第28話 キリーの戦略

 ここ数年の情報戦で、アイリスとレナの存在とその遺伝子構造が明らかになった。その特殊個体はベータ2と呼ばれた。更にその後の十年でベータ3、ベータ4と新変異体が報告されたが、強力な能力を持つ進化個体と認定されたのはベータ2だけだった。


 キリーとアルファが話していたことがある。


「アルファ、最近前線は劣勢だな」

「ああ、ベータ側はアイリスを前線に投入した。彼女一人でベータ百人分の威力がある」

「ああ、あのマヤ空港での化け物か」

「キリー、その言い方はよせ」


 アルファも弟のスカイと同様、ベータを差別扱いすること自体は許せないタイプだった。立場上の敵は敵でも、敬意を払わなければならない。アルファは、キリーが口は悪いやつだが、自分と同じような考え方を根本的に持っているのは知っていた。


「悪い。しかしあの子らが出てきたんじゃやっかいだな、初動で特殊部隊がリリアムに潜入できなかったのも彼女らのせいだ」


「リリアムを攻略するのが元々無理なのは知っていただろう」

「まあな、ジーンの要塞は手強い」


 キリーは状況が芳しくないと思った。このままではベータの勢いが増して、X国の思惑が外れ戦況が混沌としていく。キリーとしてはX国含めた連合軍がリリアムをソフトに制圧し、管理下におければ終戦に持ち込むチャンスがあると期待していた。


「アルファ、で、この後どうするんだ? 押されっ放しじゃまずいだろう」

「強い兵器は使いたくない。正直困っている」


「気持ちはわかるが、アイリスが出てきたんじゃそうも言っていられないだろうよ」

「そうなんだが……」


 キリーは一計を案じた。



 ◇ ◇ ◇



 今日キリーは首相のアマンとブリーフィングを行う。アマンはキリーをブレーンとして信頼している。


「キリーさん、中へどうぞ」


 SSがキリーに首相の執務室に入るように促す。執務室の大きな机の奥でアマンは腕を組んで座っていた。両脇には屈強そうな黒スーツのSSが二人。キリーにそんなつもりは毛頭ないが、仮に首相を暗殺しようとしてもこれではとても無理だろう。


「キリー、そこに座れ」

「はい、首相」


「今日は、ベータ戦についてサジェスチョンが欲しい。進捗は把握しているか?」

「もちろんです」


「ベータ側は段々防御が硬くなってきている。今の膠着状態を何とかしたい」


 アマンはそう言うと、机をコツコツと指で叩いた。キリーは既に検討していた回答を瞬時に整理し、そしてアマンに提案した。


「首相、リリアムで停戦交渉をしましょう」

「なにい!」


 アマンの目の色が変わった。彼には停戦交渉など論外だった。キリー以外の人間なら、即追放されたかもしれない。


「何を考えているんだ!」

「パフォーマンスですよ。本気ではありません」


 キリーは冷静に答えた。

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