第2話 懐かしい声
「なあなあ、あれ、なにやってるんだ?」
「ぶふっ、なんかダサいな。」
遠くから試験中の彼の様子を見ていた同級生たちの中から、ちらほらと笑い声が聞こえてくる。
「もうちょっと他のやり方あっただろ……。」
「でも、これは本人が試験方法を決めるのが原則だからなあ、ぶふっ。」
入学後試験の試験方式は、生徒自身の力を最大限に引き出せるよう、なるべく本人の希望に沿う方針をとっている。
もちろん彼が希望した方式は……
『じゃんけんぽん!』
男子生徒と屈強な男性教師、二人の声が同時に響き、
「あっちむいてほい!」
男子生徒の声が響く。
『じゃんけんぽん!』
また二人の声と、
「あっちむいてほい!」
先ほどと同様に男子生徒の声。
体格の良い強面の教師が毎回じゃんけんに負け、何度も何度も頭を上下左右に動かし、さらに全て負けている。
「はー、はー、あれだ、うん。明平、もういいぞ。一応、確認は取れた。みんなにも言っておくが、この結果は理事会に送信して、その後に正式にスコアが出るからな。一週間後には分かるだろう。」
「理事会」は各学校ごとに設置されている。入学後試験で出たスコアを審査するのは、それらが担う仕事のうちの一つである。まあ、天下りしてきた老人たちが、書類にさらっと目を通してハンコを押しているだけであるが。
最終的にスコアとその他学力試験等の成績が合算されたのち、理事会によって正式にS、A、B、C、Dの五段階で等級をつけられる。つまり同じ階級でも、知力に特化している者もいれば、能力に特化している者もいるというわけだ。
また、相当のポテンシャルを持ちながらも、何らかの理由で能力が使用できない者については、等級にマイナスの文字をつけることになっている。例えば「B-」といったようなところだ。
「出席番号二番、
好奇の目に晒されながら戻っていく明平を尻目に、次の者が名乗りを上げた。美しい銀髪を揺らしながら、膝丈のスカートをはためかせ運動場の中心へ歩いていく。
「能力は――
小川のせせらぎの如く清らかな声でそう言った彼女は、台車で運ばれてきた鉄塊の前に立った。彼女がその上に手をかざすと、たちまち赤い火花が飛び散り、真ん中が溶かされた鉄塊は二分した。ついでにそれを載せていた台車までもが切られてしまい、そこから転げ落ちた鉄塊と共に虚しい音を立てた。
遠くから、彼女にも聞こえるほどの驚嘆の声が上がる。
「もう少し早く切ることもできますが、やりすぎると地面が切れてしまうので……。」
困ったように笑う銀髪美少女。
「十分だ。S級は確定だろうな。さすが主席で入学しただけある。」
またしても歓声が上がる。
「すごいな、S級だってよ!」
「前の奴と大違いだな!」
「あれが主席か……」
「この子の後に出る人、かわいそうね。」
明平はそれを見て、ただただ驚くばかりであった。自身が能力を使えないため、なおさらであっただろう。
その後も様々な能力を持つ者が出たが、彼女に勝る者は一人もいなかった。
――試験が終わるころには夕方になっていた。
東京の空は綺麗だ。ビルの合間合間からオレンジと青のグラデーションがこぼれ出ている。
「これにて終了だ。みんな疲れただろう、今日はそのまま帰っていい。」
この教師、怖い顔をしているくせに結構優しいんだなと思いながら、この場の全員を欺くことができた達成感を胸に明平は運動場をあとにするところだった。
「げほっ、さっきっからずっと、喉が渇いてたんだよなあ。」
からからに乾いた口の中を潤すために、まずは校舎の近くにある流し場によることにした。
流し場に来ている人は誰もいなかった。飲み物を買う金をケチって、水道水を飲もうとしているのは彼だけのようだ。
蛇口に手をかけたその時、
「あけひらくん!」
と、聞き覚えのある声がした。
振り向くとそこには、あの銀髪美少女、天降さんが立っていた。
二回も話しかけられるなんて、今日はいい日だなあ、などと思いながら彼は頬を緩ませていた。
「あの、変な質問かもしれませんが……」
「いいよー。遠慮なく聞いてよ。」
体の前で組んだ手にきゅっと力をこめながら、彼女は声を振り絞る。
「私たち、昔どこかで、会いませんでしたか?」
え!?ナニコレ、もしかしてフラグ立った!?マジか!
「あなたを見ていると、その、なんというか、親しい旧友のように思えて……ご、ごめんなさい、変なことを聞いてしまって。」
来たああああ!これは仲良くなるチャンス!そうなれば俺の答えはただ一つ!
「俺、前に君t」
「――っ!」
何かを察知した彼女にいきなり胸ぐらをつかまれ、そのまま引っ張られて彼女の胸に倒れこんだ。
「目をつむって!」
背中に手を回され、強く抱きかかえられた。ブレザー越しの、ほのかに甘い香りとやわらかい感触に頬を包まれた。
突然の出来事に気が動転しながらも、言われるがまま目をつむった。
その瞬間、周囲を閃光が走るのが分かった。
辺りに轟音が響き、瓦礫が崩れ落ちる音が聞こえる。
「――もう、大丈夫ですよ。」
顔を上げると、夕日を背に受けた美しい笑顔が彼を覗き込んだ。ああ、何とも神々しい姿である。彼はもう少しの間、彼女に身を預けていたいと感じた。
「よくわからないけど、いろんな意味でありがとう。」
名残惜しいが温もりを感じる胸元から離れ、彼女にもたれかかっていた体を起こした。
一瞬だったけれど、幸せな時間だった。この記憶は大切に胸の奥にしまっておこう。
「足場が崩れてきたんです。――取り敢えず助かりましたが、別の問題ができてしまいまして。」
振り向いて彼女が指さす方を見ると、校舎の外壁は大きく抉り取られたように崩れていて、木っ端みじんになった足場材や鉄骨が散乱していた。
砂埃が斜陽に照らされながら、星屑のように舞っていた。
「あー、俺たち、なかなかまずいことしちゃったかもね。」
彼は腑抜けた声でそう言った。
しばらく二人は呆然と立ち尽くしていたが、意を決したのかどこかへ歩いていった。
自首する覚悟を決めたようだ。
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