終 従姉、可能性を探す

 みひろさんの最後の配信から帰ってきたうーちゃんは、ヘロヘロに酔っ払っていたが水をぐびぐびぐびぐびと飲んだとたん元気になり、もう夜も遅いのにテレビでひこまろにーさんの料理研究のチャンネルを見始めた。


「あーくんにもあの浅漬けどご食べさへてぇ。すこたまうめがったんだよ。あったこれだ」


「もう夜だよ、早く寝たほうがいいよ」


「……それもそうか。したって……あーくんは何食べた?」


「喫茶店でコーヒーとフレンチトースト」


「そいだばだめだあ。栄養偏ってらど!」


 しかしついさっきまで大虎だったうーちゃんに包丁を持たせるわけにもいかず、なんとかキャベツの浅漬け錬成と僕の栄養バランス改善を諦めさせた。

 放っておいたらうーちゃんはぐうぐう寝てしまった。僕も寝ることにした。


 寝付けなくて布団のなかで「うーちゃんねるを語るスレ」を開く。


「のんびり食べてしゃべるだけの配信でなぜあそこまで面白くなるのか。探検隊は密林の奥地へと向かった」


「推しの推しとその昔の仲間と推しの元相棒がみんなで酒飲んでるって最高のやつじゃん……」


「このスレで言うことじゃないけどもうみひろの配信ないんだなあって切なくなってる」


「蓮太郎のゲーム配信に期待しよう……ぜひホラゲーやって絶叫していただきたく」


「おれはダンジョン配信老人だからカジーさんやひこまろにーが元気そうだったのがよかった。ひこまろにーが痩せてて誰だか分かんなかったけど」


「北鹿とかいう酒はどこで買えるんだ」


 愛されているなあ、とにっこりして、僕は目を閉じた。

 明日がくる。きっと明後日もある。毎日が平和に流れていく。


 ◇◇◇◇


 みひろさんの引退から2年が過ぎた。

 僕は大学生になり、ダンジョン学を学んでいる。ダンジョン産のアイテムは「ダン博」では見るだけだったが、今度は触ることも匂いを嗅ぐこともできる。なお「あやしい果物」は、食べたわけではないのだが完全なる「たけや製パンのバナナボート」の匂いがした。

 僕は大学構内のベンチに腰掛けて弁当箱を開けた。うーちゃんの作ったおいしそうなおかずがぎっしりだ。


「ちわ。きょうもおいしそうだね、お弁当」


「あ、うん……梶木さん、ちょっと教えてほしいところがあって」


「まず腹ごしらえから」


 梶木さんは弁当箱を開けた。もうゼリー飲料ではない。梶木さんの弁当箱には少々不恰好なおにぎりやら足がちぎれかけたタコさんウインナー、茹でるところまではグッジョブだけど味をつけ忘れたブロッコリーなどが入っている。


 梶木さんのお弁当を作っているのはみひろさんだ。


 梶木さんのお母さんはフルタイムで労働しているそうで、家事のヘルプとしてときどきみひろさんがやってくるらしい。それできょうのお弁当はみひろさん作なのだ。

 いただきます、と手を合わせて、梶木さんはさっそく、うまうま……と三角とも丸とも俵型ともつかぬおにぎりをパクつき始めた。僕もハイパワーで詰められた白い米を食べる。うーちゃんは「若いんだから食べねばだめだあ」と言って弁当箱にぎゅうぎゅうにご飯を詰めてくる。おかずだってはちきれんばかりに詰まっている。

 腹ごしらえをしたあと、きょうの講義で分からなかったところのことを聞く。すらすらと覚えられる。梶木さんはすごい。


 ダンジョン学は生まれてまもない学問である。だから学生のころから自分の感覚で調査し確認し、新しい考えを作っていかなくてはならない。

 いつか梶木さんのお父さんが歩けるように。ひこまろにーさんに胃を取り戻せるように。蓮太郎さんに足が戻ってくるように。

 まだそういう大きな発見こそないが、「あやしい果物」が完全栄養食であることは分かったので、ダンジョンにはきっと未知の可能性が詰まっているのだと思う。

 ダンジョンは、みんなの夢なのだ。


 講義を最後まで聞いてアパートに戻る。うーちゃんはもう帰ってきていて、ネココさんとキャベツの浅漬けを肴にビールを飲んでいた。


「ただいまー」


「おーおかえり青年1号」


 ネココさんが酔っ払った顔で手をひらひらさせた。ネココさんはうーちゃんが蓮太郎さん経由で知り合った新しい仲間だ。いかにも東京の女の子然としたひとである。


「冷蔵庫さポテサラ入ってるったいに適当に食べれ。キャベツもあるど」


「はいはい……ポテサラって缶詰みかん入ってるやつ?」


「え? それっておかしいんだか?」


「おかしくないよー。スイーツみたいでおいしーじゃん。原宿で売ったら流行るよー」


 ネココさんの意見は求めていないのだが、とにかくポテトサラダとキャベツの浅漬けを取り出した。

 たんぱく質はないのか、と思ったらポテサラに厚切りのベーコンがゴロッゴロ入っていた。もちろん缶詰みかんも入っている。白いご飯を用意してもぐもぐ食べた。不思議味だ。


 うーちゃんはいま第5層のあたりを探索している。毎日元気よく戦果を報告するし、怪我してお休みを強いられてもニコニコとおしゃべり配信をしている。なんの不満もないようだ。


 ダンジョンは夢だ。いろいろな可能性の詰まったところだ。うーちゃんのようにダイレクトに可能性を探すこともできるけれど、僕は地上から可能性を探ろうと思っている。夢を見せてもらいながら。(これでおしまいです、読んでくださりありがとうございました!)

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従姉がダンジョン配信者なのは秘密 金澤流都 @kanezya

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