虐殺のフランチェスカ

手塚エマ

第一章 奇襲

第1話 奇襲

 黒い空から雨粒がつぶてのように激しく打ちつけ、六人で櫂を漕ぐ小舟が波のうねりの頂点に立つ。

 小舟の数は僅かに五艘。

 どの舟も帆柱一本柱だ。

 追い風を受ける台形の帆が弓なりにたわんでいる。大砲を装備できる軍艦からは程遠い、簡素な舟が高波に乗り高くなり、低くなる。


 それらは近海を巡る漁船のようだが、ダフネ帝国海軍が陣を張る北湾に近づくにつれ、散り散りだった舟が先頭を切る一艘いっそうに続き、隊列を組みだした。


 その最先端の一艘で、ざんばらに切られた金髪をしとどに濡らし、美貌の少女は指揮を取る。

 甲板に出て、前後左右に揺らされながら、鞘から抜いたカタナを軍扇ぐんせん替わりに前方へと差し向けた。


 「今だ!」


 先頭の舟が波とともに深く沈んだ次の瞬間、先頭をきった船の船首せんしゅの水線下に装備された衛角えいかくが、ダフネ帝国の主力艦の右舷うげんを牙のように突き破る。

 

 大きく傾いだ軍艦から離れて避難するための小舟が横づけにされ、少女は数人の戦闘員とともにそちらに飛び乗り、乗り換える。

 すると、あとに続けと言わんばかりに小舟の衛角えいかくが、他の軍艦の横腹をも突き破る。


 使命を果たした船員達は、少女が乗ったように別の小舟に拾われた。

 沈没していく軍艦が、海に大きな渦を作り、船首を縦にしながら海の藻屑と化していく。

 少女を乗せた舟は渦に巻き込まれたりしないよう懸命に櫂を漕ぎ、何とか巻き添えをまぬがれた。


 「撤収!」


  美少女はカタナを後方へと指し示す。

  波打つ大海原で黒点のように散り散りだった小舟はすぐさま退陣を組み直し、撤退する。


  雷鳴轟く嵐の海で奇襲を仕掛けた一行は、ダフネ国の追随を許さないほど鮮やかに消え去った。

 

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