第30話


 ノートの中身を見てしまったことを告げると、恋ちゃんは暗い表情で俯いた。

 恋ちゃんの部屋は相変わらずアニメグッズで溢れていた。それらに囲まれるようにしながら私達は気まずい時間を過ごしていた。


「咄嗟に嘘をついたのは焦りがあったからだよ。でも、今は本当のことを言うべきだったと反省している。ごめんね」


 返事はなかった。

 恋ちゃんが虚ろな目をこちらに向けてくる。慌てて言った。


「正直、最初はかなり驚いたよ。SNSの裏アカウントみたいだったから。でも我に返って『日記とかならこういうことを書いたっていいよね?』って考えを改めたんだ。ストレスの捌け口としてノートを利用するのは別に悪いことじゃない。私だって独り言で不満を漏らすことくらいあるし」

「絵里は……」


 恋ちゃんが横を向きながら口を開く。 


「自分のことが書かれているページを見てどう思ったの?」

「実はその部分、読んでないんだよね」

「え……?」


 疑わしそうな視線を向けてくる。


「ちょうど江東さんと椰子さんが教室に入ってきて、読むタイミングを逃しちゃった。結果的にそれでよかったと思うけど」

「そ、そっか……。あたしが何を書いていたのか気になってるんじゃない?」

「気にならないと言えば嘘になるね」


 でも、と私は声を張った。


「それは、ノートを拾う前からそうだったから」

「拾う前から……?」


 不思議そうに見つめてくる。


「私は常に、人目を気にしながら生きてきた。恋ちゃんが私をどう見ているのか想像して怖くなるなんてしょっちゅうだったよ。まぁ、恋ちゃんに限らないけどね。ノートの一件があろうとなかろうと、結局私は恋ちゃんの気持ちに怯えて、嘘をついたり変な行動を取ったりしていたと思う」


 私は恋ちゃんに微笑みかけた。


「こんなことを言ったら怒られるかもしれないけど、私は、恋ちゃんのノートを拾ったのが私でよかったと思っている。ノートを拾ったことで恋ちゃんに対しての理解を深められたからね」


 自分本位なことを言ってごめんね、と謝罪する。


 本心だった。私にとって恋ちゃんはお日様のような存在で、目を細めなければまともに見ることのできない相手だった。しかしノートを読み進め、歪な部分があることを知った。正直、私は恋ちゃんの歪な部分を知り、前より恋ちゃんに共鳴できるようになったと思う。


 私は恋ちゃんを全力で応援してサポートする立場だ。ノートの中身のことを考えてウジウジしても仕方なかった。人の心を覗こうとして成功したことなんて一度もないのだから。だったら、自分のやるべきことに集中すべきだろう。


 恋ちゃんは壁に背中を当てた。はあ、と溜息をついている。


「絵里って優しいよね……」


 でも、と暗い声音で続けた。


「だからこそ、あたしはあたしを許せなくなる……」

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