旅人のスケッチブック
@Artficial380
大きな桜の樹の下で
あるところに、大きな古民家に一人で暮らす人間が居ました。虚空の縁側で夜風に当たりながら、なんの変哲もない日常を過ごしていました。
人間は北のいちばん星に向けて、こっそり祈りました。
「誰か話し相手が居ると 寂しくないんだけどな」
人間の目には、まるで答えるように星が瞬いた気がしました。まさかそんなことはない、と白い息を残して寝室に戻ろうとしました。
小さいあくびをふっとばすように、その言葉通りに障子が何枚か目の前を吹っ飛んで行くのを、毛先が金髪に染まったなびく髪をのけながら、思考を止めてしまった人間はその場に立ち尽くしました。後ろからは少し焦げた香りが漂います。
何が起こった?
恐る恐る、人間は背後に目を向けました。確かに普段から閉めていない生じでしたが、明らかにあったはずのそれらは消えています。そして目の前の縁側の先、庭には大穴と黒と白が混ざったような煙が立ち込めていました。
まさか星が落ちてきた? と空を見上げましたが、北のいちばん星は北斗七星とともにまだそこに居ました。
「隕石?」
材料になるじゃん!と飛びかかった視界には、隕石のかけらもありませんでした。
かわりに、麗しき姿の人と目が合いました。
人間は昭和の驚きの姿を取りながら「しぇー!?」と縁側までおののきました。人間は人の目が苦手です。だからこんな古民家に引きこもっているというのに、目の前に人が降ってきたではありませんか。
いえ……人間は考えました。障子をふっとばしてしまうほどの爆風で地面に落ちてきた人が人なのか、と。咳一つしなかったこれが自分と同じ人間なのか?そもそも日本語通じます?まさか宇宙人?
「あ あの〜」
「おおおおう おおっふ 喋りましたな!?」
「喋りますよそりゃぁ 人ですもの」
人?今自分で人と言った?
「人間は空から落ちてこないよ!!」
「え〜」
「えーじゃない!」
とにかくそのままにしておくわけにもいかなかったので、家に招き入れました。
それから幾年か。
「おーきーてーくーだーさーいー!」
布団を引っ剥がした『桜木 笹』は、敷ふとんで包まろうとする『クレエ・エトワール』をなんとか叩き起こそうと必死に引っ張っていました。
「もう8時です!」
「まだ8時……」
「もう! 8時! です!」
ボッサボサの髪を日除けにしながら、クレエはなんとか笹の猛攻から逃れようと部屋の隅まで逃げていきました。しかし冷え切っていた家屋の床にガタガタと震え、こらえきれなくなったクレエが振り返った頃には、笹によってきっちり布団を仕舞われて居たのでした。
「……ぐすん……」
「泣き真似したって無駄ですよ 朝ごはん冷めちゃいます」
「今日のご飯なに……?」
「焼き鮭ですよ」
「鮭だ! やったー!」
「また転びますよ〜」
あの日の庭の穴からは、小さな木がすくすくと伸び、小さな桜の花を見せた頃。
二人の人間は、仲睦まじく暮らしていました。
旅人のスケッチブック @Artficial380
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