バレンタイン♡

夕日ゆうや

バレンタイン

 今日はバレンタイン。

 俺を含め、男子高校生の心を揺さぶる一日だ。

 この日に向けてみんな女子に優しくなる。

 全てはチョコをもらうために。

 それは義理であっても構わない。だが、本当に欲しいのは女子からの本命である。

 ちなみに男子のモテは何もせずにチョコをもらっている。

 それはゆゆしき事態だが、誰にも、何もできずにいる。

 みんな女子からのチョコをもらうのに躍起になっているのだ。

 それが喩え、妹であっても。

 まあ、俺には妹はいないのだが。

 幼馴染みもいない。


 だがこの2月14日という日に、俺はクラスメイトの女子から呼び出しを食らった。

 俺はここ二か月、頑張って女子に優しくしたのだ。

 きっとその効果だろう。

 クツクツと笑っていると、クラスメイトの子――佐藤さとうが訝しげに見つめてくる。

「どうしたの~。頭大丈夫~♪」

「ああ。問題ない」

 俺はシャキッとしなおし、ニヤけづらを隠す。

 もう少しでチョコがもらえる。

 そんな感謝感激な……いや、至って普通なイベントが待っている。

「俺にチョコをくれないか?」

 言った。言ってしまった。

 ストレートに。

 剛速球なまでに。

「ふふ♡ まあ、いいわよ。はい」

 佐藤は口にチョコをのせると、舌を突き出してくる。

「へっ?」

 俺は目を瞬き、しばしその光景に固まる。

「はお。ほちいのでしゅ?」

 時間が経つにつれて口の温度で溶けていくチョコ。

 だが、これはキスどころの話ではない。

 恋人同士でも躊躇われる行為。

 それを事もなげに行う佐藤。

 どういった心境なのか分からないが、俺も覚悟を決めるときが来たのかも知れない。

 身を固める。

 よく聞く言葉だ。

 漢として、それは達するべき行為なのかもしれない。

「はやく」

 嬉しそうに目を細める佐藤。

「よ、ようし」

 俺は声にならない言葉で真っ直ぐに佐藤を見つめる。

 頬を紅色に染めた彼女はとても可愛い。

 だったら。

 顔を近づけて、その舌にキスする。

 チョコを受け取ると、佐藤はそのままディープなキスを求める。

 初恋の味はレモンと聞くが、それは間違った解釈だったようだ。

 俺の舌は今、ほろ苦さと、甘さで満ちあふれている。




 佐藤とはこの後も何度か付き合ったが、39歳になり、お互いの幸せのために別れた。

 子どももそれは理解してくれた。

 それでも俺は幸せだったと思っている。

 最後の最後まで俺たちは幸せだった。

 そう教えてくれたのは全部、彼女のお陰だろう。

 恋人になったことも、仲良くしてくれたことも。

 別れたことも。

 死に際に人は幸せを噛みしめるんだって、そう思えた。


 俺の半生を綴った日記はどこへ行くのだろう。

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バレンタイン♡ 夕日ゆうや @PT03wing

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