バレンタイン〜ほろ苦いチョコ〜

入江 涼子

第1話

 私も今年で三十八か。


 そう、ボヤきたくなる歳になった。キッチンにてお湯を電気ケトルで沸かす。待っている間、スマホを片手に趣味のウェブ小説などをチェックする。と言っても、私自身も書いているが。とりあえず、何もメッセージなどは入っていない。

 ネット通信を切って、ケトルの様子を見た。


「……理香、わしのお茶も頼む」


「はーい、父さんのも用意するよ!」


「お前、あんまりスマホばかり見るな。視力が下がるぞ」


「分かってるよ、気をつけるから」


「……そう言って、いっつも半日近くは見てるだろ」


 父はまた、不満そうに私を見る。そして、ため息をつく。


「理香、お前。ちょっとは外にも出ろ。今日はバレンタインだったろ、コンビニでも行ってくるか?」


「……何で?」


「元気があるなら、行ってこいと言いたかっただけだ。お前もそう、のんびりとしていられる歳でもないだろ」


 父も痛いところを突いてくる。普段は寡黙で頑固だが、なかなかに勘が鋭い。しかも、かなり辛口な人だ。はっきりと言うタイプだから、私が大体ケンカになると言い負かされていた。


「はあ、まあ。コンビニには行ってくるよ、ただね。チョコを買ってくるかは分からないからね?」


「分かっとる、わしの分はいらん」


「はいはい、あ。お湯が沸いたかな?」


 居間に行く父を横目に、私はキッチンのテーブルに行く。既に、ケトルのお湯は沸いていた。食器棚から湯呑みを出したのだった。 


 緑茶を淹れて、父に渡した。次に出かける準備をする。小さなショルダーバッグに、財布やスマホ、ハンカチなどを入れた。髪をブラシでいて、軽くメイクをする。上にジャンパーを着て、帽子を被った。よし、身支度は完了だ。ショルダーバッグを持ち、父に呼びかけた。


「行ってきます!」


「ん、行くのか?」


「うん、コンビニで父さんや近所のおばちゃん達のチョコでも買って来るよ」


「ああ、気いつけて行ってこい」


「はーい!」


 父に見送られながら、玄関を出た。家の前の車庫に行き、自転車を出す。乗って、アスファルトの道路に行った。左右を確認して、いざコンビニへ出発した。


 家から片道で、約十数分掛けてコンビニに着く。自転車を駐輪スペースに置いた。後輪にストッパーを掛け、さらに鍵を掛けもする。ショルダーバッグを持ち、店内に入った。


「いらっしゃいませー!」


 店員のお姉さんが元気よく、声を掛ける。入口にある買い物カゴを手に取り、バレンタインのチョコがある棚に行った。父や小さな頃から知っている近所のおばちゃん、自分、友人。合わせて、六個は買おう。頭の中で計算しながら、じっくりと商品を見た。


(どうしよっかな、父さんやおばちゃんには。ショコラにするかな) 


 自分や友人達のは、ランクを下げて。色々と考えながら、まずは友人達や自分のをカゴに入れた。クマの形のチョコが沢山入った可愛い黄色のパッケージのだ。リボンも金色で華やかな感じだった。値段も一個で四百円とお手頃だ。それを四個とショコラが五個入りで、藍色の落ち着いたパッケージのをニ個と。それらを持って、レジに行った。


「……あの、すみません!」


「はい、そちらになりますか?」


「はい、お願いします」


 店員のお姉さんに買い物カゴを渡す。受け取ると、バーコードをレジに付いている機械で読み込ませる。お姉さんはそれを手早くしながら、訊いた。


「……品物を袋に入れましょうか?」


「お願いします」


 そう答えると、お姉さんは読み込ませるのを終わったらしい。慣れた様子でチョコを可愛らしいレースの模様にピンク色のナイロン袋に入れてくれた。


「全部で二千八百円になります!」


 お姉さんがそう言って、レジを操作した。液晶画面に、「カード、アプリ、現金」の項目が表示される。私は指で現金のコマンドを押した。

 レジの機械の電子音声で「現金を投入口に入れてください」と指示される。財布をショルダーバッグから出して、手早く三千円――千円札を三枚投入した。お釣りがレジの別の出口から出てくる。それを取り、財布に戻す。


「はい、こちらになります」


 私は頷きながら、袋を受け取った。出口に向かう。


「ありがとうございました!」


 お姉さんの声を聞きながら、コンビニを出た。自転車の駐輪スペースに急いだのだった。


 自転車で自宅に帰る。車庫に置いたら、早速玄関に向かう。さすがに、体や手が冷えて寒い。

 引き戸を開け、声を掛けた。


「ただいまー!!」


 大きな声で言った。すると、少し経ってから居間から父の返答がある。


「……お、理香。帰って来たか!」


「うん、今ね。チョコ、買って来たよ!」


「いや、いらんと言ったろ」


「……一応、父さんの分も買わなかったら。悪いしね」


「……分かった、受け取ってはおく」


 私は可愛い袋の中から、藍色に銀色のリボンが巻かれた箱を出した。


「これ、父さんのだから」


「ありがとよ」


 渡すと、しかめっ面で受け取った。嫌な顔だが、意外と甘い物が好きなのは私も知っている。後で一人、お酒片手に食べるのが有りありと想像できた。父はさっさと居間に行ってしまう。私はまだ、時間があるのをスマホでチェックした。急いで近所のおばちゃん宅に向かったのだった。


 おばちゃんに渡すと、父とは裏腹に驚きながらも結構喜んでくれた。


「あらー、私にもくれるの?」


「うん、おばちゃんには昔からお世話になってるからね」


「ありがとう、後で食べるわ。ははっ、女の子からチョコをもらうなんてねえ。久しぶりだわあ」


「……昔に、娘さんからもらったって聞いたっけ」


「そうよ、まだ娘が学生だった頃だけど。懐かしいわあ」


 おばちゃんは本当に嬉しそうだ。私はしばらく、話をして自宅に戻ったのだった。


 次に、また自転車に乗って友人宅を回った。まずは蘭宅に行った。


「あ、理香。どうしたの?」


「蘭、これさ。バレンタインだから、チョコを持ってきたの」


「え、ありがとう。いわゆる友チョコ?」


「うん、そうだよ」


「そうなんだ、また旦那と一緒に食べるねえ」


「はーい、じゃあね!」


 私は蘭に手を振り、自転車にまたがる。蘭も手を振りながら、見送ってくれた。


 二人目の璃菜宅に着いた。璃菜にも渡したら、蘭以上に喜んでくれた。


「うわあ、ありがとう!チョコをくれるの、理香くらいだよ」


「そうかな?」


「あたしもまだ、独身じゃない。侘びしく自分用にご褒美チョコを買うくらいかなとか、思ってたから」


 私は苦笑いしながら、手を振った。璃菜もにっこり笑いつつ、振り返してくれる。自転車にまたがった。最後に親友の汐里宅へ向かった。


 汐里宅にて、チョコを渡した。彼女から、友チョコを昔にもらった事がある。けど、それを入れたカバンをうっかり溝に落としてしまった事があって。チョコは無惨にも、水などでぐしゃぐしゃで。とてもじゃないが、食べられなかった。


「あ、理香。どうしたの?」


「……汐里、今日はバレンタインだからさ。チョコを持ってきたの」


「チョコ、持って来てくれたんだ。ありがとう」


 汐里は笑いながら、私が袋から出したチョコを受け取る。本当に嬉しそうだ。


「……可愛い、クマの模様のラッピングだね」


「うん、汐里は可愛いのが好きだったなって。思い出してね」


「そうだね、後で食べるよ。理香のは買ったの?」


「買ってあるよ、私も家に帰ったら食べるから」


「そうだねえ、理香。あの、HAPPY VALENTINE!」


「……うん、HAPPY VALENTINE!」


 二人で言って、互いに笑う。ひとしきり、そうして。私は自転車にまたがり、汐里に別れを告げた。


「バイバイ、汐里!」


「バイバイ、理香。またね!」


 頷いて、ペダルを踏む。小春日和の中、自宅に向かうのだった。ちょっと、鼻の奥がツンとなった。


 ――終わり――

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