第2話

「何してるの?」

「か、かえっ…ッゴホッ、」

「な、に、し、て、る、の?」

「しごとっ、なんで、」

「菖がいい子で寝てたら会社行こうと思ってたけど、こうなると思ったから有給とったの。ほらベッド戻るよ」

スーツのまま、怒っているのだろうか。腕を痛いぐらいに握って引っ張られてしまう。

「ゲホ、ッゴホッ、」

「休まないから咳も治らないんだよ。ほらお水」

「で、も、っ、」

「熱も上がってる。言っとくけど、無理と無茶は違うからね」

「ゲホッ、この業界はっ、みんなむちゃっ、してるっ、」

「みんなって誰」

「それは、ッゴホッ」

「ほら言えないじゃん。体は一回壊したら修復するのにすごく時間かかるんだよ?わかってる?」

「そんなのっ、ゲホッ、わかってるしっ、おれの、ただの風邪だしっ、ゼェ、」

「過労のね。とにかく3日はダメだから。朝のお粥もまだ食べてないでしょ。持ってくる」

なんだよマジで。募るイライラとした感情。楓は全然分かっていない。

「お粥持ってきた。食べて薬飲むよ?ってさっきの話聞いてた?」

「…うるせえよ」

お粥を温めている間に楓の部屋からとってきたパソコンから目を離さない。

「そんな状態で良いの作れないよ。ストックあるんでしょ?」

「来週の分だし」

「なら来週作りな。没収」

「っ、邪魔すんなよっ‼︎ゴホ、」

「うるさい。マジでキレるよ?」

「俺だってっ、ゲホッゲホッ、休めねえっ、し、」

「じゃあ辞めてしまえばいいよ」

「っせえなっ!!おまえにっ、ゲホッ何でそんなことっ、」

「今の生活続けてたら死ぬよ!?」

初めて見た、声を荒げている姿。頭に冷水をぶっかけられたみたいに冷えて行く。

「過労だって言われたでしょ?このままじゃほんとに入院するよ?いいの?ねえ」

目には涙が溜まっていて、それを耐えているのが痛々しい。

「あ゛、…おれ、」

無言で部屋を出て行ってしまって、嫌に静かになる。土鍋はほとんど冷め切ってしまっている。朝忙しいのに、作ってくれていたのだろうか。


お粥を食べて薬を飲み、横になる。取り上げられたパソコンは机の上にあるけど、何かをする気にはならない。

「ケホッ、ケホッ…」

耐えようとしても、息をしたらどうしても咳が出てしまう。スポドリや水で喉を潤しても、あまり意味がない。

「ケホッゲホッ、ゲッェ」

「咳止め効かないね」

「ッゴホッ、か、えで、」

「ほらホットレモン。喉温めな」

体を起こされ、じんわりと温かいカップを一口啜る。

「おいしい…」

「ゆっくり飲みなね」

「うん…」

飲んでいる間、ずっと背中をさすってくれる。一杯全部飲み終わる頃には、すっかり咳も止まっていた。

「よし、じゃあ横になろうか」

「ごちそ…」

「喋らないでいいよ。また咳出ちゃう」

あれよあれよと言う間に布団をかけられて、電気が消える。昨日も一昨日も寝苦しくて睡眠が浅かったからか、すごく眠い。満腹感も助長して、すぐに目を閉じてしまった。


「ん゛…」

口の中がパサパサだ。よだれが枕にまで垂れている。早く水が飲みたい。

体を起こして気がつく、ある部分の豊満感。ペットボトルの水を見てさらに湧き上がる。

(トイレ…)

「どうしたの?お腹すいた?」

仕事をしていたのだろうか。メガネをかけた楓が聞いてくる。

「あ゛…とい…ゲホッゲホッ、」

「喉乾燥しちゃったね。とりあえず水飲もっか」

ドア前まで到達した俺をベッドに引き戻す楓。

「と、ッゲェ、ゲホッゲホッ、おし、ゲホッ、ゴホッ、」

トイレって言いたいのに、咳が中々止まらない。朝一回行ったっきりの膀胱。喉を潤すために大量に飲んだ水がパンパンに入っていて、ただでさえ漏れそうなのに、咳で否応にも下腹に力が入ってしまって、今にも出てしまいそう。

「ッハ、ゲホゲホゲホっ、」

「とりあえず座りな」

ストローのついた水が視界に入る。

うずずず…

(おしっこおしっこおしっこ…)

「ちが、ッゴホッ、ッハ、ッゲェっ‼︎」

何でこんな時に限って止まらないんだろう。太ももをしきりにさすって紛らわすけど、ピクピクとチンコが震えて、限界が来ていることが明確。

「ちょっとどこ行くの!欲しいのあったらとってくるから!まずは水飲みなって!!」

部屋の前で続く押し問答。息が苦しくて、体を屈めてしまう。今日のこともあって、楓は過保護気味だ。

ペットボトルの水が目の前でちゃぷんと揺れる。

きゅうううううう…

(~~~~っ!!!!)

おしっこ、おしっこしたい。ほんとに漏れそう。

「ゲホゲホゲホ、げほっ‼︎」

じゅぅ…

(あ…も、だめ…)

背中を屈めたまま、ソコを握って楓を押しのける。水が溢れる音がしたけど、そんなことに構ってられなかった。

(でちゃうでちゃうでちゃう!!!!)

「ゲホゲホゲホ、」

じゅぃ、じゅぃ、じゅぃ…

握りしめる手が温かい。やだ、この歳になってお漏らしなんて。

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