飛ばせばいいが、人間の犯罪者はそうもいかない」


 ギルバートはどこか物憂げな表情でつぶやいた。そして、小さく息をついてからメルに向き直る。


「……そうだ、メル、私はお前に報いたいと思っている。何か望みは無いか?」

「えっと……特に何も……」


 急に話を振られてメルは困惑した。


「うーん、そうですね……私の素性を探していただけませんか?」

「素性を? そんな事でいいのか?」

「はい。それで、もし私がどこの誰なのかわかったら、お墓にお花を手向けて下さい! ピンクの可愛いお花がいいです」

「…………」


 どうにか捻り出したのに、変な顔をされた。


「駄目ですか?」

「いや。お前は欲が無さすぎる。……そうだな、もしお前がどこの誰かわかったら、毎年宮殿中のピンクの花を集めて手向けてやる」

「はい。よろしくお願いしますね」


 メルはふふ、とギルバートに笑いかけた。


「お前と過ごすのも後三日なんだな」


 ギルバートの発言にメルは首を傾げた。

 そして、少し考えてから、ニコラス最高司祭との面会の日が迫っている事に気付く。


「そっか……もうすぐギル様とはお別れになるかもしれないんですね」

「叔父上がお前を視て、冥府への道筋を示せたらな」

「きっと大丈夫です。だって、ニコラス猊下は神様の代理人ですから」

「……お前は本当に変な亡者だ。ずっとこちらに残りたいとは思わないのか?」


 尋ねられて、メルは眉を下げた。


「私の力、何だか強くなってる気がするんです。ラップ音だけじゃなくて騒霊現象まで起こせるようになってしまいました。このままこちら側に居続けたら、いつか悪霊になるんじゃないかって不安で」


 しゅんと落ち込むメルに向かって、ギルバートは深く息をついた。


「お前は悪霊にはならないんじゃないか?」

「何を根拠に……」

「お前は基本的に善良だからな。理性的だしわきまえている。正直死者なのが惜しいと思う」


 言いながらギルバートは、どこかバツが悪そうに目を逸らした。


「初めて会った時とは真逆の評価ですね」


 祓魔術が効かなかった時のギルバートの顔を思い出し、メルは口元を緩める。


「あの時のことは忘れてくれ」


 ギルバートの部屋は、電灯のお陰で夜でも昼間のように明るい。だから、恥ずかしそうに頬を染めた様子がよく見えた。


 可愛い。

 男性に対してこう感じるのは失礼かもしれないが、いつも尊大な彼の羞恥の表情に、湧き上がったのはそんな感情だった。

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