第十二話 welcome、転校生(2)

 渡世学園の二学年──涼音がいるクラスに転校してきたリンだが、本人がそれを知ったのは昨日のことであった。


 涼音と別れたリンは今日はどこで寝泊りしようかと考えながら街中を歩いていたとき、スマホに電話がかかってきた。電話をかけてきたのは涼音かとリンは思ったのだが、スマホの画面に「愛しのアリスちゃん」と表示されていたので、げんなりとしながらもその電話に出ることにした。


『やあやあ、リン。そっちでの生活を楽しんでいるかな?』

「切るぞ」

『いや、ちょっと待って! 電話に出た瞬間に切ろうとしないで!』

「どうせまたくだらないことで連絡をしてきたんだろ」


 はあー、と溜息交じりのリンの言葉。それを聞いたアリスだが「ふふふ」と、意味深な笑い声がスマホ越しに聞こえてくる。また何かを企んでいるなと、リンには良い予感がしなかった。


『くだらなくは無いんだな、それが。リン、今の君は年齢的には十六歳ぐらいだ。この世界なら高校二年生だね。つまりは学生の身分である筈のリンが、四六時中街中をぷらぷらしているのは、目立つんだよ。その上、若返った君は美少年ときたもんだ。このまま何もしないのは、勿体ないと思ってね』

「勝手に若返らせたのはそっちだろうが。……で? 今度は何をするつもりだ?」


 こうなってしまっては拒否権が無いのを理解しているのか、リンはアリスに確認をする。アリスからの返答は、リンがまったく予想もしていなかったことだった。


『リン、君をあの如月涼音って子が通っている渡世学園に転校させておいたから。以前通っていた高校とかは、私がでっち上げておいたよ。ちなみに学年とクラスも、涼音ちゃんに合わせてあるよ。明日から彼女とはクラスメイトだね』

「……おい、アリス。お前俺に、高校生をやらせるつもりか? ふざけるなよ、そもそも俺は学生っていう身分で過ごしたことなんて一度も無いんだぞ」

『いいじゃないか、五十一回目の異世界で失われた青春を取り戻したらどうだい。あ、それと野宿はもうやめなよ。この電話の後にリンのスマホに、住所を送るから──そこが渡世市で、リンが暮らす場所ってことで』

「次から次へと……! 俺の意見は無視か!?」

『怒らないでよ、リン。この方が面白そうじゃん。じゃ後はよろしくー』


 ここでアリスからの電話が切れた。リンは右手で持っているスマホを叩き壊したくて仕方が無かったが、かろうじで残っている理性でそれを制御していた。


 アリスは『世界を視る者』と最初にリンに言った通り、あらゆる世界を見通すことができ、そしてそれらの世界の莫大な情報も持っている。だが基本的に世界に干渉するというのは不可能──しかし、契約を結んだリンに関しては別だ。正確に言えば、リンとリンの環境に関することならば、干渉することが可能なのだ。


 つまりリンが若返ったのも、転校という扱いで渡世学園に通うことになったのも、全てアリスの仕業である。リンにはそれに抗う方法が無い。もしかしたら、明日には性別も変わっている可能性まであるのだ。


「クソガキ……!」


 リンは怒りも露にそう吐き捨てるも、アリスの言った通りにスマホに送られてきた住所へと向かうことにした。というよりも、そうするしか無かった。

 こうして世界を五十回も救った英雄は、五十一回目の異世界への転移で初めて学生として過ごすことになった。



 ◇



「それにしてもリンさん、人気ですね……私たちの学年どころか、他の学年でも話題になっていましたよ」

「登校初日だが、もううんざりだ。なるほどな、見世物小屋にぶち込まれた獣の気持ちが理解できた」


 リンは渡世学園での記念すべき初日を終え、授業が終わった放課後の教室内で自分の席に座ったまま、隣の席にいる涼音に辟易とした様子を見せる。その表情は疲れており、「やっぱり転校生は大変なんですね」と、涼音が頷いた。そもそも学生として過ごすのがこの五十一回目の異世界にして初なのだから、リンには勝手が分からなかった。情報として頭に入っていても、いざ過ごしてみると噛み合わない部分が非常に多かった。


 まず休み時間の度に、クラスメイトたちからの質問責めにあっていた。


「ねえ葛花君、いつ渡世市に引っ越してきたの? どの辺りに住んでる?」

「瞳の色、真っ赤じゃん。それってカラコン入れてるの?」

「つーかさ、如月のあの初配信の動画に出ていたのって、葛花だよな? あれってマジで戦ってたの? 如月とはそん時に知り合った感じ?」

「葛花君さ、連絡先教えてよ。他のクラスの女子にも「イケメンの転校生が来たんだって!」ってもう噂になってて、みんな大盛り上がりしてるからさ」

「そうだ、歓迎会とかする? 俺、自分がいるクラスに転校生来たの初めてだから、何かテンション上がってるわ」


 という会話がリン(と隣の席の涼音)の周りで繰り広げられ、リンは頭が痛くなりながらもどうにか対応をしていた。そこには涼音も参加し、半ばリンの付き人のようになりながら、今日一日をリンと送っていた。


 その最中で「転校生に即手を出した女」というレッテルを一部の女子に張られたのか、冷ややかな目で見られていた瞬間もあったが涼音は気づいていなかったし、リンに至っては正直なところ、学生初日という状況を涼音に助けられたという自覚があった。誰かに助けられたなど、リンにとっては一体いつ以来なのか思い出せないぐらいだ。


「放課後になって、ようやくゆっくりすることができますねえ。もう少し休んでから帰りましょうか? 私の友達の澪は、用事があるから先に帰っちゃいましたし」

「そうだな、そうするか。……そういえば、何で未だに俺に対して敬語なんだ? 同じクラスにいるんだし、敬語を使う必要は無いだろ」

「確かにそうなんですけど、何と言いますか──リンさんにはこうして話すべきなのかなと思いまして。あの時に助けられたからですかね」


 「あはは」と涼音は恥ずかしそうに笑う。リンはそれを聞き、妙なところで勘が鋭いなと思った。涼音が感じているそれは正解なのだから。だが本当のことをリンが言う必要もないので、涼音が自分に対して敬語の方が話しやすければそのままでいいかと考える。


「最初に如月と会った時には助けたが、昨日は逆に迷惑をかけたからな。もし配信だとかで手伝えることがあれば、言ってくれ」

「本当ですか!? いやでも、これ以上リンさんに頼るわけには……」


 他の生徒たちが帰った後の教室内でリンと涼音は会話を交わしていたのだが、そこに「無能力者同士で仲が良いじゃねえか」と、からかう声がかけられる。リンは表情をぴくりとも変えずその声がした方にすら視線を向けなかったが、涼音はむっとした表情でその声の方へと目を向ける。そこにいたのは、教室の外から二人の様子を眺めている数名の男女──昨日、リンを涼音に呼び出させたグループだ。


「転校初日から女作るとか、やることやってんだな葛花。それとも前々からか?」

「別のコトして、それを配信した方がいいんじゃねーの?」


 けらけらと笑い、品の無い言葉をかけられれば涼音は「流石に失礼すぎるよ!」と怒りを露にしながら、その場に立ち上がる。リンは薄々気づいていたが、涼音は自分が何か言われるよりも、自分の友人などが馬鹿にされる方がずっと嫌なようだ。


(こういうタイプの人間、久しぶりだな。……いや、俺がここ最近飛ばされた世界で、人と関わろうとしなかっただけか。なるほど、末期だったな)


 リンはしばらくの間、転移した世界では人との関わりを無駄なものとして、ただ敵を倒すことだけを目的としていた。これではアリスに「荒んでいるねえ」と言われても、仕方が無いなとリンは思わず苦笑してしまう。


 その苦笑が一人の男子生徒の癇に障ったのか「何笑ってんだよ」と、イラついた口調でリンに言った。リンも涼音と同様にその場に立ち上がると、涼音を落ち着かせるように肩をぽんと叩く。


「俺の問題だ、気にするな。それにお前ら、やたらと俺たちをからかってくるが──すぐに景気の良い動画を上げてやるさ。なあ、如月」

「え!? それは……そうですね! 見せてやりましょう!」


 急に自分に振られた涼音は少しあたふたとしてしまったが、隣のリンが自信しかない顔をしているので、思わず勢いよく頷いてしまった。正直な話をすれば、そのための案が全く浮かんでいないのだが、これ以上弱みを見せるのも涼音にとっては悔しかったのだ。


「へえ、言うねえ。まあせいぜい、無能力者コンビで頑張れよ。結果は分かりきっているけどな」


 ただの強がりでしかないと判断したのか、吐き捨てるように男子生徒はそう言い残し、他のグループの生徒を連れて教室の前から去っていった。涼音は自分を落ち着かせるため、ふうと息を吐き、それから隣のリンに視線を向ける。


「宣言しちゃいましたねえ、リンさん。もし私のために無理をしているのであれば、気にしないでくれても──」

「言っただろ、借りは返すって。じゃないと気持ち悪いんでな」


 リンは嘘をつくことなく、はっきりと言った。昨日、涼音に呼び出されながらも、自分の意地で涼音に迷惑をかけた(涼音本人はそう思ってはいないが)ことを、リンも気にしているのだ。だから涼音に力を貸そうとしている。それは涼音にとって、非常に嬉しいことであると同時に、あまりリンにばかり頼れないという決意のようなものも芽生えていた。


「とりあえず、今日は私たちも帰りましょうか。詳しい話は明日以降ということで……そういえばリンさん、どこに住んでいるんですか?」

「ん? ああ──ここの住所」


 涼音からの質問に、リンはスマホを取り出してアリスから送られてきた住所を見せた。涼音がその住所を確認すると「んん?」と首を傾げ、スマホからリンへと顔を向ける。


「リンさんが引っ越したのって、マンションですか?」

「ああ。まあ、部屋には俺しかいないけどな」

「その部屋って、もしかしたら三階にあります?」

「ああ。……何でそこまで知っているんだ?」

「あの、リンさん。リンさんが引っ越してきた部屋の隣人、私とお母さんになります。確かに昨日、空き部屋のドアが開いた音がしたかも……でも、凄い偶然ですね。同じクラスになって席も住んでいる場所も隣同士なんて」


 涼音が目を丸くして驚いているのに対して、リンは「……確かに凄い偶然だな」と、小さく呟いた。気のせいかその声がやや震えているような気がしないでもない。

 とあるマンションの一室をリンの住居にしたのは、アリスだ。そこには大した意味は無いと思っていたが、こういうことかとリンは気づく。そして内心で、こう悪態をついた。


(いくら何でも、悪ふざけしすぎだろうがメスガキ……!)

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