第7話 祖父と祖母・3


 皆がぞろぞろと魔術師協会の玄関から出る。


「へ、へっへっへ」


 赤い目をしたカゲミツが、少し恥ずかしそうに笑う。

 後ろで、アキが潤んだ目でタマゴを抱き、くすりと笑う。

 マサヒデが前に立ち、


「さあ、父上。行きましょう」


「おう!」


 道を横切り、冒険者ギルドへ。

 受付嬢が顔を上げて、カゲミツを見て驚き、


「あ! かっ、かかっ、カゲミツ様!?」


「おう! 久しぶりだな! 相変わらず可愛いな! ははは!」


「もう! あなた、私がここに居るというのに!」


「ははは! 口説いたりしねえって!」


「あの、あの、本日は・・・」


 と、受付嬢は後ろのアキが抱えたタマゴを見て、


「ああ! そうでしたか!」


 と、にこっと笑った。

 もう、冒険者ギルド内では、マツのタマゴが産まれたと知れ渡っている。

 剣聖カゲミツは、マサヒデの父。

 タマゴの中の赤子を見に来たのだ。


「うふ。うふふ。カゲミツ様、目が赤いですね!」


「おいおい、そこは気付いても言うなよ。恥ずかしいぜ」


「ご案内は、必要ありませんね」


 こくん、とマサヒデが笑顔で頷く。


「ごゆっくりどうぞ!」


「おう!」


「失礼致します」


 アキも頭を下げて、カゲミツの後に続いて歩いて行く。

 ロビーを抜け、廊下を歩けば治療室。

 マサヒデがドアの前に立ち、とんとん、と扉を叩き、


「失礼します」


「どうぞ」


 と返って来た瞬間、カゲミツがマサヒデの前に出て、勢いよく戸を開け、


「今朝はどうも! マサヒデとマツさんが、大変お世話になりました!」


 ば! と頭を下げる。

 医者が何だ? と驚き、


「は? はあ」


「私、マサヒデの父、カゲミツ=トミヤスと申します!

 こうして孫を見られたのも、先生のお陰! ありがとうございました!」


「カゲっ・・・ミツ様ですか!?」


 うお、と医者が目を見開き、治癒師も驚いている。

 先日、マサヒデ、アルマダ、カオルを叩きのめした、あの剣聖カゲミツ。


「はい!」


「あ、あなた様が、カゲミツ様で・・・これは、お目にかかれて光栄です」


「こちらで、タマゴの中の赤子を見せて頂けると、バカ息子から聞きまして」


 マサヒデが苦笑いをしながら、後ろで頭を下げる。

 少し怯えて驚いていた医者と治癒師だったが、ぱっと笑顔になり、


「おお、そういうことでしたか!

 ささ、後ろのその長椅子へお座り下さい。すぐにお見せします」


 医者が立ち上がり、引き出しを開けて魔術の器具を取り出す。

 治癒師を連れて来て、アキの前にしゃがませ、


「お母様ですね。さ、タマゴをこちらの治癒師に」


「はい」


 治癒師が手を差し出し、アキがそっとタマゴを手渡す。

 医者が隣にしゃがんで、タマゴに器具の聴診器のような部分を当てる。

 小さな画面のような物が浮かび上がり、医者がつまみをきり、きり、と回す。

 うん、と頷いて、にこっと笑い、


「さあ、御覧下さい。お孫さんです」


 カゲミツが指をさして、


「おお・・・アキ、見ろ。赤子だ、小さい赤子が居る・・・丸まってる・・・」


「本当・・・不思議ですね・・・こんなに小さいのに、ちゃんと赤子・・・」


「父上、私達、人族とは違うので驚かれたと思いますが、タマゴで産まれる種族の大半は、このように育つのだそうです」


「おお、そうだったのか・・・

 あ、いや、ちょっと待て、乳は飲ませられないよな?

 どうやってタマゴで育つんだ?」


 うん、と医者は頷き、


「当然の疑問ですね。タマゴの中の赤子は、自然の魔力を栄養として育つのです。

 このタマゴの殻が、自然の魔力を吸い、中の赤子に送るのですな。

 タマゴ出産の場合、ほとんどはそのように育ちます」


「おお、そういう風に育つのか」


「このタマゴのもや、これが強い魔力だとはお聞きになりましたか?」


「ああ、聞いた」


「このタマゴは、殻にそれはもう怖ろしい程の魔力があります。

 つまり、今の所は自然の魔力など全く必要ないのですな。

 魔力が濃くなりすぎないよう、こうやって外に出しているのでしょう。

 まあ、あくまで私の推測の域ではありますが」


「なるほど、それでこんなもやが出るってわけか。いや、納得した。

 先生のその推測、当たってると思うぜ。すとんと落ちた。

 ふふふ。マツさんみたいに気合が入ると、もやが出るってんじゃねえんだな」


「ははは! その通りです。そして、魔力の均衡を取りながら、中のお孫さんが大きくなり、合せてタマゴも大きくなります。大きくなる分、殻が吸う魔力も多くなりますが、それでも足りなくなると、殻が魔力の吸い過ぎで割れまして・・・」


「丁度良い所で産まれるってわけだ。

 あ、でもこのタマゴは魔力いっぱいなんだろ?」


「今の所は必要ないから外に出している、という状態なだけですね。

 いくらすごい魔力があるとはいえ、この大きさです。

 ずっと出し続けていれば、すぐに無くなり、自然の魔力が必要になります」


「おお、そうか。そりゃそうだよな。こんな大きさだもんな」


「それと、マツ様のような大変長寿な種族の方々のタマゴに、事故の記録は一切ありませんので、その点はご安心下さい。後は待つだけですよ」


「そうか、事故はねえか・・・うん、そうか!」


「このタマゴ自体も、大変丈夫な物なのです。

 カゲミツ様であれば、もしかしたら斬れるかもしれませんが」


「何、俺でも、もしかしたらってぐらいなのか!?

 先生、このタマゴ、そんなに丈夫なのか!?」


「そうです」


「簡単に言い切ったな!? そうか、そんなにか・・・

 うん、そりゃ安心だわな・・・事故なんてねえはずだ」


「ははは! 試そうなんてしてはいけませんよ」


「しねえって! するわけねえだろ!」


 医者は笑いながら頷き、


「先もお話ししましたが、このもやは魔力です。それも、尋常ではない。

 産まれるお孫さんは、必ずや歴史に名を残す大魔術師になりましょう」


「そ、そうか! 歴史に名を残せるか! 必ずか!

 すげえ、すげえ孫が出来たぜ・・・

 おいアキ、聞いたか! 剣聖の孫は大魔術師だ!

 マサヒデよ、お前も息子に負けねえよう、せめて剣聖程度にはなっとけよ」


「はい。精進します」


 マサヒデが笑いながら頷く。


「あ! あなた、今、少し」


「見たぞ! 動いたな!? 動いたよな!?」


 医者がくすっと笑って、


「ふふふ。タマゴの中にも、ちゃんと声が聞こえるのでしょう」


「そうかそうか! 聞こえてるか! ははっ! 聞こえてるか!

 どおーだ、俺が剣聖カゲミツ=トミヤスだ。お前のお爺ちゃんだ。剣聖だぞ。

 なあなあ、お前も剣術やろうぜ!

 俺が生きてるうちに産まれてくれよ。教えてやるからよ。

 すんげえ魔術師で剣も使えたら、俺なんか足元にも及ばなくなるぜえー」


 俺が生きてるうちに。


 医者がカゲミツの言葉を聞いて、マサヒデの方をちら、と見る。

 マサヒデが神妙な顔で小さく頷く。

 生きているうちに、産まれないかもしれない。

 カゲミツは、ちゃんとそれを知っている。


「うふふ。あなたってば浮かれちゃって。

 マサヒデ、あなたが産まれた時もこんなだったんですよ。

 お前も剣術やろうぜって! ぐいぐい顔を押し付けて!」


「ええ?」


「あっ! あっ! アキ・・・知らねえ! 知らねえって!

 ねえよ、ねえって、そんな事!

 お前、いくら何でも、冗談が過ぎるぜ。全くよ・・・」


 カゲミツが真っ赤な顔を逸らす。

 くすくすと、部屋の皆が笑う。



----------



 半刻程、にやにや笑いながらカゲミツ達が赤子を見ていると、がらっと扉が開いて、怪我をした冒険者が運び込まれてきた。


「む、申し訳ありません。君、これを」


 と、治癒師に魔術器具を渡し、医者が立ち上がる。

 ぱたぱたとマツが駆け寄り、冒険者に手を当て、治癒魔術を掛ける。


「あっ、と・・・長居し過ぎちまったか。アキ、もうそろそろ行こう。

 な、隣村だしよ、また来りゃあ良いから」


「え、ええ、はい」


 アキが手を伸ばし、頭を下げて、治癒師からタマゴを受け取る。

 奥で、冒険者が「うう」と小さく呻き声を上げて、マツに頭を下げている。

 カゲミツは椅子から立ち上がり、


「先生、長居しすぎちまって、申し訳ねえ。

 そろそろ帰るよ。また来ても良いよな?」


「勿論ですとも。いつでもいらして下さい」


「そうか! じゃあ、迷惑掛けちまうし、今日の所はこれで!

 さあ、皆、行くか! 次はホルニさん所だ!

 ついでに孫自慢と行こうぜ! ははは!」

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