超能力おじさんが暗殺幼女のヒモになる話

ZAP

第1話 特技は超能力です

 小宮アサ(10)は暗殺者である。

 

「(ふふん、たやすい任務だったな)」

 

 今日もとある暴力団の若頭の狙撃に成功した。報酬は三◯◯万円。幼女が稼ぐ金額としては破格であろう。実にいい商売だ。やはり裏社会はいい。自分のような天才は年齢を問わず活躍できる世界だったのだ。

 

「(くくく、幼女なら怪しまれないで済むからな)」

 

 いまや天職であると思える。5歳の自分を借金苦で海外に売り払ってくれた両親に、当時は鉛玉をブチ込んでやると誓ったものだが、今では感謝した後に鉛玉を贈呈したい気分だ。ははははは、いつか見つけて殺してやる。

 

 などとアサが自画自賛しながら帰りの夜道を歩いていたときだった。

 

「あ、あのう…そこの人っ!」

 

 背後からの声に振り向く。

 そこにいたのはなんの変哲もないおじさんだ。

 中肉中背、年は30後半か、声も表情もいかにも気弱そうだ。

 

「はいぃ?」

 

 アサは甘ったるい声で答えながら考える。

 なんの用だろうか。

 

「(第一候補は、変質者だな)」

 

 暗殺幼女たるもの、当然、普段は小学生に擬態している。つまりランドセルだ。中にはリコーダーではなく狙撃銃と首絞めワイヤーが入っているがそれはそれとして、夜道の幼女に声をかけるおじさんは普通、変質者と呼ばれる。

 もしもそうなら、個人的正義のために金にはならんが暗殺してやろう。

 

「あたしに何かご用ですか、おじさん?」

「う、うん、僕、君のような子を待っていたんだ!」

「(お、これ常習犯だ)」

 

 ちんちんを見せつけてくるか、あるいはいきなりチューでくるか。

 どちらにせよ汚いものは見たくない。アサは可愛いものが好きだ。

 外見と趣味だけは年相応なのである。

 

「(よし。動きを見せたら殺ろう)」

 

 あさりはランドセルのベルト裏側の特製ナイフケースに手を伸ばした。

 そのときだ。

 

「わわ! 待って! 殺さないで!」

「っ!?」

 

 驚愕だった。

 

「(馬鹿なっ! 今のが気付かれただと!?)」

 

 完璧な擬態だったはずだ。手を伸ばしのは見えたにしても防犯ブザーとしか思えないはずだ。何かミスをしたのか――いや、そんな筈はない。落ち着け。何かの言い間違いかもしれない。

 あるいは「(防犯ブザーで社会的に)殺さないで」の意味かもしれない!

 

「な、ナイフは駄目だよ、痛いよ、死んじゃうから」

「…………」


 違ったようだ。


「とにかく…殺さないで。僕は君の敵じゃない」

 

 間違いなく自分が暗殺者だと認識している。

 

「…敵でないならば、貴様はいったいなんだ」

「は、はい、僕はこういうものです」

 

 おじさんはエコバッグから何かを取り出す。すわ銃かと警戒するアサだったが出てきたのはクリアファイル。そこに挟まれた1枚の紙。おじさんはいそいそとそれを取り出すと、アサに「どうぞ!」と緊張気味に渡してきた。

 それは履歴書だった。

 

「…………」

 

 それは履歴書だった(二度見)。

 名前は田中山春夫。

 

「……なんだ、これは」

「あ、ご、ごめんなさい、職歴ないのに生きててごめんなさい!」

「職歴はどうでもいい」

 

 幼女に履歴書を渡してくるタイプの変質者か。

 いや、そんなの聞いたことない。世界は広いからいるかもしれないが。

 

「じじ実は僕、無職なんです。だから就職活動してるんです」

「そんなこともどうでもいい」

「ひっ」

「貴様、なぜわたしの正体に気付いた」

「あ…それはその、特技欄を見て頂ければと」

「特技欄…?」

 

 そこには「特技:超能力」とあった。

 

「…………」

「あ、小学生には難しい漢字ですね。「ちょうのうりょく」って読むんですよ」

「殺すぞ貴様」

「ひっ! ごめんなさいごめんなさいっ!!」

 

 足元で縮こまるおじさんにアサはため息をついた。

 じゃあ何か。超能力でわたしの心を読んだとでもいうのか。

 

「はい、そうです」

「……」

 

 アサは思った。

 早く帰ってさっきコンビニで買ったじゃがりこ食べたい。

 

「あ、じゃがりこ好きなんですね、僕も好きですよチーズ味の方!」

「……………………マジか」

 

 どうやら本当に本当らしい。

 

「そ、それでですね、僕は就職したいんですよ!」

「…………何に」

「暗殺者に!」

 

 アサは強烈な頭痛を感じた。

 

「お願いします! 夢だったんです、あなたみたいな暗殺者になりたいんです!」

 

 おじさんはアサにがばっと土下座した。完璧な変質者だ。

 

「違います変質者じゃないです、就職希望者です!」

「ええい心を読むな! どっちも同じだ!」

「お願いします、お願いしますー!」

「くっ…!」

 

 とにかく面倒はごめんだ。ここは家に逃げよう。

 

「あ、マンションはつつじヶ丘の三丁目ですか。意外と近いですね」

「っ!?」

 

 自宅を思い浮かべただけで、これである。

 

「(こいつ、駄目だ!)」

 

 いっそ今ここで殺すべきか――!?

 

「あ、だから待ってください、えいっ!」

 

 ぴょんっ!

 ナイフがアサのランドセルから飛び出して地面に落ちた。

 

「うそぉ!? サイコキネシスー!?」

「ほら、ほら、僕は暗殺のお役に立てますから! ね!」


 幼女に必死でぺこぺこする田中山である。


「あーもう! あーもう! なんなの、あんたいったい!」

「田中山です。特技は超能力です」

「就職の面接じゃないわー!」

 

 ――この日、小宮アサは超能力おじさんに出会った。

 まごうことなき、変質者であった。

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