終止符が打たれたおでん裁判

Jack Torrance

破綻する論理

「始まりました、『情報ドライブ 宮部屋』今日も司会を務めさせていただくのは私、宮部正一です」


ピンストライプのネイビーのスーツにコバルトブルーとマリンブルーのグラデーションが色鮮やかなレジメンタルタイ。


キリッとしたシャープな顔立ちに歯切れの良い声のトーン。


宮部は思う。


今日も俺、イケてるぜッ!


但し、正一と言う名は本人は気に入っていない。


幼少期に「お前、ポップコーン正一と同じ名だな」とイジられていたからである。


プロフィールでは好きな作家は同姓である宮部みゆきだと公開しているが実は『OUTアウト』で98年に日本推理作家協会賞を受賞した桐野夏生の大ファンである。


明らかに番組タイトルは宮根さんのあの番組と黒柳さんのあの番組をがっぷり四つに組んだパクりである。


宮部がアシスタントの中山みくを紹介する。


「今日も私のアシスタントを努めてくれるのはこの人、中山みくちゃんです」


端正な顔立ちで白い歯をキラッと覗かせた笑顔で中山が言う。


「こんにちは、中山みくです。今日もドライブ感覚で色んな情報にサクッとアクセスしちゃいましょう」


宮部が言う。


「さあ、今日は最高裁で注目の判決が言い渡されます。巷ではおでん裁判と言われているあの裁判です。ここまでの詳しい経緯をみくちゃんに紹介してもらいましょう」


中山が真剣な表情で原稿を読み上げる。


「えー、このおでん裁判と言われる現在進行形の裁判の発端は2018年1月に始まります。福岡家庭裁判所に提訴をしたのはデリバリーヘルス嬢だった木下未来さん、当時26歳。木下さんは当時このおでん裁判で被告となる坂上恭二、当時29歳と結婚していました。おでん裁判は坂上被告の放った一言に端を発します。『未来、お前、何回言ったら解るんだよ、このボケナスの売女がッ。おでんは飯のおかずになんねえーって何回も言ってんだろうがッ。だから、お前はおつむが足んねえからデリヘルみてえな仕事しかできねえんだよ、このタコがッ』人格否定とも取れる謂れのない避難に業を煮やした木下さんは原告として名誉毀損で慰謝料3800万円を求めて坂上被告を福岡家庭裁判所に民事で提訴しますが一審では木下さんの主張は認められず原告敗訴。この一審の司法の判断に業を煮やした木下さんは司法の場を民事から刑事に移し福岡地方裁判所に提訴します。検察は坂上被告に禁固50年を求刑。一方、おでんはご飯のおかずにはならないという坂上被告の主張は無論正当でありデリバリーヘルス嬢の妻を罵倒したからと言って名誉棄損には当たらないと無罪を主張。ここでも原告の主張は認められず敗訴。木下さんは即刻上告。司法の場は福岡高等裁判所に移されますがまたしても原告の主張は認められず原告敗訴。木下さんは即刻、最高裁に上告。そして今日、最高裁判所判事の判決により結審されようとしています。マスコミ各社の下馬評でも木下さんが逆転勝訴するようなことは万が一にも有り得ないだろうと言っています。今日の結審をもってして一つの判例となりますのでおでんはご飯のおかずになるという持論を持たれている方は世間的には肩身の狭い思いをされることになるでしょう」」


宮部が中山の襷を受け取る。


「さあ、最高裁判所前には村山悟記者が行ってくれています。村山記者お願いします」


カメラが最高裁前の村山に切り替わる。


濃紺のリクルートスーツにベトナム戦争時代のアメリカ兵を想起させる短く刈り込まれたクルーカット。

顔の造りはマウンテンゴリラのようにごつごつとした顔立ちで身の丈185cmを越す村山の容姿はパっと見ボディガードか傭兵のようである。



村山が神妙な面持ちで声を発する。


「こちら最高裁判所前の村山です」


素っ頓狂な声である。



容姿とは似つかわしくない甲高い声。


それは視聴者に安田大サーカスのクロちゃんを想起させる。

甲高い声で村山が続ける。


「今朝の最高裁判所前にはたった22枚の傍聴券を求めて27589人の方が長蛇の列を作っていました。それだけこのおでん裁判に世間の方々は注目していらっしゃるのでしょう。果たしておでんはご飯のおかずになるのか?ならないのか?注目の判決が言い渡されるのは居間から45分後です」



宮部がマイクを引き取る。


「はい、村山さんありがとうございます。判決の際にまた村山さんにつなぐとして、さあ、ここでお客様です。元大阪地検特捜部の検事で現在は弁護士であられる金井眞樹弁護士です。では金井先生におでん裁判の論点を取り纏めていただきましょう。金井先生よろしくお願いします」


いかにも高級ブランド店で仕立てたような淡いグレーのスーツにヒューゴ ボスの藤色のグラデーションがかかったドット柄のタイ。


撫でつけられたオールバックの漆黒なヘアー。


金井はやり手敏腕弁護士をファッションセンスから具現化させている男だ。


金井が沈着な物言いでクレバーに語る。


「おでんがご飯のおかずになるのかならないのかが争点のように取られがちな裁判ですが争点はそこではなく原告がどれだけの精神的被害に晒されたか、被告に求刑された金庫50年が妥当か否か。そもそも私は刑事ではなく民事で和解の余地があった案件だったのではないかと推論してなりません。お互いに妥協の余地があったのではないのかと…」


「ふむー、なるほど、確かに金井先生の仰るとおりかも知れません。では、ここで街の方々の意見も聞いてみましょう。みくちゃん、お願いします」


中山がマイクを引き取る。


「はい、では街の方々の意見です。52歳男性の方『おでんは酒の肴でしょう。日本酒におでんんの組み合わせはビューティーペアのように最強のタッグですが飯におでんねぇー。さあ、どうでしょう?』こちらは42歳女性、主婦の方の意見です。『白ご飯と一緒におでんを出したら主人がきょとんとした顔で『他におかずないの?』って言ったんです。その日からシカトですよ。もう6年くらい口聞いてないかなー。勿論セックスレスですよ』と様々なご意見をお聞かせくださいました」


宮部が半笑いで言う。


「6年シカトにセックスレスは厳しいなー。私なら木下さんのようなデリヘル嬢にお世話に」なっているでしょうね。さあ、もうすぐ3時になります。最高裁前の村山さんにつないでみましょう。村山さーん」



村山がマイクを引き取る。


「15分前くらいでしょうか。坂上被告が裁判所に入り被告席に座りました。出で立ちは以前はロングヘアだった髪を丸刈りにして紺のスーツにノーネクタイというこざっぱりした印象です。体重や顔の表情は余裕しゃくしゃくで高裁で判事の判決を聞いていた際となんら遜色はありません。以上、最高裁前からです」


宮部がマイクを引き取る。


「では、一旦ここでCM、5分でちゃちゃっとテレビショッピングを挟みます。この後、注目のおでん裁判の判決です」


テレビショッピング終了後の宮部屋のスタジオが騒然とする。

宮部が困惑した表情で語る。


「お、驚きました。たった今おでん裁判の判決が坂上被告に言い渡されたのですが、な、な、ななんと主文後回しだと伝わってきもした。最高裁前の村山さんにつないでみましょう、村山さんお願いします」


宮部動揺、困惑した表情で息を切らしながら村山が言う。


「しゅ、主文後回しです。その瞬間傍聴席からは騒然とどよめきが起こり判事が静粛を求めました。坂上被告も何が起こっているのかと理解に苦しむような表情で判事を見やり弁護人の方へどうなっているんだというようんなジェスチャーを見せました。原告の木下さんはやっと正義が成されたといったような表情で安堵の笑みを浮かべられていらっしゃいました。現在も判事が判決理由を読み上げています。移乗、最高裁前から村山がお伝えしました」


宮部がマイクを引き取る。


「いやー驚きましたねー。木下さんの逆転勝訴の芽は薄いとマスコミ各社ならず大半の国民は思っていらっしゃったでしょうからねー。おでんがご飯のおかずにならないと妻の名誉を汚したからといって禁固50年は検察も無茶ぶりだろーーと私も思っていましたからねー。では、金井先生にお伺いしてみましょう」


金井は別段動揺する訳でも無く淡淡と沈着に己の論を述べる。


「最高裁判事はやはり坂上被告の真摯に反省していない態度と木下さんの人格を軽んじる言動を重く受け止められたのでしょうね。まあ、これが一つの判例となって名誉棄損でも金庫50年は喰らうと言う判例ができたということになるんでしょうね」


金井が論をぶっているその頃、最高裁判所判事、滝川憲弘は主文後回しで判決理由を淡々と述べていた。


「私が主文後回しで貴方に伝えたいのはデリバリーヘルス嬢の妻を罵倒したから極めて重い刑を貴方に課すというのではありません。貴方が妻を軽んじていることなど私にはどうでもいい話です。因みに原告で元妻の木下さんは決しておつむが足りないからデリバリーヘルス嬢という職を選択している訳ではないと私は思います。恐らく私の推論では貴方の生殖器があまりにも小さすぎて木下さんには物足りないからデリバリーヘルス嬢という職業を満喫されていらっしゃるのだろうと私は推量いたします。話が逸れてしまいました。これからの話は私の独断と偏見。言って見れば最高裁判事という名の職権乱用です。先ずおでんに謝ってください。つゆが染みた大根に玉子、厚揚げにゴボ天。嗚呼、考えただけで口内に唾液が溢れてきます。これがご飯のおかずにならないとは貴方の知的レベルに私は甚だ疑問を感じます。おつむが足りないのは木下さんではなく寧ろ貴方の方です。おでんを軽んじる者に生きる死角なし。よって坂上恭二被告、貴方を極刑に処する。おでんに心の底から謝罪し死を以って罪を贖ってください」


おどおどした表情で被告席に座っている木下の方を振り向く坂上。


木下は親指を突き立てると白目を剥いて首を掻っ捌くジェスチャーをし地獄に落ちなッ!という意味でサムズダウンをして見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

終止符が打たれたおでん裁判 Jack Torrance @John-D

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ