第13話 祝いの酒・2


 三浦酒天。


 店の中は、カゲミツの奢りということで、もうどんちゃん騒ぎだ。

 そこら中から「乾杯!」「剣聖万歳!」「カゲミツ様ー!」と声が聞こえる。


 カゲミツがぐいっと盃を空け、


「ぷふぃー! やっぱここの酒は美味いな!

 シズクさん! おかわり!」


「はいよー!」


 シズクが酒を満たして、カゲミツに渡す。

 カゲミツが盃を受け取って、にやにやしながら、


「さあて、話の途中だったな! 俺より強い奴!

 聞きてえか? んんー?」


「あー! 聞きたい!」「聞きたいです!」「是非とも!」


 シズク、クレール、カオルが身を乗り出す。


「んん? マサヒデ。聞きたくねえか?」


「う、む・・・いや、勿論、聞きたいです」


 満杯の酒と格闘するマサヒデが、とん、と盃を置く。


「よし! 聞かせてやろう、と言いてえが・・・マサヒデ!」


「はい」


 にやっとカゲミツが笑い、


「お前が一杯空けたら、続きを話す!

 呑まなきゃ、話はこれまでだ。皆の為に、頑張れよおー?」


「えっ!?」


「マサちゃん!」「マサヒデ様!」「ご主人様!」


 皆の目が、マサヒデに向いている。


「・・・行きます!」


 ぐ、ぐ、ぐ、ぐいぃー・・・とん!


「あ、空けましたよ、父上・・・」


 カゲミツが呆れた顔で、


「・・・お前さ・・・嘘でも、もう少し美味そうに呑めよ・・・」


「は・・・」


 マサヒデが口を拭う。


「ふう、まあ良い。さあて、まずは昔話からだ。

 俺が剣聖になったのは、いつか知ってるか?」


「首都に居た頃、確か、コヒョウエ先生の道場に通っていた時。

 御前試合に出て、剣聖の称号を頂き、道場を出た・・・ですよね」


「いいや。ちょっと違う」


「と、言いますと?」


「道場を『追い出された』だ。

 剣聖になった! やったー! 俺は喜んで道場に行った。

 さ、どうなったと思う」


「門下から剣聖が出たとなれば、それはお喜びになられたかと」


「いいや! 先生は怒った。そりゃもう、まともに顔も見れなかった。

 木刀を取れ。言われるまま、恐る恐る木刀を取った。怖かったぜ、あん時は!

 あっと気付いたら、次の日の朝。

 俺は道場の門前で、気ぃ失って倒れてたんだ。

 懐に陛下から頂いた『剣聖』の称号が、そのまま入れてあった。

 はっ! 俺は先生にボコボコにされて、道場を追い出されたのさ!」


「えっ!?」


 カゲミツは頷いて、酒を口に入れ、


「てことで、まず、先生は俺をボコボコに出来るくらい強かった。

 手も足も出なかった。

 先生の年齢もあるし、俺も当時よりは腕は上がってるつもりだ。

 今なら何とか相打ちには、って所かな?」


 カゲミツは「ば!」と手を前に出し、


「いや! ちょっと待て。うーん、まだか、な? いや・・・

 ううむ・・・いけるか・・・まあ、とにかくあれだ、そのくらいだ」


「ええー!? あんな、おじいちゃんなのに!?」


 シズクが驚いて大声を上げる。

 カオルも目を見開いて驚いている。

 まさか、あの年齢で?

 うむ、とカゲミツは頷いて、


「そうだ。先生は、そのくらい強かった。かったじゃねえな。今もだ。

 自分じゃ、もう年齢だの、とっくに俺に抜かされた、なんて言ってるがな。

 こないだシュウサン道場で会ったが、とてもそうは思えねえな」


 マサヒデも驚き、


「一度だけ、訓練場で立ち会いましたが、さすがに父上程には・・・」


「お前みてえなガキ相手に、本気出すわけねえだろ」


「・・・あれ、本気じゃなかったの・・・?」


 シズクが口をあけ、盃を置く。

 くぴ、とカゲミツが酒を口に入れる。


「さて、続きだ。マサヒデ、呑め」


「は・・・」


 シズクが盃を受け取って、酒を入れる。


「うく、うくく・・・」


 とん。

 カゲミツがマサヒデの盃が空になったのを見て、


「よおし、続きだ。さて、首都には道場がいっぱいあるよな。

 俺が居た頃から、色んな流派の道場がいくつもあった。

 当然、シュウサン道場と鎬を削るような道場もあった。

 てことは・・・分かるよな」


「その道場の方々は、同じくらい」


「そういう訳だ。俺より遥かに上だって事だ。

 コヒョウエ先生よりも若い方はいらっしゃった。

 今でも現役の方がいる。てことは、当然、俺より強いよな」


「ううむ・・・」


 カゲミツがぐいっと盃を空け、シズクに差し出す。

 満たされた盃を受け取って、


「まだあるぜ。俺はシュウサン道場の1番じゃあなかった」


「では、では!」


 カオルが少し前屈みになる。

 カゲミツが呑む。


「その通り。俺より上の門弟もいた。

 ま、今はどうか知らねえよ。知らねえが・・・」


 また呑んで、にやっと笑う。


「真面目にシュウサン道場に通ってたような奴が、のほほんと暮らしてるかな?

 な、カオルさんはどう思う?」


「・・・シュウサン道場は、首都でも指折りの厳しさで鳴らした道場。

 そこに通っていたお方となれば、カゲミツ様くらいの年齢のお方であれば・・・

 道場を解散した後でも、腕を磨いている方は、いる・・・必ず・・・」


「そういう事だ。俺みたいに、のんびり道場なんか構えてねえで、人知れず・・・

 なーんてな! ははは! という訳だが」


 カゲミツはそこで言葉を切って、真面目な顔をマサヒデに向ける。

 ぐっと前屈みになり、少し低い声で、


「俺はこう思うが、マサヒデ、お前はどう思う。そんな奴はいねえかな」


「いると思います」


 カゲミツは頷き、マサヒデの盃を指差す。

 マサヒデがシズクに盃を出すと、シズクが酒を入れる。

 最初は浮かれていたシズクも、正座してきりっとカゲミツの話を聞いている。


「呑め」


「は」


 ぐ、とマサヒデが酒を呑み干す。

 話に聞き入って、もう酒の味が分からない。

 周りのどんちゃん騒ぎも耳に入らない。


「さっき話したように、俺は、シュウサン道場で1番じゃなかった。

 まあ、自慢じゃあねえが、上の方には居たけどな!

 で、シュウサン道場と鎬を削る道場は、いくつもあった。

 てことは、そういう道場で1番、2番て奴らは、当然、俺より上だったよな」


「はい」


「さあて、そいつら、今は何してるかな?

 俺みたいに、道場開いてのんびりしてる奴もいるかな?

 故郷に帰ったり、剣術以外の仕事してるのもいるだろうけど・・・

 今も厳しく剣の腕を磨いてるって奴、やっぱり少しはいると思わねえか?」


「おまちどおさまでしたー!」


 店員が明るい笑顔で、ずいっと皿を差し出す。

 大皿に山盛りの天ぷら。


「お、おお! 初っ端から、豪華なのが来たな!」


「これは、カゲミツ様に店の奢りです!」


「おお、そうか! 悪いな、頂くぜ!

 さあ、お前ら、食え食え! 天ぷらは揚げたてが一番だ!」


「はい」「頂きます」「わはー!」「来たー!」


 かりかりと熱々の天ぷらを齧る。

 大葉に人参のかき揚げ、海老に白身魚。ちくわにはんぺん。

 どれも美味い。


「美味いっ! くぅー! 酒が進むねえ!」


「頂きます」


「ほふー、ほふー」


「んー! 最高だね!」


 カゲミツはがりっと海老天をかじって、


「うむ、良いねえ! てことで、俺より強い奴、どんどん増えちまったな。

 さあて、ここまでは『この国だけで』の話だぞ。

 他国にも同じようなのはいるだろうから、まだまだ増えるな。

 じゃあ、人の国じゃなく、魔の国の武術家ってのはどうかな。

 生まれ持った身体能力で、我流でやってる奴が多いが・・・」


 カゲミツがシズクを見ると、シズクがうんうん、と頷く。


「当然だが、魔の国にも道場はあるわな。

 魔族と言っても色々いるが、大半は俺達より遥かに寿命が長いよな。

 じゃ、そういう奴らが真面目に、ずっと修行してたらどうだ?

 人族から見たら、才のあるなしなんて、もう関係ねえって話にならねえか?」


「む、確かに」


「例えば、こないだ来たクロカワさん。お前らも会ったんだよな?

 まだまだ若いから、今は俺程度でも何とかなる」


 カゲミツは少し上を向いて、箸の先をくるくる回しながら、


「だが・・・そうだな、20年たったらどうかな。俺はもうジジイだ。

 クロカワさんは、ずっと全国回って厳しい武者修行の旅を続け、技を磨いてるな。

 20年。技も磨かれてるよなあ。年齢を見ても、脂が乗り始める頃じゃねえか?

 20年後のしおれた俺が、そんなクロカワさんに勝てると思うか?

 マサヒデ、お前、20年後のクロカワさんに勝てるか?」


「・・・」


「魔族で、我流じゃなく、本気で武術家やってる人ってのは、そういうもんだ。

 俺ら人族よりも、修行出来る時間が遥かに長い。

 クロカワさんよりも長く修行してる奴は、魔の国にはわんさかいる。

 100年、200年と腕を磨くんだぞ。そんな武術家の強さ、想像出来るか?

 へっ、俺なんか、足元にも及ばねえよ・・・人族の剣聖ってのは、その程度だ」


 ぐい、とカゲミツが盃を空け、シズクに差し出す。


「てことで、俺より上はいくらでも居るって訳だ。当然だな。

 勇者祭じゃ、先に進めばそういう奴らが立ちはだかるんだ。

 歴代の祭の勇者は、そういう人らを倒して行ったんだぞ」


「勇者とは、それ程の・・・」


「まじか・・・」


 カオルとシズクが喉を鳴らす。

 驚く2人の横で、くぴ、とクレールが静かに盃を傾け、小さく笑った。

 カゲミツもクレールの笑いに気付き、ちらっと目をやって口の端を上げる。


「さて・・・ここまでの話をまとめると、だ。

 魔王様の所へ行って勇者になるには、少なくとも俺を超えなきゃならねえよな。

 今のお前じゃ、とてもだな。早々に祭を下りて、結婚のご挨拶で済ませとくか?

 それでも構わねえが、剣を捨てなきゃ敷居はまたがせねえからな。ふふふ」


「は・・・」


 マサヒデが俯いてしまった。

 ふ、と笑って、カゲミツがぐいっと盃を空け、シズクに突き出す。


「さあってと・・・こおんな話だけじゃ、席がしらけちまうな!

 次はちょっと恥ずかしい話でもしようかな! 笑えよ?」


「は?」


 引き締まった空気ががらっと変わって、カゲミツがにやにや笑う。


「今日しか話さねえからな! 特別だぞ? しっかり聞いとけよ」


「はあ・・・」


「ははは! もう真面目な話は終わりって事だ!

 さあ、シズクさんもクレールさんと呑み比べしな!」


「うん!」「はい!」


 シズクが樽に盃を突っ込み、クレールに対面する。

 カゲミツが2人を見てにやにや笑い、


「そうだな、まずは、俺が剣聖になった理由だ。

 俺より強い奴は、当時でもいたのに・・・なんで俺は称号を受けたのかなあ?」


「む、確かに! ご自覚もされておられたでしょうに、何故!?」


「ふふふ、カオルさんよ、そんな真面目に聞く話じゃねえ。

 マサヒデ、覚悟しとけ。親の恥を聞くことになるぜ。

 いいか、ここだけの話だぞ。他言無用。絶対に漏らすなよ。実はだな・・・」


 席の雰囲気が変わり、周りの喧騒が聞こえてくる。

 急にマサヒデに酒がぐっとまわり、顔が真っ赤になった。

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