第19話 喧嘩

 夜、ミズトは昨夜と同じ料理屋で食事をしていた。

 相変わらずの騒がしい店内は、空き巣被害で苛立っているミズトの感情を逆撫でする。


「よお少年。また会ったな」

 昨夜、最後に絡んできた若い戦士が声を掛けてきた。

 昨日と違って、まだそれほど酔ってはいないようだ。


 ミズトはジロッと一度だけ視線を送るが、無視して食事を続けた。


「てめえ、今日もシカトかよ! 次会ったらブッ飛ばすって言ったよな?」

 ミズトの態度に、戦士はすぐ喧嘩腰へ変わった。


「面倒くさい人ですね。何お一人でイキがってるんですか?」


「なんだとてめえ!!」


 戦士はテーブルを蹴り倒すと、食器が散乱した。

 その大きな音が店内に響き、驚いて悲鳴をあげる者や、「どうしたどうした?」と楽しそうに集まって来る者もいる。


「ちょっとあんた達! 暴れるなら外でやりな!」

 店の女将が不機嫌そうにやってきた。


「申し訳ありません。すぐに出ますので」

 ミズトはそう言って、少し多めに女将へ支払いをすると、


「あんた、若いんだから無理するんじゃないわよ」

 支払いが良かったせいか、女将が少し心配をしてくれた。


 ミズトは軽く会釈をし、

「お店の方に迷惑なので外に出ましょうか」

 と戦士を冷たい眼で見た。


「ガキが! てめえやる気か? 冒険者様を舐めんじゃねえぞ!」

 ガシガシと大股で出口へ向かい歩き始めた。

 彼のパーティ仲間の三人も続いて外へ出ていく。


 自分はいったい何をやっているんだ。こんな争い何一つ得することなんてない。

 ミズトは自身の行動にバカらしさを覚えながらも、感情を抑えることはしなかった。


「おいガキ! 手加減はしねえぜ!」


 外へ出ると、戦士は剣や鎧を地面に置き、殴り合う気満々でミズトを待っていた。


「まさかお一人で私の相手をされるのでしょうか? そちらの盗賊さんも一緒にやった方がよろしいのでは?」

 ミズトは見下した態度で言った。


「は?」

 戦士と盗賊は顔を見合わせると、


「小僧、吐いた言葉には責任とれよ?」

 盗賊も武器を外し、仲間の魔法使いに渡した。


 ミズトにとって殴り合いの喧嘩は小学生以来。つまり子供の喧嘩しかしたことがない。

 いくらこの世界に来てからモンスターと実戦を積んできたと言っても、それより遥かに強い冒険者と殴り合うのは訳が違うのだ。


 それをわざわざあおってまで二人相手に立ち回ろうとするのは、勝つ自信があるというより、ただ暴れたかっただけだった。

 身体が若返ったせいで、闘争本能も高くなったのかもしれない。


「御託はいいですから、ビビってないで二人同時にかかって来てください」

 ミズトは昔見たカンフー映画を思い出し、手招きして相手を挑発した。




 勝負は予想に反して一方的だった。

 ミズトは二人相手に一発も殴られることなく、防御も許さないほど的確に殴った。

 二人とも大きな怪我にはなっていないが、数発も殴れば明らかに戦意がなくなっている。


 エデンの計算では、二人相手だとミズトがやっと勝つぐらいの実力差のはずだったが、体術のスキルを持ってるせいなのか、複数の戦闘スキルの相乗効果のせいなのか、想定より楽勝だった。


「おい、あのガキ強くねえか!?」

「生産職かと思ったら、戦闘職だったってことか?」

「あいつ薬師だって俺は聞いたぜ?」


 いつの間にかたくさんの野次馬が集まっていた。


(なんだよコイツら。喧嘩なんてこの町じゃ珍しくもねえのに、どこから湧いてきやがった?)


【来たばかりのミズトさんは注目されていたようです】


(ふん、カモになりそうなのか値踏みしてたってとこか)

「それで、お二人はまだ続けますか?」


 ミズトは座り込んだ戦士と盗賊を見下ろすと、


「いや……俺たちの負けだ……悪かったよ……」

 戦士が降参を告げた。


「そうですか。それでは私はこれで」


 殴ったところで気が晴れるわけでもない。

 それどころか半分八つ当たりでしかないことに自覚があるミズトは、不機嫌のまま宿屋に戻っていった。

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