第十三話 第一次侵攻戦(1)
「さあ、ついにこの日がやってまいりました! 私、涼音の記念すべき二回目の配信となります! 少しの緊張はありますが、それが程よいと言うか何と言うか……」
「涼音、開始からテンション高くない? それに二回目って、記念すべきなのかな」
「記念すべきでしょ! 危うく初配信でゴブリンの軍団を相手に、あられもない姿を見せてしまうところだったんだから! あ、初配信は過去の動画をチェックしてね!」
自分のやや前方でふわふわと浮いている撮影用の小型ドローンによく映るように、涼音は可愛らしくウィンクをして見せた。その横にいる涼音の友人である澪は、「でも初配信って三人しか見てなかったよね」と、涼音にとっては非常に堪える言葉を呟いてしまう。
「三人が見てくれただけでも、感謝しかないでしょ! それに継続は力なりって言うからね、続けていくことが重要なんだよ」
「まあ、それに関しては同意するけど……あ、涼音の友達の澪です。今回は手伝いということで、同行しています。あまりにも前回の配信内容がアレだったので……」
「それは良い方のアレかな?」
「いや、悪い方のアレ」
二人はいつも日常的にしている会話のノリを続けながら、夕日で照らされている渡世市内の街並みを歩いていく。涼音も澪も制服姿であり、学校帰りというのが分かる。
渡世学園は街の中心部からほど近い場所に設立されており、その中心部には徒歩で充分向かえる距離だ。放課後の時間帯には渡世学園の生徒以外にも、市内の学生たちの姿が多く見られる。涼音と澪の二人が向かっているのも、その中心部である。
だがそこへ学校帰りに移動しているのは買い物をするためではなく、動画配信のためだ。今日の市内の扉予報で学校が終わる丁度この時間帯、市内中心部付近での扉が開く確率が70%以上あるという発表がされていた。当然余計な騒ぎに巻き込まれたくはない人間は近づかないのだが、涼音のように配信を行っている人間にとっては別である。
この世界でも特に異世界からの干渉を受けやすい渡世市とは言え、毎日のようにそこらかしこで扉が開き、異世界の怪物がやって来る訳ではない。映える瞬間を撮るため、扉予報で確率の高い場所が分かれば、そこに配信者たちが集まるのだ。
そして問題になっている配信者同士の小競り合いが発生するのも、これが原因である。むしろ、それをメインとして動画配信をする連中もいるが、当然のことながら嫌われている。
確実に扉が開くという訳ではないのだが、その可能性が高い今日という日に配信をしない手はないと涼音は考え、こうして学校が終わった後、行動に移していた。だがそれを澪には見透かされていたようで、「危なかっしいから私も行くよ」と先手を打たれてしまったのだが。しかし澪は涼音の友人であり、そして涼音と違いオリジナルの力に目覚めている人間でもあった。
(まあ、澪から言われたら断れないよね~)
涼音はちらりと横を歩く澪を見ながら、小さく頷く。協力してくれて嬉しいのもあるが、危ないと思われているのも何だか情けないと涼音は感じていた。
「……あれ? 涼音、そういえばリン君は? もう先に行ってるの?」
「あー、実は……なんと今日はリンさんには内緒でこの配信を行っています! びっくりした?」
「涼音──今日が命日になるかも知れないっていうの、理解してる?」
「そんな深刻な顔しないで! これには私なりに考えた理由があって……」
お通夜や葬式で見せそうな悲し気な表情を浮かべた澪に、涼音は慌ててそう言った。
涼音の初配信で危ないところを颯爽と現れ、助けてくれた少年、葛花リン。彼は今週から渡世学園の二年生として転校してきて、涼音と同じクラスになっていた。そのリンは涼音が配信を行う際には協力してくれることを口にしていたのだが、今日の配信はリンには内緒にしているために、リンの姿は無い。
その理由を涼音はこう説明した。
「リンさんは私に協力してくれるとは言ってくれたんだけど……でも、それに頼りっぱなしっていうのもどうなのかなって思って。何かあればリンさんがっていうのだと、私が配信している意味も薄れてきちゃうし……」
「なるほどね。確かに分からなくもないかな。一度甘えちゃうと、それが当たり前になるのはよくあるパターンだしね」
「そうそう。だからここは、私だけでもいい感じの配信ができることをリンさんに見せたいって訳。名誉挽回、汚名返上ってこと」
「まあ今回は私も同行しているけど」
「うーん、澪に関しては……ギリセーフで」
と涼音は澪と話しながらスマホを取り出して現在の視聴者数を確認してみると、約七十名ほどが視聴していた。コメントもついており、前よりも確実に進歩はあるようだ。
「澪、ほら! 前よりも全然視聴者の数が多いじゃん! 今もちょっとずつ増えてるし! これは私に期待してくれている……!?」
「うーん、私が思うに、女子高生二人が話している様子を見たいだけの層が殆どなんじゃないかな」
「え? またまたー、そんなことある訳……」
涼音はおかしそうに笑いつつ、スマホの画面に視線を向けた。そしてコメント欄にいくつか投稿されたコメントを見る。
<完全にバレてるわ。正直すまん>
<澪ちゃん、推せるわ。涼音ちゃんは何かアホっぽい気がする>
<君のような勘のいいガキは嫌いだよ>
<不穏なコメントやめろ>
<てかリンって誰だよ。まさかの彼氏持ち?>
「そんなことあったじゃん! 私の喜びを返して! あとリンさんは恩人だけど、彼氏じゃありません!」
「はいはい。ほら、もうすぐ到着するよ。いつでも戦えるようにしておいてね。他の配信者も増えてきたし、とばっちりを食らわないように」
澪の言葉通り、市内の中心部に近づくにつれて涼音のように配信用の小型ドローンを飛ばし、配信を行っている人間の姿が多く確認できる。制服姿の学生だけではなく、それよりも明らかに年上の人間もいた。個人でやっている者や涼音のように誰かと組んだり、それなりに大所帯のグループを作っているところもある。
涼音は左腰の辺りに差している刀の柄に左手を添えつつ、首を傾げた。
「うーん、これはなかなか競争率が高そうだね」
「今からでもリン君を呼んだ方がいいんじゃないの?」
「いや! それは無しで! 私にも意地というものが──」
と涼音が勢いよく言おうとしたところで、突如としてスマホからけたたましい警報音が鳴り響いた。涼音は驚きのあまり思わず「うわあ!」と声を上げてしまうのだが、その警報音は涼音のスマホからだけではなく、隣にいる澪のスマホからも鳴っていた。
「この警報って……」
「澪のスマホからも? ──ていうか、私たちだけじゃないよ、これ」
涼音は周囲を見渡しながら、らしくもなく緊張感のある声でそう口にする。
涼音が緊張するのも無理はないだろう。何故ならば、二人のスマホから鳴った警報音はこの周辺にいる通行人や配信者を問わず、全員のスマホから聞こえてきたのだから。
<何かすげえ音鳴ってるんだけど。地震警報?>
<それって配信どころじゃなくねえか>
<何の警報か確認してみて>
そうコメント欄に書き込まれていたのを見た涼音は、すぐさまその警報の正体を確認する。それは災害には違いないのかも知れないが、地震などの警報ではなく「緊急扉警報」と表記されていた。
渡世市内において扉が開く確率が極めて高い──実質的には100%と考えてもいい場所が確認された際、近隣にいる住民に知らせるために鳴る警報なのだが、今回のそれはこの渡世市においても過去類を見ないレベルだった。
「ねえ涼音、見てる?」
「うん……あのさ、これってもしかして……ヤバい? 冗談抜きで」
涼音が視線を落としているスマホの画面には、渡世市のマップが表示されている。そのマップ上で赤く変色した部分が、極めて高い確率で扉が開くエリアなのだが──涼音たちがいる中心部を含め、市内の半分近くのエリアが赤く染まっていた。涼音は生まれた瞬間から、この渡世市で暮らしているが、こんな状況になったのは見たことがない。
さすがに何かの間違いなんじゃと涼音が思った瞬間、目の前の空間がひび割れたようにぐにゃりと歪み、そこから異形の手が覗いて見えた。
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