第18話 小さな災難

 翌朝、ミズトは初級ポーションを売りに雑貨屋へ向かった。

 途中、朝から道端で喧嘩をしている者もいれば、恐喝のような場面にも遭遇したが、いちいち相手にするようなことはしなかった。


 クエスト発生のマークが出ているが、エデンが何も言ってこないので、いつもの経験値10と銅貨一枚がもらえるだけだ。

 面倒ごとに顔を突っ込む気にはなれなかった。


 雑貨屋へ着くと、予定通り初級ポーション五本が500Gで売れた。

 売れた分、空の瓶を追加で五本購入して店を出ようとすると、


「お若いの。お前さん薬師か何かかい? ポーションを仕入れるのは大変なので助かるが、ならず者の多いこの町には向かんかもしれんな。気をつけるんだぞ」

 と雑貨屋の主人が声を掛けてきた。


 若者の自覚が足りないミズトは、一瞬話しかけられていることが分からなかったが、

「アドバイスありがとうございます。たしかにこの町は治安が悪く、力のない者は色々大変かもしれませんが、もう少し居ようと思ってます。またポーションを売りに参りますので、その際はよろしくお願いします」

 と頭を下げた。


「そうか……そういうことならこっちは構わんが……」


「では失礼します」

 ミズトは主人の心配をよそに、銅貨四十五枚をジャラっと腰の袋に入れると、雑貨屋を出ていった。


 それから、雑貨屋の主人の懸念はすぐに現実となった。

 雑貨屋から歩いて数分もしないうちに、待ち構えたようにならず者たちが絡んできた。


「よおよお、兄ちゃん、昨日ぶりだな! へっへっへ、腰に下げてるジャラジャラした袋、こっちによこせや!」

 町の入口で会った悪党の二人組だ。


「ひっひっひ、聞こえてんならさっさと出すんだよ、このガキ!」

 小太りの方を見ると、ナイフを出してミズトへ向けている。


(なあエデンさん。こいつら殺しても正当防衛だよな?)


【残念ながらこの世界に正当防衛という言葉はございません。また、彼らは冒険者ギルドに登録している可能性がありますので、未登録のミズトさんが殺害すると事情聴取のため拘束されるかもしれません。さらに申しますと、彼らがどんな集団に所属しているか分からないので気をつける必要があります】


(ヤクザだったら報復されるかもってことね。ま、いくらなんでも人間を殺したりはしないけどな、モンスターじゃないんだし)

 ミズトは黙って小太りの男に近づいた。


「なんだ? 出す気になったか?」


「…………ナイフを出すのは危険ですよ」


「あたたたたたっ?!」

 小太りの悪党はミズトに腕をひねり上げられると、悲鳴を上げナイフを落とした。


「てめえ、何しやがんだ!」

 細身の方もナイフを取り出した。


 ミズトは落ちたナイフを遠くへ蹴り飛ばし、小太りの悪党から手を離すと、細身の方に近づいていった。


「く、来るんじゃねえ! さ、刺すぞ!!」


 細身の悪党は脅すようにナイフを前へ突き出すが、その瞬間ミズトは間合いを詰め、同じように腕をひねり上げた。


「いちちちちちっ?!」


 また落ちたナイフを蹴り飛ばすと、ミズトは細身の悪党を離した。


「こういう場所でナイフは危険ですので、出さない方がいいですよ。それで、私に何か御用でしょうか?」


「ガキが、調子に乗ってんじゃねえぞ? 覚えてろよ!」

 スリをしようとした昨日の奴と似たセリフを吐くと、二人は逃げるように去っていった。


(ったく、ここの連中は。他にも敵意ある視線を感じるし、まだこいつを狙ってる奴がいるようだな)

 ミズトは腰の袋をジャラっと鳴らした。


【はい、そのようです。しかし今の様子を見て、これ以上は襲ってくるつもりの者はいないようです】


(マジ面倒くさくなってきた)

 ミズトは辺りを一通り睨みつけると、今日の狩りと採取の準備のため部屋に戻った。



 *



 その日の日中は、町の周辺の調査をメインに行った。

 周りはどんな地形になっているのか、どんなモンスターが現れるのか、ポーションの材料となる薬草はあるのか確認して回った。


 幸いなことに薬草は群生している場所があちこちあるようだった。これならポーションづくりに事欠かなそうだ。

 モンスターはそれなりの数の気配を察知していたが、町の周辺で戦闘をしている冒険者パーティも多く、ミズトが戦闘になることは少なかった。レベル上げをするのは難しいようだ。


 ただ、今までと違い移動に時間をかける必要がないため、一日で籠が薬草で一杯になった。

 これなら何とか日々の宿代や食費を稼ぐことができそうだ。


 と言っても、その日暮らしの感覚は拭えず、

(そういえば最初に入った会社はボーナスもなく、貯金する余裕もなかったな)

 と、生活費ギリギリしか稼げなかった20代の頃を思い出していた。




 部屋に戻ると、ミズトは想像もしていなかった有様を目にした。


(おいおい、これって……)


【はい、いわゆる空き巣です】


(だよな……)


 エデンに出してもらったマットレスは引き裂かれ、テーブル・椅子・物入れは全てひっくり返されていた。

 部屋に残していた五本の空き瓶も割られている。


(今日買った瓶は持ったままだったから、実質の被害は空き瓶五本だけだが……)


【私物はほとんどありませんので、被害額は50Gになります】


(鍵もかけて出たし、こういうのって宿屋側が防いでくれないのか?)


【扉の鍵など盗賊がいれば簡単に解錠が可能です。また、空き巣は各自での対策が一般的で、部屋を提供する側は一切の責任を持ちません】


(じゃあ、部屋を空けるの難しくね?)


【ドゥーラのような治安の悪い町でも、本来は部屋を荒らされることはそこまでありません。人の出入りがあれば気づかれることが多いので、リスクを冒してまで侵入する価値が見いだせないためです。ただし、余程の恨みがある場合か、盗賊団同士の抗争などは起こるかもしれません】


(……防ぐ手段は?)


【盗賊スキルの『罠設置』か、魔法の『ロック』で部屋の侵入を防ぐことができます。なお、上位の冒険者になると貴重品は銀行や冒険者ギルドに預けるか、マジックバッグに入れて持ち歩くこともあります】


(ふうん、手段はなくはないってことか……)


 ミズトは散らかった物を直しながら、苛立ちが表情に現れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る