白い薔薇を鏡に映す

@29daruma

価値ある意味のない時間

「––––––––でさー、その新作のフラペチーノがめっちゃ美味くて〜!」

「わかる! その味でくるかって思ったけど、うますぎた!」

「次は何だろうねー!」

「去年の2月なんだったかな〜?」


 地味に長かったテスト期間終了後、私と陽子ようこは学校近くのマックでダラダラとした時間を過ごす。

 会話のネタはスタバの新作から、最近始まったばかりのドラマの感想。それに出ている俳優女優の容姿や過去作品について、などなど、どんな話題でもただただ楽しくて、うなづきすぎて首が痛くなる。

 彼女の話す内容はどんなことでも興味が湧くし、私が話すことに陽子はいつだって「わかる、わかる」とニコニコ笑う。

 こんなに居心地のいい関係、他の子と築けるとは思えない。


 何故彼女とはこんなに楽しい時間が過ごせるのだろう?


(陽子とは小学校から高校までずっと一緒だからなぁ)


 やっぱり幼馴染だからなのかもしれない。

 たくさんの思い出が、かけがえのない絆になっているに違いない。


 改めて彼女と過ごした5、6年ほどの時間を思い返すと、より一層この時間が特別に思えてきた。だから、自分のことをもっと知ってもらうべく、近い将来の計画を伝える。


「––––––––私、来年ニュージーランドに行ってみようと思う!」

「えぇ!? 旅行?」

「ホームステイだよ。国際科の生徒の中から、希望者が行けるってやつ」

「…………へー」

「感想それだけ?」

「それだけっていうか……、今なんて言うか考えてる」

「ん?」


 途端に弾まなくなる会話。機嫌が悪くなったのかと、戸惑いながら彼女の目を見てみる。

 彼女は別に機嫌を悪くしたわけではないようだ。

 それどころかいつも以上に楽しげにしているし、考えて出したにしては浅い「絶対いい経験になるよね」との言葉に嘘は混じってなさそうに思える(長年の関係で、彼女が嘘をつくと目が泳ぐのを知っている)。


「そうそう。ホームステイしたかったからうちの高校に入ったからね! ついにって感じだよ!」

「…………えーと、ニュージーランドって英語喋るんだっけ? 私も英語が得意だったら、ホームステイ……は嫌だな。旅行ぐらいは行けたのになー」

「…………旅行だったらすぐに帰ってこれるしね」

「うん! 私は知らない人と住むなんて絶対いやだ!」

「きっと学生を受け入れてくれる家にはいい人しかいないよ」

「だったらいいけどね」


(あれ? 陽子ってこんな性格だっけ?)


 初対面の人との会話みたいに話が弾まず、何となく居心地が悪くなる。

 彼女も同じ状態なのか、空になったシェイクのストローをくわえ、壁に貼られたメニュー表に視線がいっている。


(帰りたくなったのかな? テスト勉強の疲れもあるだろうしなぁ)


 そう思った私は、自分のトレーを持って立ち上がる。


「……あ」

「そろそろ帰ろ。あんまり遅くなっても良くないし」

「待って待って! これ受け取ってくれない?」


 そういえばと思い出す。

 彼女はここに来るまでの間に彼女の祖父母の家に寄り、紙袋を持ち出していた。

 足元に置いたそれの中から彼女は両手サイズの木箱を取り出し、テーブルの上––––ちょうど二人の中間くらいの位置にコトリと置く。

 

「これ何?」


 蓋の上には綺麗なリボンと金色のシールが貼られてあり、いかにもプレゼント用に飾られてある。


「今日ってバレンタインでしょ? だから、えーと」

「ありがと〜! チョコだよね? やったぁ」

「残念! チョコレートではない!」

「そうなんだ?」


 友チョコかと期待したけれど、チョコレートではないらしい。

 自分の耳の高さまで持ち上げて振ってみると、ガサゴソ鳴る。

 感覚的に、軽めのものが複数個入っていると思われる。

 いったい何をくれたのか? 妙に気になり、私はもう一度椅子に座りって木箱に触れる。


「待って、ここで開けるの!? あー……、ごごごごごめん。今ママからラインが入った。すぐに帰って来いって!」

「ライン? スマホに着信入ってなくない?」

「電源落としてたからね! じゃあねー!」


 陽子はガタガタと席を立ち、そばを通りがかった店員さんに勢いよくトレーを渡す。そして全力疾走するが如く自動ドアに向かって突進し、外へ出る。

 ぶつかりそうになったおっさんを睨みつける目など、普段の女の子らしい雰囲気から程遠い。

 まるで逃亡する野生動物のような彼女の行動に、私は何度も瞬きする。

 私とそっくりの制服の着こなしをしているのに、今は女子高生ではなく全く別の何かに見える。


「なんだあれ……。てか、スマホの電源落としてたら、陽子のママからのメッセージも読めないはずじゃん。変なの……」


 しかし珍妙な彼女の言動が、なぜか懐かしく感じられる。

 思い返すと、出会ったばかりの陽子は理解不能の言動ばかり繰り返す子だった。

 まるで男の子のように走り回ったり、本屋で何時間も立ち読みしたり、ちょっと気に入らないことがあるとすぐに文句を口にして、小学生とはいえ、子供っぽすぎる彼女に何度もキレそうになったものだった。

 それが変わったのはいつだっただろうか?


(あの子って、あんまりドラマ観る子じゃなかったよね。それなのに中学に上がったくらいで、妙に俳優に詳しくなったような……。何かのきっかけがあったのかな?)


 というか、私自身もテレビは母親が観ている時に仕方がなく観ているくらいで、それほどドラマが好きだったわけではない。だけど、会話ネタにはピッタリだったから、話すことななくなると適当に昨日見たテレビの話などをしていた。

 だけど、そのおかげで友情を育めたし、結果オーライなのかもしれない。


「陽子何くれたんだろ? …………あ、カードが入ってる」


 蓋を開けてすぐ目に飛び込んできたのは、妙に達筆な文字。

 書かれている文章がすんなり頭に入らず、二度三度と目を走らせる。


”普段は君の鏡でもいいけれど、たまには別のものになりたいかも”


「何だそりゃ?」


 ポカーンと口を開き、カードを裏返してみる。

 裏側に他の言葉があるわけではないし、光に透かすと文字が浮かぶというわけでもない。

 出会ったばかりのクソガキに戻ってしまったようだ。


「テスト勉強で徹夜しすぎたのかなぁ?」


 私はカードの下から現れた黄色いガーベラを見下ろし、苦笑いする。

 箱を開けようとした時の陽子の慌てようは、やたら可愛らしく見えた。

 

 


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