第1話 首都高校に受かって本当によかっ東京。

「首都高校……東京。なんか変な響きだなあ。」


 古来より全国各地で散見されていた「超能力者」を技術者として育成することで、産業空洞化が進む日本の経済を回復させようとする政策が始まったのは、たった数十年前のことである。

 その後、若年層の超能力者の発見と育成、その後の就職や進学を支援する目的で、全国七か所に高校が設置された。これらの高校には全て「能力開発科」のみが設置されているため、実質的に超能力者の素質を持つと認められた者だけが入学できる状況となっている。

 それら七校のうちの一つで、東京に設立されたもの。

 それが「首都高校東京」である。

 全校生徒およそ300人、七校のうち最も在学生が多い学校だ。


「いやあ、やっぱ変だよなあ、このネーミング。確か他の高校は『大阪国立高校』とか、『京都国立高校』みたいな、普通の名前なんだよなあ。それならこの学校も、『東京国立高校』にするべきでしょ。」

 冒頭からずっとぼやき続けている彼は、明平閃一あけひら せんいち

 今年からこの高校に入学する、まだ着慣れない制服に身を包まれた初々しい新入生である。

 どうやら高校名に文句をつけているようだ。

 

 余談ではあるが、この珍奇な高校名には設立当時の都知事の何らかの思惑と関係があるとか、ないとか……。

 また、他にこんな話もある。

 発表当時、この名前はダサすぎるとネット掲示板やSNSで散々ネタにされていたのだが、プライドの高い東京都民は一丸となってこれに対抗し、この「末尾に『東京』がついた名称」がおしゃれである、田舎者には分からないのだろう、として絶賛した。

 そのせいで「〇〇東京シリーズ」が流行った。

 最初に被害を受けたのは国公立大学。

 「国立大学東京」に始まり、「外国語大学東京」、「海洋大学東京」、「工業大学東京」といったように改名されていった。

 そしてついでに私立大学もその影響を受け、「理科大学東京」、「電機大学東京」、「経済大学東京」などと真似をし始めた。

 その流れは企業名など様々なところに波及し、今やその形式をとった名称が都内に溢れかえっているのであるのだ。


 まあ、こんなことはどうでもいい。話を戻そう。

 

 重厚な金属でできた「首都高校東京」の表札がついた門を通り、明平はクラス名簿を見に行った。大きな模造紙に荒い文字で印刷された名簿を見るために、たくさんの新入生が集まっていた。

 ふと見上げると、清々しい青空の下に佇む校舎の壁面に、ぎっしりと足場が組まれている。ペンキの塗りなおしでもしているのだろうか。

 辺りを見渡してみたが特段ハイテクな雰囲気漂う施設もなく、見た目は普通の学校である。

 彼は人混みにもまれながら、背伸びして自分の名が一組の欄にあることを確認し、そのまま教室に向かった。


 初めて入る教室は、なにかと緊張するものである。目立たないよう、後ろの扉から入りたい。

 滑らかに動く扉を開けると、一瞬だけ皆の意識がこちらへ集まるのが分かった。

 皆が座っている中、自分だけが立ち歩いているという状況はなんだか落ち着かない。

 机と机の間をすり抜けるようにして自分の席を探し、彼は最前列の窓際の席でほっと一息ついた。

 右隣には、既に女子生徒が座っていた。

 明平から見た彼女の第一印象は、「めちゃくちゃかわいい」であった。

 それも、一度見てしまったら目が離せなくなるくらいに。

 肩までまっすぐ伸びた、シルクのような艶のある銀髪に、雪のような白い肌。

 視線に気づき、青みがかった瞳でこちらを見た彼女は、柔和な表情で軽く挨拶をした。

「私、天降神子あもり みこです。よろしくお願いします。」

 その笑顔のあまりの神々しさに、明平は取り乱した。

「あっ、明平閃一です、こちらこそ、よろしくお願いします。」

 慌てふためく彼に、やさしく微笑む銀髪美少女。

 美しいというか、かわいいというか、なんと言えば良いのか……最適な言葉が見つからない。

「仲良くしましょうね、あけひら君。」

 やはり何度見てもかわいいなあ。

 そういえばこの高校にいるのは、全員能力者なんだよなあ。

 それなら、こちらの麗しいお方は、どのような能力をお持ちなのだろう。

 きっとあれだろうな、美しい翼を広げて、天使のように優雅に空を飛びまわるんだろうなあ。

 入学初日からとんでもないほどの美少女と話せてしまったぞ、と喜びを胸に抱いた直後、教室に入ってきた担任教師と思しき小太りの男性から告げられた一言で、彼は現実に戻った。

「大体そろったみたいだなー。これから、入学後試験が始まるから、校庭に集合するように。」

 能力開発科を備えた各高校では、新入生は「入学後試験」を受けなければならない。これは能力の精度や強度を計測し、独自の方式で計上したスコアとともに生徒各々の能力の情報をデータベースに登録するために行われている。

 教員はこのデータベースの情報を基に、学校教育や進路指導を行うのだ。


 この試験は、明平にとって最大の関門だ。

 なぜなら彼は、運だけでこの高校に入った、超能力など使えない普通の人間だからである。

 能力開発科の高校は、学費も寮もすべて無料である上に、生活費まで支給される。

 様々な事情を抱えていた彼には、ここを受験するほかに手段が残されていなかった。

 入試において、能力分野に関しては合格最低点すれすれであったものの、教養分野のマークテストを全て勘で塗りつぶした彼は、そこで全科目満点を取るという驚異的な運の良さを発揮し、ここに入学することができてしまった。

 だが今ここで超能力を使えないことが判明してしまうと、退学は免れられないだろう。

 そうなれば彼を待っているのは、一文無しの絶望的な生活である。

「出席番号順に試験を行う。一番から前へ出て、自分の名前と能力を言いなさい。」

 あ、やべ、俺一番だった。まだ心の準備が……

 緊張しない、緊張しない。

 いつも通り、勘に任せて動くだけだ。

「えーっと、出席番号一番、明平閃一です。能力は……」

 そう、彼がでっち上げた能力は……


予知能力プレコグニション


 高校入試の能力分野試験の際、試験官との「あっちむいてほい」で、自身の強運によって全勝した彼は言ったのであった。

「俺は数秒先の未来を予知することで、このように『あっちむいてほい』で勝つことができます。」

 試験官は、聞いて驚いた。未来予知ができる能力者は、全国にわずか数人しかいないからである。

 把握できるのは数秒後の未来までということで、能力の実用性にはまだ伸び代がある状態と判断しながらも、試験官は彼が超能力を使っていると信じ込んだ。

 そう、正に彼は強運の持ち主、運だけで生き抜いてきた男である。


「試験開始!」

 朝に会ったかわいい女の子と、見知らぬ顔たちが遠くの観客席から見守る中、野太い教師の声が響いた。

  

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